ASKAのライヴツアー<ASKA CONCERT TOUR 2009 WALK>が6月25日、NHKホールでツアー本編のファイナルを迎えた(この後、さらにシューティングライヴ、そして7月4日には台北公演が開催される)。アンコールでは、2010年3月末をもって閉館が予定されている東京厚生年金会館で10日間公演を行なうことが、ASKAの東京厚生年金会館への想いとともに自身の口から語られた。

◆<ASKA CONCERT TOUR 2009 WALK>で熱唱するASKAの大きな画像

今回のライヴは、デビュー30周年を迎えたASKAが、ソロアーティストとして歌っていくスタンスを表現するために<WALK>とタイトル付けられたもの。公演では、2009年2月にリリースされた最新シングル「あなたが泣くことはない」はもちろん、過去にリリースされた「晴天を誉めるなら夕暮れを待て」といったシングル曲、1995年の『NEVER END』、1997年の『ONE』、1998年に“ロックとクラブサウンドの融合”をコンセプトとして制作された『kicks』(ただ、ライヴのMCでは“時代を先取りしすぎた”と苦笑いも見せていたが)、さらに2005年の『SCENE III』といったアルバムに収録された曲、そしてCHAGE and ASKAとしてリリースした「ラプソディー」「Red Hill」といった名曲の数々が、“新しい服を着せた”ようなバンドアレンジで次々に披露された。







ASKAの人間味が出るのがMCだ。CHAGE and ASKAの時の寡黙で真面目なイメージしかない人にとって、ライヴ中の彼のMCは新鮮に感じるかもしれない。今回のライヴでは、2009年初めから日本列島、そしてアジアをも震撼させた“CHAGE and ASKAの解散騒動”を振り返りつつ、CHAGEが以前、“2016年に東京オリンピック開催が決定したら、テーマ曲を作ってASKAにコーラスやってもらう”と、メディアの前で発言したことを受けて、“コーラスとかないから! 絶対ない!”と、笑いながら大きなジェスチャーで否定。会場を大爆笑させた。

また、CHAGE and ASKAの無期限活動休止については、“CHAGE and ASKAで、もっとやり残してきたことはあるんだろうけど、今は思い浮かばない。” “50年生きてきて(30年アーティストをやってきて)、残された時間を考えたときに、まだやってないことをやろう。お互いにソロでとことんやれることをやってみよう。”と、ふたりで話し合った結果、CHAGE and ASKAの30周年よりもソロ活動を優先させることに至ったことなどをファンに説明。一方で、“(CHAGEと)ふたりで並んだ時に「雰囲気」(この表現には、本人たちや周りのスタッフの気持ち、世間からの注目度という点はもちろん、ファンからの期待という意味も含まれていると思われる)が変わるのはわかっているつもりです。あいつ(CHAGE)はどうか知らないけど(笑)。絶対、またふたりでやるから、その時には一緒に、今年できなかった(CHAGE and ASKAの)30周年パーティーをやろうね!”と、時期は未定ながらCHAGE and ASKAは必ず再始動する旨をファンの前で明言し、会場は割れんばかりの歓声と喝采に包まれた。頭ではお互いのソロ活動について理解していながらも、どこかでCHAGE and ASKAとしての活動にも期待しているファン、もしくはCHAGE and ASKAとしての活動再開がまったく見えないことで不安な気持ちなっていたファンの中には、ASKAのこの発言に思わず涙してしまったという人もいたことだろう。

歌で魅せるもの、ダンスで魅せるもの、演出で魅せるもの…ライヴには様々な形式があるが、ASKAのライヴはというと、当然のことながら、その才能から生み出した名曲の数々と高いヴォーカルセンス、そして思わず息を飲む圧倒的な迫力のパフォーマンスを中心としたものだ。一方で、今回のライヴでは、アーティストとしての才能と、長年に渡る絆と、そしてハプニングでオーディエンスを楽しませるような企画もあった。「はじまりはいつも雨」や「PRIDE」「On Your Mark」といった名曲の数々でアレンジを手がけ、今回のライヴではキーボードを担当している澤近泰輔と、ステージ上で即興で1曲作って歌いあげるというコーナーがそれだ。長年、一緒に作品を作り上げてきた澤近とASKAという、超一流アーティスト同士のセッション。しかも毎公演ごとにどんな曲ができあがるのか誰にもわからないというハプニング要素。今回の公演では、ASKAが作品のできに満足がいかず、何度かやり直し、さらになぜか松田聖子の「赤いスイートピー」が飛び出したりしながら、澤近が“手グセ”と表現するピアノの旋律(アドリブ)と、ASKAらしいメロディー展開で、ジャジーなバラードができあがった。

