時代のうねりの中で生まれた電子系吟遊詩人、kous

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「ボーカロイド」というファンを強烈に惹きつける共通項(あるいは担保)があることで、ボカロ・シーンの音楽性は限りなく自由になった。これはエレクトロと同様に2000年代に入ってから台頭した「オールフラット」という価値観の中で、目線を付けてより分かりやすく音楽を伝える手法のひとつと言えるだろう。その軸が「キャラクター」と「ボーカル」というのは、とても日本らしいと言える。

◆kous画像

さて、そうした幅広い音楽性のボカロPがひしめく中、他に類を見ない創作ペースと、ギターとエレクトロニカ的なサウンドを融合させ、まるで陽炎のように儚く切ない音像を創り上げることで注目を集めているアーティストがいる。それが今回『機械の花ラボラトリ』でメジャー・デビューするkous(コウス)だ。その音楽キャリアのルーツを辿ると12歳にまで遡るという。

「親父がギター、おかんがピアノを弾く人で、物心ついた時には防音室と電子ドラムもあって環境には恵まれていたんです。それで中学の時に吹奏楽部でパーカッションをやりたくなったんですけど、その時の中学の吹奏楽部には枠がなくて、代わりにドラム教室に通ったんです。で、中三の時にL'Arc~en~CielやHi-STANDARD、スピッツのカバーバンドをやって、そのうちオリジナルのバンドでドラムを叩くようになった感じですね」

その後高校に入ったkousは椎名林檎、クラムボン、シンバルズなどオルタネイトな感覚を有したJ-POPに傾倒しながらバンド活動を継続。やがてDTMの道に入っていく。興味深いのは、kousの音楽にはエレクトロニカやドラムンベースなど洋楽的エッセンスが豊富に入っていながら、本人は洋楽体験がほとんどない点だろう。

「当時スーパーカーやクラムボンとか、J-POPのアーティストの作品に洋楽的エッセンスがあって、関節的に影響を受けた感じですね。元々バンド一筋で電子音楽を聴くこともほとんどなかったんですけど、バンドをやめてDTMをはじめた時に、やっぱり打ち込みでバンドのよさって出ないんですよ。それならDTMならではのよさを出そう、耳障りのいい、心地良いリズムを持った音楽を追求しようとする中で、自然に今のエレクトロニカっぽい音楽を取り入れた方向性に定まっていったんです」

打ち込みをはじめた当初はインストルメントの楽曲ばかりを制作していたkousだが、ニコニコ動画で初音ミクに出会うことで、その音楽キャリアは大きく舵を切ることになる。

「2008年頃にsupercellの『メルト』をきっかけに聴きはじめて、wintermuteさんの曲でボーカロイドの曲を作りたいと思ったんです。ニコ動って商業ではないので、メジャーぽい曲の人もいるけど、突拍子もない曲を書く人もいて自由だしどっちもできるなって思った。カオスなのもJ-POPも好きだし、それを1曲の中に落とし込んでも、この場所だったら許されるかなと思ったんです。あと、元々別の音楽サイトで作品を上げてたんですけど、ニコ動はレスポンスが大きかった。それで真剣にやってみようと毎日仕事を終えてからずっとミクをいじってましたね」

それからのkousの創作ペースはまさに怒涛のひと言。一時期は一週間に一作という異例のスピードで制作は続き、「週刊kous」というあだ名までついた。また、同人活動も活発化し、アルバムを3年間で8枚もリリース。自分の音楽に興味を持ってくれた受け手の存在が、彼の背中を押し、メジャーデビューの扉をこじ開けたのだ。

「ボーカロイドマスター7でサークルに誘われてCDを出すことにしたんです。そしたら150枚が30分も立たずに売り切れた。その頃はもうCDは売れないって話が世の中では定説になっていたので、『これ何!?』ってなった。そうじゃない場所がある。音楽を欲している人が集まる場所があるって知ってこれまで以上に真剣にやろうと思いましたね」

