倉橋ヨエコ、ラストアルバム『解体ピアノ』特集INTERVIEW

ポスト

──7月20日のライヴを最後に廃業ということですが、やはり、これは聞かなきゃなりません。廃業に至るまでの経緯、心境の変移を教えてください。

倉橋ヨエコ:倉橋ヨエコと言う歌手はそもそも、何か経験したことにより心が縮乱れて爆発して、最高到達点の言葉が出た時に歌にして表現したい…と言うことだけのために、音楽の力を借りて歌ってたんです。歌詞が呼ぶエネルギーオンリーでやってきました。そしてありがたいことに、そんな自分勝手な歌に奇跡的に共感してくださる方がいてくれたので歌手でいられました。なので、決断は大変悩みました…。でもだからこそ、今存在する私の引き出しに渦巻く最高到達点の歌詞達を使い切ったら、正直に辞めるべきだと思ったのです。そんな倉橋ヨエコの可能性をフルで使い切ったアルバムがこの『解体ピアノ』だったのです。『解体ピアノ』ができた時、今後私に言えることは何もないと思えました。決して悲しいことではなく、表現者として自分の限界に出会えて幸せです。ゴールだと思います。当初この『解体ピアノ』は、毎度、表現者倉橋ヨエコをもちろん基盤にさらに色んな方とコラボをしよう!とか最強にプラスαな音楽的要素も加わった幅の広いアルバムを目指し、いつものように、またいいもの頑張るぞーーー!と、いたって普通に制作を始めたんです。しかし、各感情畑で産まれる子供達(曲)に会う度“怖い”と感じたんです。例えば…、「自虐的に痛い恋愛畑」の子が生まれたとします。自分が経験して爆発した気持ち、考えつく世界観、それをこんな最高の言葉とメロディーで表現できてしまって、この先同じ種類のことを歌ったら、次は二番煎じ風になってしまいそうだ!!って。でも、心から思ったこと以外は歌を呼ぶパワーにはならないから、フィクションでは書けないし書きたくない。経験にも心の叫びにも限界がある。だとすると、もうこの類いの歌はこの子で産み納め!?と感じて怖かった。そして、違う畑の子を産んでも再びまた怖いと思った。そうこうしてるうちに、もうゴールが見えてしまう気がしてどんどん幸せの恐怖で追いつめられて行ったんです。で、ゴールの「ゴー」の字までやはり見えてしまったから、正直に引退アルバムにして行こうと決心しました。だから廃業を意識する前の曲もあり、してる曲もありの混在アルバムになりました。そこがまた運命的で良いと思うんですよ。だって“廃業”に向けて計算した曲ばかりなんてできないし、冷静に計算してる時点で私の信念じゃない(笑)。幸せや不幸を気が狂う寸前で0か100!って叩き付ける。そんな瞬間を綴るだけの人間ですから。暴力的に正直に存在する事へ突き進むのが表現者としても人間としても信念です。でも、今まで色んな形で応援してくださったファンの皆様、スタッフ、プロデューサー、コラボしてくださった方には本当に申し訳ない気持ちで一杯です。ただ、倉橋ヨエコにとってはこの決断は幸せであり正しかったと思っています。我がままな歌を歌っているからには、最後まで我がままを突き通したい。それを、許してくださった方々には本当に感謝でいっぱいです。ありがとうございます…。

──『解体ピアノ』は、どんなアルバムに仕上がった実感がありますか?

倉橋ヨエコ:過去のどの作品もその時代の傑作集大成です。『解体ピアノ』はその集大成シリーズの中の集大成ですね。キングオブ集大成かなあ。原点である弾き語りもあるし、バンドでも演奏してるし、各プロデューサーの十八番のお力も借りてバラエティー感が凄まじい。私の方も、歌がべらぼうに好きないちシンガーとして、ソングライターとして、ドロドロの表現者としてピアノ弾きとして、倉橋ヨエコにできる可能性の良いとこどりを詰め込みました。このアルバムで初めて聴いた方は、好みの畑を過去アルバムに遡って聴いていただける総合案内版になるだろうし、前から聴いてくださってた方には、音楽的には大変リッチな総集編にもなるだろうし、強豪選抜チームみたいなアルバムでしょうか。ジャケットも鍵盤を切り刻んでピアノと一体化して閉幕する倉橋をイメージして、佐伯朋子さんが描いてくれました。何もかもがすごく最後にふさわしい、なるべくしてなったラストアルバムです。

