新作『イン・ディス・ライト・アンド・オン・ディス・イヴニング』にみる、エディターズの新境地

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3rdアルバム『In This Light And On This Evening』がUKチャートのNo.1に輝いたエディターズ。ダークな歌詞と鋭利なギター・サウンドで独自の世界を築き、いまのUKロック・シーンに欠かせない存在となった彼ら。しかし、最新作ではその地位に甘えることなく、新境地を開拓した。彼らの最大の強みともいえるギター・サウンドを抑えシンセを多用するなど、リスクを冒したともいわれる同アルバム。日本でのリリースを前に、フロントマンのトム・スミスにアルバムやエディターズの世界感について話を聞いた。

◆新作『イン・ディス・ライト・アンド・オン・ディス・イヴニング』にみる、エディターズの新境地 ~写真編~

――まずは、No.1獲得、おめでとうございます。

トム・スミス:ありがとう。

――音楽ファンは常に新しいものを探しています。そんな中、3rdアルバムが1位に輝くのは簡単なことではないと思いますが、自信みたいなものはありましたか?

トム:いや、自信なんてなかったよ(笑)。でも、そうなったらいいなっていうのはどこかにあった。確かに君の言うとおり、最近は新しいものが出てはすぐに消えていく。だから、今回No.1になったことはすごく誇りに思っているし、みんながアルバムを気に入ってくれて、俺たちがこれまでとは違うものを作ったってことをリスペクトしてくれたらいいなって思ってるよ。

――2ndアルバムが初登場で1位に輝いた後、このアルバムを作るにあたってプレッシャーはありましたか? それともより自由に感じましたか?

トム:プレッシャーはあったけど、セールス的なことじゃない。そんなこと考えながらアルバムは作れないよ。スタジオでは自分の本能っていうのかな、自分のソング・ライティングやみんなが曲を気に入ってくれるはずだって信じて進むしかない。最高のアルバムを作るってことだけを考えなきゃいけないんだ。プレッシャーがあったとしたら、これまで以上にいい作品を作らなきゃってことだけだな。

――エディターズは物事を計画的に進められるバンドではないと言っていますが、アルバムを作り始めたとき、どんな作品にしたいというアイディアはありましたか?

トム:はっきりしたヴィジョンはなかったけど、これまでと違う楽器を使って、これまでと違うサウンドを作りたいっていうのはあった。ギターのサウンドを少なくするとか…。スタジオに入って何週間かして、だんだんと方向性が見えてきたんだ。SF映画のようなものになりそうだって気がしてきた。シンセを使うことにして、ドラムもそれに合うようなリズムに変えてみたり、新しいアイディアが次々と浮かんできた。エキサイティングだったよ。

――今回、シンセを多用していますが、誰のアイディアだったのでしょう?

トム:クリス(G)がキーボードで彼のメロディーを作り始めたのがターニング・ポイントだったな。前回のツアーが終わって曲を書き始め、みんなに送ったら、クリスは自分のパートをギターの代わりにキーボードでプレイして送り返してきたんだ。それが大きかったな。それを聴いて、エドワード(Dr)もキーボードに合うようにドラムのリズムを変えたし、これが今回大きなターニング・ポイントになったのは確かだね

――アルバム・タイトル『イン・ディス・ライト・アンド・オン・ディス・イヴニング』の意味は?

トム:これはオープニング・トラックのタイトルからつけたんだけど、美しい、想像してないところに現れた美しい瞬間って感じかな。ロンドンで俺がよく見かける光景なんだ。そこからインスパイアされた。このトラックはアルバムを制作し始めてすぐに作ったんだけど、このデモができたとき、アルバムの方向性が見えたような気がした。

――フラッド(U2、デペッシュ・モード、スマッシング・パンプキンズ他)をプロデューサーに迎えた理由は?

トム:彼の作ったアルバムが好きで、ずっと一緒にやりたいって思ってたんだ。最初はメンバー全員が同意したわけじゃない。もっと若くて俺たちみたいにハングリーな奴とやったほうがいいんじゃないかって意見もあった。でも実際会ってみて、彼のレコーディングのやり方――レコーディングに時間をかけないとか、テープに録音するって話を聞いたときパーフェクトな人だって意見がまとまったんだ。プレッシャーがまったくないってね。フラッドは、エレクトロを使ったダークな作品を作った第一人者だしね。

――今回、彼の最大の貢献は?

トム:彼にはグルーブに対する素晴らしい感覚がある。録音されたパフォーマンスにグルーブがあるかどうか、すぐに見分けがつくんだ。俺にはどのテイクも同じように聴こえるんだけど(笑)、彼は直感的で、どのパフォーマンスに正しいグルーブが流れてるかわかる。どれがいいパフォーマンスでどれが悪いパフォーマンスかってことがね。

――今回、あなたのヴォーカルはより生でドラマチックなところがありますが、ヴォーカルのスタイルを変えるというのは自然に起きたことなのでしょうか?

