馬場俊英、日比谷野外音楽堂で夢を実現

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いよいよ12月31日に迫った『第58回NHK紅白歌合戦』に初出場するシンガー・ソングライター馬場俊英が、この12月に行なっていた全国ホール・ツアー<馬場俊英LIVE TOUR 2007~青春映画が好きだった~>、その最終公演となった12月29日東京・中野サンプラザにて、2008年5月25日に日比谷野外音楽堂でのワンマン・ライヴを行なうことを発表した。

ご存知の通り、馬場俊英は遅咲きの29歳で1996年にシンガー・ソングライターとしてメジャー・デビュー。しかし5年間の活動の後、2000年にレコード会社との契約が終了。その後、一人インディーズでの活動を開始し、「あきらめなければ夢は叶う」と2001年より自主レーベルを立ち上げ、地道な音楽活動を続けた。その活動が実り2年前に前回と同じレコード会社・フォーライフより再メジャー・デビューを果たした。

そして、実は馬場俊英はインディーズの活動をしていた頃に一つの目標を立てていたのだという。目を閉じたらファンもスタッフも自分自身も見える景色が静かに頭に浮かび、くじけそうな時に、自分の活動の支えになっていくような、そんな目標がいいと思い付いたのが「野音でピースをしよう!」ということだった。この「ピース」というのは、馬場の代表曲である「ボーイズ・オン・ザ・ラン」の一節で、

一体誰があの日オレに一発逆転を想像しただろう?
でもオレは次の球をいつだって本気で狙ってる
いつかダイアモンドをグルグル回りホームイン
そして大観衆にピース!ピース!ピース!ピース!ピース!ピース!

(※「ボーイズ・オン・ザ・ラン」)PV https://www.barks.jp/watch/?id=1000006580

という歌詞があり、ピースの部分で馬場に合わせてファンが全員ピースのポーズを取ることがライヴでのお決まりとなっていた。これを野音で実現しようとしたのである。

日本で「野音」と呼ばれる会場は、大阪にある大阪城野外音楽堂と東京にある日比谷野外音楽堂の2つが有名であるが、2007年に馬場俊英の目標はまず、大阪城野外音楽堂で実現した。

2007年4月29日に大阪城野外音楽堂で行なわれた<野音でピース!>はチケットが発売するとともに即完売。チケットが手に入らないけれど同じ会場にいたい、というファンも約300名ほど会場の外に集まっていた。会場の外に設置されたスピーカーに必死に耳を傾け、最後には全員立ち上がっていた。馬場にとって、この日の公演は今でも特別なものであり、あの瞬間は今でも活動の支えとなるくらい大事な存在となっているという。

そして、今回ついに2008年5月25日、もうひとつの会場である日比谷野外音楽堂でのライヴが決定したことを発表。馬場俊英が描いたこの目標は「野音でライヴをする」ということや「チケットが完売する」という事実だけではなく、何よりも「たくさんの人にきちんと心をもって届ける」ということを意味している。

再デビューを果たしてから2年間という短い間に着実にライヴの動員を増やし、NHK紅白歌合戦への初出演も決定した馬場俊英。ビッグ・アーティストへと成長して行く過程で、ずっと支えてきたファンにとっても変わってしまったと感じる部分もあるかもしれない。それでも、今までの過程は馬場が昔から思い描いてきた夢であり、馬場本人が大事にするものは変わらずにそこにあると言えるだろう。

今回の日比谷野外音楽堂でのライヴは、馬場俊英本人にとっても重要なターニング・ポイントとなるライヴになるだろう。“野音でピース!”という馬場の夢がいよいよ日比谷野外音楽堂でひとつのゴールを迎える。チケットの争奪戦が見込まれるので、今からこまめに情報をチェックしていたほうがよさそうだ。

■馬場俊英オフィシャルサイト
http://www.babatoshihide.com/
■フォーライフによるオフィシャルサイト
http://www.forlife.co.jp/babatoshihide/index.html
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