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小柄な体に才能があふれるほどつまったKate Bush(''58年7月30日英国ケント州ベクスレー生まれ)は、世界的なスーパースター。冒険を好むアーティストだが、音楽的才能の裏付けがあってのことである。そして商業的都合を優先するために自分の音楽に妥協しない数少ないミュージシャンの1人でもある。

シンガーとして、ソングライターとして、またキーボーディスとしても優れ、ダンス、マイム、ビデオのディレクターも務める。さらに重要なことはコンセプチュアリストであること。アメリカは彼女の存在に気付くのが遅かったが、他国では過去20年間、ナンバー1ヒットの常連なのだ。だがアメリカでもアルバムの売上がコンスタントに伸び続け、チャート上位によく顔を出すようになってきている。

''78年のデビューシングル“Wuthering Heights”は、英国ではセンセーションとなった。たちまちナンバー1まで昇りつめてその年のベストセラーシングルとなり、エミリー・ブロンテの同名小説『嵐が丘』の売上まで伸びたほど。Bushが人々の関心を引くのは、これまで聴いたことがないような高く澄んだ独特のヴォーカルだけではない。彼女の経歴も好奇心を集めている。デビューの2年前、Pink FloydのギタリストDavid Gilmourが彼女を見出し、3トラックのデモテープをレコーディングする費用を出してあげたのである。

Bushはわずか16歳でEMIと契約し、デビューアルバムの準備に2年かけてよいと言われていた。その2年間、KT Bushという3人編成のバンドを組んで地元でプレイしたり、ダンスやマイムを勉強していた。その成果は後のコンサートを見ればよく分かる。

アメリカでの評価が遅かったのは、アメリカでリリースされなかったからにすぎない。''78年のデビューアルバム『The Kick Inside』は、英国でトップ10ヒットとなったものの、アメリカではチャート入りしなかった。そのため続く2枚のアルバム『Lionheart』(''78年)と『Never For Ever』(''80年)は、アメリカでは''84年までリリースされなかったのである。アメリカでは『Kick Inside』の次の作品は''82年の『The Dreaming』なのだ。

Bush自身がプロデュースしたこのアルバムは、極めて洗練された内容で、比較的単純なデビューアルバムとは大違いだった。結局3ヵ月近くチャート入りし、157位まで行く。これでEMIは、なんとかアメリカで売れると思ったらしく、数カ月のうちに『Kate Bush』という、''78年から''82年の作品5曲を集めたミニLPをリリースした。

Bushのベストアルバムは、世界的にもアメリカ国内でも、''85年の『Hounds Of Love』である。ビデオも制作されており、強力なイメージを与える野心的な作品だ。彼女のアメリカでの初トップ40ヒットは“Running Up The Hill”。このヒットのおかげで『Kate Bush』の売上は急増し、トップ30まで上がった。翌年、コンピレーションアルバム『The Dreaming』をリリース。ファンはこのアルバムで過去の素晴らしい作品も聴くことができたのである。

Bushの音楽はアルバムを出す度にさらに洗練されてきている。それは彼女が冒険好きであることと、早くからFairlightのシンセサイザーを使っていたことによる。これはサンプリングマシンのごく初期のモデルだ。

''89年、Bushは英国ケントに最新機器を備えたスタジオを作った。そこで同年リリースの 『The Sensual World』をレコーディング。GilmourやブルガリアのTrio Bulgarka、バグパイプのDavey Spillaneをゲストに迎えたこのアルバムは、複雑だが、ある種官能的な仕上りとなっている。タイトルトラックはBushの次の歌詞で始まる。「あああ、そうよ/それから彼の口から甘いケーキのようなキスを奪うと/深く下っていく」

これがなんとジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』にインスパイアされたものだという。
''93年、Bushの冒険心は以前にも増して高まったと見え、『The Red Shoes』をリリース。ほぼ4年ぶりのアルバムだった。また翌年Sony Music Videosから出した1時間の映画『The Line, The Cross, The Curve』の脚本、監督、主演もこなしている。この映画にはMiranda Richardsonと、著名な英国人マイムのLindsay Kempも共演しており、『The Red Shoes 』から“Moments Of Pleasure”“Eat The Music”など数曲が挿入されている。

“Eat The Music”は、リリース1週間以内にオルタナティヴのラジオ局でかかるナンバー1となった。、ジャンルにとらわれず、常に新しいサウンドを追求しているアーティストだ。