──“ピアノ解体”ではなく“解体ピアノ”。解体されたピアノはどうなってしまうのでしょう。捨てられるのか、次に組み立てられるのを待つのか。

倉橋ヨエコ:音楽をやってる表現者倉橋ヨエコは廃業するんです。でもピアノや歌を嫌いになった訳じゃないし、これからも最高到達点に至らなくても何か曲ができるかもしれないし、趣味では音楽をやると思います。それにいちリスナーとして、色んな方の作った音楽も楽しく聴いていきたいし。だからピアノは今度は誰の力も借りずに一人で黙々とにやけながら、マイペースに組み立てると思います。

──1曲目「鳴らないピアノ」は象徴的な曲ですね。アルバムの最初の曲で“さよなら”を言っちゃう覚悟を決めたのはいつ? そしてどんな気持ちで?

倉橋ヨエコ:実はこの曲は、タイトルこそ意味ありげですが偶然でした。アルバムの中でも最初の方にできた曲なんです。なのでもちろん、廃業のさよならは念頭にはあらず(笑)。めずらしく曲先で進めてました。歌ってて非常に気持ちいい奇麗なメロディー、でもアレンジは重くてかっこいい。これに合う世界観の歌詞を、恨み帳(歌詞を書き溜めたノート)から取り出してきて乗っけたんです。人を愛することで逆に背負う悲しみ、愛とピアノをだぶらせて普遍的に綴りました。そして、今までにないタイプの歌詞でもあるかもしれません。自分からさよならの判決を下す勇気を出した曲は、初めてかもです。もしかして、心のどこかでまだ気づいてなかった廃業の予感が潜在していて、自然にこの歌詞に呼ばれてできたのかもしれませんね。1曲目に来たのにも、解体へ突き進むことになった運命も感じます。

──小坂明子さんの「あなた」。この歌詞ってメタファーで、倉橋さんの直接的な言葉が舞う作風とはかなり違います。この曲を歌ってみてどうです?

倉橋ヨエコ:有名な曲なので過去にももちろん聴く機会がふんだんにあって知っていたけど、カバーするにあたってまじまじと歌詞と合わせて聴いた時、恐れ多いですが…本当は悔しかったです。私がこれ書きたかったわっ!って(笑)。本気で理想ですもん。空想に飽き足らず、私なら本気でたぶん実行しますよ。小さな家建ててバラとパンジー植えて子犬飼って、あなたの隣で永遠に地獄のようにレース編みますもん。子供の帽子とか。ついでに夜ごはんには、干し椎茸戻して汁ごと入れて、和風だしも隠し味のクリームシチュー作りますもん。牛乳たっぷり入れて。使う鶏肉はもも肉じゃなくて、せせり(首の肉)がお勧めです。“変わった食感だねえ?”ってあなたが言うんですよ~。それで…、(妄想列車動きだしちゃった…止まりません)。って言う事で、昨年着物で弾き語りツアーをした時も、カバーして歌ってました。歌ってると自作の曲のような錯覚に陥るんですよ。メロディーラインも声がファルセットで伸ばせる感がツボで。一見かわいい乙女の夢ソングですが…。そんなこんなで私は実に本気で歌ってますから。全国の殿方に背筋を凍らせていただくバージョン。代表して私が歌わせて貰いました。ひひひひ…猛烈楽しいですよ。

──昭和の捨て犬は“雨の羽生橋”で濡れそぼっています。さらって行ってくれる人をまだ待ち続けるのでしょうか。

倉橋ヨエコ:待ちますね。妥協はしません。棺桶に入るまで待ち続けます。棺桶入っても無理なら来世まで待ちます。待ちきれなかったら魂になってストーカーします。昼ドラも本気で見ますから~。

この記事をポスト

この記事の関連情報