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1972年9月23日ノース・キャロライナ生まれ。本名ジャーメイン・デュプリ・モウルディン。ミドル・ネームのデュプリは、70年代に活躍した名ギタリストのコーネル・デュプリーにちなんで名付けられたという。

実父であるマイケル・モールディン(現在コロンビア・レコードのR&B/ヒップホップ部門副社長)がS.O.S.バンドやキャメオをはじめとするアーティスト・マネージメントに勤しんでいた経緯もあり、早くから音楽業界に身を投じていたデュプリは、僅か10歳にしてダイアナ・ロスのショウに出演した他、1984年には『Fresh Festival』(Run DMC、カーティス・ブロウ、フーディニ、ファット・ボーイズらが参加したヒップホップ史上初のアリーナ・ツアー)のステージにも上がるなど、当初はダンサーとしてのキャリアを着実に積み重ねていった。

プロデューサーとしての道に足を踏み入れたのは1990年、シルク・タイムス・レザーなるガールR&Bトリオのアルバム「It Ain't Where Ya From...It's Where Ya At」を全面的に手掛けたのが最初になる。この記念すべき作品は大きなヒットにこそ結びつかなかったものの、翌年にはアトランタに自らのレーベルとなるソー・ソー・デフ・プロダクションの設立に漕ぎ着けたりと、少しずつ、だが確実に、未来への布石を築くに至っている。

転機が訪れたのはそれから間もなくのことだ。アトランタのショッピング・モールでスカウトした2人の少年をクリス・クロスなるラップ・デュオに仕立て上げ、リリースしたデビュー・シングル“Jump”がポップ/R&Bの両チャートを制する大ヒットを記録する。その余勢を駆って1992年にはアルバム「Totally Krossed Out」を制作、僅か2週間でチャートの首位に上り詰め400万枚以上を売り払った同作によって、それまでほぼ無名に等しかったデュプリは、一気に衆目を引き寄せることになる。以降もエクスケイプ“Just Kickin'It”(1993年)やダ・ブラット“Funkdafied”(1994年)などソー・ソー・デフ所属アーティストの楽曲をはじめ、TLC“Creep”(1994年)やマライア・キャリー“Always Be My Baby”(1996年)、アッシャー“You Make Me Wanna...”(1997年)など、時代を象徴するヒット・チューンを次々とチャートの首位に送り込み、デュプリは名実共にトップ・プロデューサーへとのし上がった。

1998年には、自身曰く「クインシー・ジョーンズ『 Back On The Block』のヒップホップ・ヴァージョン」という、豪華ゲストをきら星の如く並べた初のリーダー・アルバム「Life In 1472」をリリース。翌年になるとクリス・クロスとエクスケイプの活動休止というレーベル設立以来最大のピンチに瀕するが、すかさずジャギド・エッジ「J.E.Heartbreak」(1999年)とリル・バウ・ワウ「Beware Of Dog」(2000年)をダブル・ミリオン・セールスに導くことであっさりと危機的状況を乗り越えた。