トム:サウンドと同じで別のアプローチをしたいって気持ちは最初からあったよ。ただ実際やってみたら、自分ではあまり心地よく感じなかったんだ。でも、他のメンバーやフラッドが“すごくいいよ”って言ってくれて…。だから、スタイルを変えるっていうのは意識的にしたことだ。それにヴォーカルが変わった理由は2つあるんだ。1つはギターのサウンドが減ったことで曲にスペースができた。だからヴォーカルの存在感が増したんだ。そしてもう1つは、全ての曲をライヴでテープにレコーディングしたからだ。ステージで歌うのと同じで、我を忘れてプレイしてた。いままでのように、後で手を加えるってことがなかったんだ。

――あなたはリスクを冒すのを恐れない人だと思いますが、今回1番のリスクはなんだったのでしょうか?

トム:これまでと違ったサウンドを作るなんてリスキーだって言われることもあるけど、俺たちにとってはそんなこと、ちっともリスクじゃない。またギター・アルバムを作るほうが、よっぽどリスキーだと思うよ(笑)。俺たちは安全地帯にいたくはない。みんなが予想したり望んでることばかりし続けるのは嫌なんだ。ただバカなだけかもしれないけどね(笑)。

――それでは、最大のチャレンジは?

トム:うーん…、チャレンジか…。そうだな、シンセを使ったエレクトリックな作品をロック・バンドのようにライヴでプレイする、それはチャレンジだったかな。エレクトリックなアルバムって、完璧な音でロボットがプレイしたみたいに聴こえがちだよね。感情がこもってないようなエレクトロ・アルバムは作りたくなかったんだ。エレクトリックなサウンドだけど、みんなが感情移入できるようなものにしたかったんだ。

――これはコンセプト・アルバムなのでしょうか? アルバムにはテーマがあるのでしょうか?

トム:コンセプト・アルバムを作るには、最初から計画を立ててなきゃいけない。これを作ったとき、そういう明確なヴィジョンはなかったよ。このアルバムは自分たちの直感に任せて作られた。自分たちがどこへ向かっているのかもわからなかった。でもいま聴き直してみると、曲と曲につながりがあって、そのどこにもロンドンの影響が見られると思う。コンセプト・アルバムじゃないけど、全体にロンドンが影を落としている。

――ロンドンはあなたのお気に入りの街なのですか?

トム:そういうわけじゃないけど、この5年間住んでて、ロンドンへの理解が深まった。街の美しさ、みにくさ、まわりにいる人たちへの感謝すべてが曲に含まれてる。好きな場所っていうより、曲書いてるときに見てた風景ってとこかな(笑)。

――子供ができたことは曲作りに影響していますか?

トム:どうかな、そうかもね。意識したことないけど…って言うのは自分勝手か(笑)。親になったことを取り上げた曲はないけど、確かに昔とは変わったかな。例えばこのアルバムにはちょっと政治的なことを歌った曲があるんだけど、そういうのは父親になってから考え始めたことだと思う。いや、前から考えてたかもしれないけど、詞にしようとは思わなかった。だからあと数年もしたら、もっと変化があるのかもしれない。

――あなたのことをダークな人間と考える人もいるかもしれませんが、自分自身、一言で性格を表すとしたら?

トム:混乱した奴かな(笑)。白黒つけるのは難しい。その日によって違うんだよ(笑)。すごくポジティヴな気分で目が覚めるときもあれば、悲しい気分のときもある。だから、この質問には答えるのは難しいな(笑)。

――ダークかダークでないかはべつとして、エディターズは独自の世界を築き上げているわけですが、映画や小説でその世界に近いと思うものはありますか?

トム:このアルバムに限って言えば、いくつかあるよ。1つは『ブレードランナー』だね。SFでスタイリッシュで色彩感覚に溢れた素晴らしい映画だ。このアルバムは、いろんな意味で『ブレードランナー』を思い起こさせる。それにコーマック・マッカーシーの『The Road』っていう小説。SFでありながら、個人の葛藤を描いてる。この2つの作品について直接触れた曲があるわけじゃないけど、すごく共感するんだ。

――いまのミュージック・シーンで共感を覚えるバンドは?

トム:The Nationalだね。この10年で最も気に入っているバンドの1つなんだ。彼らの音楽にはすごくインスパイアされるしリスペクトしている。それにバンドとしてはレディオヘッドも大好きだ。彼らはいつも新しいことを試し、レイジーになることも限界を定めることもなく進み続けている。その姿勢はスゴイと思う。

――エディターズの究極の目標は?

トム:そうだな…、こうなったらいいなっていうのはいくつかあるよ。グラストンベリーでヘッドラインをやるとか、アメリカで成功するとか…、でもそれは実現するかもしれないし、しないかもしれない。それほどこだわってない。そうだな、レイジーにならないで新しいことを試し続けるバンドになれれば、そう、レディオヘッドみたいなバンドになれればいいなとは思うね。

――このアルバムはどのように聴いてもらいたいですか?

トム:最初から最後まで続けて聴いてもらえると嬉しいな。それに夜聴くアルバムだと思う。ドライブしたり、散歩しながらとか…、わかんないけど、間違いなく夜のアルバムだ。

エディターズの新境地『イン・ディス・ライト・アンド・オン・ディス・イヴニング』のボーナス・トラック入り日本盤は11月4日(木)にリリースされる。

Ako Suzuki, London
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