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Ben Harperは音楽一家に生まれた。それがそのまま理由なのであろうが、彼は幼い頃から“自分の中に音楽が宿っている”ことに気付いていたという。そして、その才能を発揮することはそれほど難しいことではなかった。10代の頃、彼はすでにスライド・ギターを弾きこなし、自分のブルース・ヒーロー達と同格のレベルに達していた。ルーツ・ミュージックと現代音楽の様々なスタイル(R&B、ヒップホップ、レゲエ)を混ぜ合わせ、Harperは自ら音楽のあるべき姿を復活させた。

カルフォルニア帝国の領内(ロサンゼルスより西へ約50マイル)で育ったHarperの身の回りには、生まれたその日から楽器がころがっていた。彼の祖父と祖母、Charles&Dorothy Chaseは、'58年にClaremont Folk Music Centerを設立し、そこでは様々な楽器や音楽書物が売られ、ライヴも行われていた。彼の両親も共にミュージシャンで、父Leonardはパーカションニスト、そして母Ellenはシンガー兼ギタリストだったのだ。

ティーンエイジャーとしてのHarperは、Robert JohnsonやSon Houseなどのブルース・プレイヤー達にのめり込み、ラップ・スティール演奏をすることに興奮を覚えた。クラブClaremontでTaj Mahalの前座を務めたことがきっかけで演奏を気に入られ、一緒にツアーに出るよう誘われた。そして彼らは『The Drinking Gourd』のサウンド・トラックでコラボレーションを披露する。この作品は、Underground Railroad(註:南北戦争以前に自由州やカナダへの奴隷の脱出を助けた秘密組織)を経由して多くの奴隷達を北の自由な土地へ導いた1人の女性、Harriet Tubmanの生涯をドキュメンタリーにしたものだ。Harperにとって人種問題とは、彼を心の底から動かす問題だった。なにしろ彼自身、ハーフであることで様々な方面から人種差別を体験してきたからだ。

Harperは彼と同様、社会問題や民衆に密着した組織といったテーマに興味を持つ熱心なファンを集めている。彼の曲のタイトルは“Oppression”“How Many Miles Must We March”などで伺えるように、彼自身のこと、また彼が立ち向っていることを多く語っている。

ある意味でHarperは正真正銘の'60年代の申し子である。しかし彼の音楽はいかなる枠をも越え、すべての人の心に届こうとしている。

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