一言で言うならば幻の城である。完成からわずか三年で姿を消した城、安土城。
城主は織田信長。戦国時代で一番PUNKでアナーキーな武将である。

◆中島卓偉の勝手に城マニア 第1回画像

信長はすべてにおいてパイオニアであった。
戦のやり方はもちろん、自身のファッションセンスはもちろん、石垣で城を創ったこと、天守を(信長の場合は天主と記す)創ったことなど、誰もやってないこと、思いつかないことを誰よりも先にぶちかました男である。
どうPUNKでどうアナーキーだったかは織田信長自身を調べることをお勧めする。(そんなことまでは教えてあげねえよ~ン)

とにかく新しい物好きだった信長は天下統一を見据えてこの安土城を1576年に築城する。だが天下統一を目前に控えた1585年、完成してわずか三年、家来であった明智光秀により謀反をおこされ、本能寺にて信長は四十九歳の若さでこの世を去ってしまう。

▲安土城本丸跡
▲安土城二の丸跡
▲安土城資料館より
それも束の間、誰かが安土城の本丸に火をかけ七重の天主は炎上。燃えた理由は色んな説があるが、問題は「誰だよ~~?勝手に城に火をかけたのはよ~~?創るのに何年かかったと思ってんだよ~~」ではなく、今日までちゃんとしたデータが残っていないという事実。
これによって復元が出来ないのである。だから城マニアの中で安土城は幻の城なのである。

貿易を好んだ信長は、狩野永徳(絵師)に書かせた金箔の屏風、安土城絵図を家来を通じて当時のローマ教皇に贈っている。
この屏風が腹立つことにどっかに言っちまって無くなってしまったというのだ。さすがイタリア人だ、言い訳がチャラい。
これがもし発見されたら安土城天主閣の復元は実現するであろう。
今までもたくさんの復元案が出されてきた。いろんな言い伝え、書物も残ってはいるが、私はこの屏風が出て来ない限り復元はあり得ないと思っている。

そう、幻でいいのだ。だからこそ想像出来るというものだ。男は想像の中で好きな子の服を脱がせられるのと同じだ。

城内を見学し、城の平面図を見ると解るのだが、ナイスデザイン、ナイス配置、ナイスアイディアな作りである。よく出来ている。
この城に始まり、日本全国の武将達は総石垣の城を創り天守を構えるようになる。
この城がなかったら日本の城はあり得なかったと言っても過言ではない。
まさに信長以前、信長以降、安土城以前、安土城以降なのである。
日本のロック界も卓偉以前、卓偉以降という歴史がいつしか刻まれることが約束されている。と、中島卓偉本人が言うのだから間違いない。

THE BEATLESが再結成可能だった頃、再結成など見たくないというファンの声もあったように、安土城天主の復元など出来れば見たくないというのが城マニアの私のささやかな本音である…。

◆【連載】中島卓偉の勝手に城マニア・チャンネル