そしてアンコールで発表された、2010年春予定の東京厚生年金会館10日間公演。なぜ厚生年金会館なのか、なぜこのタイミングなのか、ASKAの厚生年金会館という施設への想いとともに、それもまた自身の口から語られた。

アーティストにとって、厚生年金会館という会場は思い入れのある場所。キャパシティーと音響とのバランスがよいため、若手のアーティストにとっては、全国の厚生年金会館が“初めての大舞台”となることも多く、厚生年金会館のステージに育ててもらったというアーティストも多い。ASKAもまた、CHAGE and ASKAとしても幾度となく公演を行なったこともあり(1989年の全国ツアー<CHAGE&ASKA CONCERT TOUR '89 ~10 years after~>では、当時の新宿厚生年金会館で合計10日間公演も実施している)、厚生年金会館への想いはひとしおだ。

そんな厚生年金会館だが、昨今の厚生年金を取り巻く状況や施設の老朽化といった要因から、次々に姿を消しているのが現状だ(厚生年金会館は2010年9月までにすべての施設の廃止・民間への売却が予定されている)。そしてこれはもちろん、東京厚生年金会館にも当てはまる。ASKAの言葉を借りるなら、“自身の音楽人生においても大きなきっかけを与えてくれた会館”。それが東京厚生年金会館。この報を聞いたASKAが、これまでお世話になった東京厚生年金会館に何かをしたい、何かメモリアルなことをしたいという想いから実施に至ったのが、来春の東京厚生年金会館10Days公演なのだ(そしてそこには、自身は無宗教ながらも、ステージに立つ前には、公演が無事に成功するように会場の神様、ステージの神様に祈ることを忘れないというASKAが、東京厚生年金会館の神様にこれまでの感謝を伝えたいという気持ちもきっとあったことだろう)。ステージ上ではさらりと公演決定を発表したASKAだが、実はこの公演にかける想いは、ファンが考えるよりもはるかに強く、大きなもののはずだ。

アンコールを含め、今回のライヴでは計22曲を熱唱したASKA。披露された数々の楽曲や、挟み込まれるMCを耳にすると、すべてがつながっていたことに気づいたことだろう。歌謡曲大好きっ子だったASKA少年が、ピンキーとキラーズのステージを見に行ったという思い出。CHAGE and ASKAとしてデビューしてすぐ、無謀と言われた全国ツアー開催を決定したものの、直前までチケットが売れないという状況で心が弱くなっていた頃に見た明け方の空。そしてもちろんその後のCHAGE and ASKAとしての活動、そしてソロ活動(ファンから多くの意見をもらった『kicks』も含めて)。披露された曲、話、そのすべてが今という時間につながっており、また、あの日のNHKホールのASKAにつながっているということを強く認識することができたライヴ。言い換えれば、今回のライヴは、ツアータイトルどおり、ASKAというアーティストの歩み(=WALK)を感じることができるものだった。

30周年を迎えたASKAは、自分の音楽を突き詰めていくという決意とともに、ひとりのソロアーティストとして歩み続ける。そしてそれは“CHAGEは人生最大の矛盾、そして自分はCHAGEの矛盾でありたい”というASKAの最後の言葉のように、“矛盾”であり続けるため、そしてその矛盾を少しでも大きなものとするために、でもあるだろう。言葉の本意はASKAのみぞ知るところだが、ひとつ我々が想像できるのは、大いなる矛盾と大いなる矛盾が重なり合った時、その時には爆発的なエナジーとともにアンバランスなバランスを保ったまま統合し、“大いなる個”となるはずなのだ。

なお、来春の東京厚生年金会館公演の日程など詳細は、後日オフィシャルサイトなどで発表される。

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◆ASKA オフィシャルサイト(CHAGE and ASKA)