2012年7月12日、日本が誇るベーシスト松永孝義が永眠した。享年54歳。

◆松永孝義画像

僕は現在プロミュージシャンでもなんでもなく一介のサラリーマンであるのだが、松永孝義さんの唯一の弟子である。僕が大学を中退してコントラバス奏者として生きていこうと思ったとき、元JAGATARAのサックス奏者、篠田昌己さんのお姉さんの紹介で、僕は松永さんからコントラバスを基本から教えてもらうこととなった。

コントラバス奏者の技術論として師匠に教えてもらったことは山ほどある。「集中して弓で、指で一点をこすること」。「左手のかたちが絶対にマムシにならないこと」。「弓が返っても、何も起こらなかったかのように聴かせること」。

技術として非常に科学的であり理知的な松永さんがそこにいた。ミュート・ビートなどのグルーヴは“ラリラリ”な状態で産み出されているものではないのだ。科学的なのだ。

乱暴かもしれないが、僕が松永孝義師匠から学んだことを僕の目から要約すると以下だ。

   ◆   ◆   ◆

ノリ(=グルーヴ)の妨げとなるものが君の中にある。
それを取り除かなければならない。
そのための基礎訓練がある。
その基礎訓練は白紙を作るためのものである。
グルーヴは天与の才能なんかじゃない

そんなこと言ってたら俺たち日本人は永遠にグルーヴできない
グルーヴは色である。
タンゴにせよ、レゲエにせよ、ファンクにせよ、
それは色である。

その色を描きたかったら白紙を作れ
白紙が作れないと色は塗れない
グルーヴはつくれない

グルーヴしたければ
いつでも歌うこと。ベースラインを夜中でも歌うこと。
自分が腹の底から歌う声が、ベースラインになりグルーヴとなる。
もし君が音楽だけでは暮らしていけなくて(子供を育てなければいけなくて)
音楽から離れたとしても
一生、一日10分でもいいから、腹の底からベースラインを歌うこと

多分、俺たち一生
「この絵を描きたいんだけど、描けない」
って枕を夜涙でぬらすのかもしれないけどなあ

   ◆   ◆   ◆

僕は松永さんが「お前は頭でソフトウェアを発明できる人だと思う」という言葉で、コントラバス奏者を本業とすることをあきらめて、エンジニアになった。だが、その後も定期的に師匠との交流は続けた。松永さんの教えはサラリーマン生活でも大変役に立つ教えであった。

僕が気に入った音楽はほとんど師匠は気に入ってくれるので、気に入った音楽は必ず松永さんに贈るようにしていた。Morr Musicのユリア・グーター(Julia Guther)やマーシャ・クレラ(Masha Qrella)のCDを贈ったら、「お前、あれ、いいなあ~」とまさしく「声=ベースライン」のように2012年の春、言ってもらった。ドイツの哲学者ヘーゲルやフランスの映画監督巨匠ジャン・リュック・ゴダールとマーシャ・クレラが歌う「灰色に灰色を重ね塗る」現代において、「白紙をつくる」というグルーヴを、マーシャ・クレラ with 松永孝義という企画を実現することで、考えたいと願っていた矢先ことであった。

私は師匠:松永孝義さんを心の底から尊敬しています。ご冥福をお祈りします。

松永孝義の弟子:小塚昌隆