『機械の花ラボラトリ』はこれまでのkousのリリースしてきた作品から選んだ楽曲にリアレンジや再構成を施した作品。隙間の多い無機質なボーカロイドの歌声に、柔らかい電子音とギターサウンドが組み合わさることによって、切なさが増幅されるというkousの黄金律が遺憾なく発揮されたアルバムに仕上がっている。

「バンドにしかできないことはバンドでやりたいし、DTMを完璧にやっても面白くない。だから生楽器ではできないドラムの組み方だったり、ぶつっと曲を切ってみたりライヴではできないようにしたいんですよ。あと曲を作る時に大事にしているのが静と動の起伏なんです。雨の中を歩いたりしている時とか車の中とか気分を変えたい時ってあるじゃないですか?その時の気分を変える感じをすごい意識しています。流れが転じる瞬間を表現したいですね」

童話の1ページ1ページをめくるような感覚で繰り広げられていく楽曲は、ドラマチックなギターが振り下ろされる「白と黒」、逆回転のギターが幽玄たおやかなムードを生む「泣き虫と花束」、アコースティックなドラムンベース「いいこわるいこ」、ジャズっぽいギターフレーズが印象的な「サカナ」。多彩なジャンルを行き来しつつ、幻想的なムードがアルバム全体を包んでいて、聴き手をここではないどこかへと誘っていく。そうした作品の世界観を柔らかく持ち上げる言葉の数々だろう。

「歌詞に関しては、文字のリズムで遊びつつ、聴く人によって違う聴き方のできる歌詞を書いてます。「ハロー彗星」は夜空を思い描いているし、「すみれの絵本」は、紫色の本に入ってみたいというイメージで書いてます。基本的にはイメージが先行して風景を描く場合が多いですね」

「#000000」でアルバム本編は終了し、エキストラトラックのような形で収録されている「人影、重ねて」「嘘つき造花」ではそれぞれefとらさをヴォーカリストに迎えている。対称的なキャラクターを持つ2人だが、いずれもより感情が際立った楽曲に仕上がっているのが特徴だ。

「efはニコ動の歌ってみた動画を見て声をかけたんです。らさはボーマスで挨拶してくれたのがきっかけですね。久しぶりの生ボーカルだったのでかなり楽しかったです。リミックスで参加したDeco*27さんの曲って人を意識した感じで作られてる、逆にsasakureさんはボカロの世界観をかなり強く意識してる。僕はその中間を行ければなってイメージしています」

音楽一筋の道を歩くkous。自分の作品に対する自信と、ネットワークの変革によって新たなフェーズに入った音楽シーン、リスナーへの信頼が伺える。時代のうねりの中で生まれた電子系吟遊詩人、kous。その将来は大きな希望に満ちている。

「今後はプレイヤー兼プロデューサーに行きたいですね。生楽器も電子音も取り入れつつへそ曲がりの感性で音の心地良さを進化させていきたいです。元々僕はすごい勢いで人気が出るとは思ってなかったんですよ。でも、着実に増えてる実感はある。今回のアルバムもそうだけど、全体が心地良ければ必ず受け入れられると思う。それはニコ動や同人でCDを売っていく中で感じられたこと。全てを受け入れろって傲慢さはない。でも、アルバムの流れのどこかに乗ってもらえる瞬間があって、それを好きになってくれたらいいなって感じてます」

TEXT by Yozuru Sato

<kousインストア・ライブ>
●TOWER RECORDS新宿店
7月10日(日) 19:00~
http://tower.jp/store/event/4171

●アニメイト秋葉原店
7月18日(月・祝) 17:00~
http://www.animate.co.jp/event_info/event/event_e20110718_2.html

『機械の花ラボラトリ』
2011年6月22日発売
初回生産限定 XECJ-1012 ¥3,000(tax in)
※CD+DVDの2枚組デジパック
※32P絵本型ブックレット
※三方背BOX付き
温かく、優しく、そして、切なく。鮮やかに咲く物語が秘密の実験室で静かに綴られ始める。「有機(シロ)」と「無機(クロ)」のコントラストで描く音像の世界。
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