増田勇一の「AC/DC来日公演に寄せて」

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3月11日午前零時過ぎ、ついに史上4度目の日本上陸を果たしたAC/DCの面々。東京・羽田国際空港に到着した瞬間の写真や映像については、もうご確認いただけただろうか? およそロック・スターらしからぬその風貌や雰囲気に目を疑った読者も少なくないはずだし、このバンドについて熟知している人たちのなかにも、驚きを隠せない部分はあったことだろう。

「ステージに出るときは敢えて汚いTシャツに着替えていて、普段は成金趣味のブランドもので身を固めてるんだろ?」といった都市伝説めいた思い込みを一瞬にして蹴散らすような、あのたたずまい。『ダウンタウンDX』の「スターの私服」で扱われたりしたら、絶対に無名のお笑い芸人たちと下位を争うことになるに違いない。

そんな冗談はさておき、とにかくこのバンドには、時流とかファッションといったものに振り回されることがない。しかも彼らは、意固地にそうしたものを拒絶しているわけじゃなく、最初からそういう人たちなのだ。バンドの中枢であるアンガス・ヤングは、自分たちの成功要因について、シンプルにこう説明している。

「自分たちが、いちばんよく知っていることをやり続けてきた。それだけのことさ」

AC/DCは、他の誰かになろうとはしていない。もちろん彼らにだって青い少年時代は存在したし、音楽人生の出発点には模倣もたくさんあったはずだ。が、このバンドは一度も、知ったかぶりをすることがなかった。音楽の流行を把握していなかったという意味では、かならずしもない。だけどもそれに振りまわされることも、自分自身を見失うこともなかった。そして、自分たちに何が似合って、何が似つかわしくないかを、誰かに教えられるまでもなく理解していた。このバンドのすごさについて語ろうとするとき、たとえば結成以来のアルバム・セールスが1億5,000万枚を超えるという驚異的な記録だとか、1980年発表の『バック・イン・ブラック』が、マイケル・ジャクソンの『スリラー』に次ぐ「世界で史上二番目に売れているヒット・アルバム」であるという圧倒的事実が持ち出されることが多々ある。が、すごいのはそうした数字そのものじゃなく、その理由なのである。

「何年かごと音楽の流行は変わる。だけど俺たちはルーツに忠実なロックンロールを演奏するだけだ」

アンガスはこんなふうにも語っている。自分たちには、ルーツに忠実なロックンロールしか似合わない。それが最先端のものとしてもてはやされることもあれば、時代遅れのものとして見なされることもある。が、知らないものを無理に着こなそうとすることにエネルギーを費やすのではなく、とことん好きなことを、それを心の底から愛する人たちに向けて発信することに、彼らは全身全霊を注ぎ続けてきたのだ。

何年も前からわかりきっていたはずのことをこうして綴りながら、なんだか泣けてきた。こうしてAC/DCは、ありのままであり続けることで、普通の人間の心を揺さぶり続けている。2010年3月12日、さいたまスーパーアリーナでいよいよ幕を開ける9年ぶりのジャパン・ツアー。それに臨むにあたっては、予習も復習も必要不可欠ではない。ステージ上の彼らがそうであるように、あなたにも“素”のままでAC/DCと向き合って欲しい。アルバム評で満点を獲得することではなく、オーディエンスを完全燃焼させることで存在証明を続けてきたこのバンドの“今”と、素顔のままで、アタマを空っぽにしながら対峙すること。それは、あなたのこれからの人生に、決して小さくない影響と刺激を与えることになるに違いない。

増田勇一
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