【連載】Large House Satisfactionコラム「夢の中で絶望の淵」Vol.7「腐れモノづくり野郎に絶望」後編

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俺の怒りの理由は明確である。


別に家の中で独りで仮装して悦に浸っているだけならなんの害もないからいいよ。

けど、君んちの外には他の人々がたくさん存在していることを君は知らないのかな?クソ野郎。てめーのその小汚いゴミみてーな針金の束が誰かの服にひっかかって破れたり誰かに刺さって怪我させたりする可能性がないとでも思ってんのか?思ってるなら精神ホスピタルに入院して頭脳が阿呆になる薬でも飲んで一生檻のなかでコロコロコミックなどを読みながら暮らしていただきたい。そのためなら私は頭を下げますよ。お願いしますっ。入院してくださいっ。オッ!








書いてたら怒りのボルテージが上がりすぎて頭脳の血管が破裂するところだった。あぶねー。



▲絵:小林賢司
そんなわけで俺はめちゃくちゃにムカついた。

しかしそんなことを面と向かって言えるほどブレイブなハートは持ち合わせておらないので、

怒りでふるふるする心を必死で無視しようとする自分がいることにも気づいていた。

無視することによって目の前の不条理から逃亡しようとしていた。



そしてやっと、ああ。帰ったらいつものバーへ行って、腹減ってないのにめんどくさい食い物作ってもらう嫌がらせしよ。楽しみ。

という愉快な精神状態になってきたとき、

針金馬鹿の左隣に座っているちょっと小洒落たおっさんが、ヤツを興味深そうに観察しているのに気づいた。


しかもちょっと好意的な、

(ほーん…こいつ、なかなか面白そうなやつじゃん?)

みたいな、アーティスト目線っつーの?小癪な感じで。



嫌な予感がした。

(このじじい、まさか話しかける気か…?)

俺はマジでやめてほしかった。

何故ならそんな、アーティスト目線で話しかけたら絶対この針金馬鹿は調子に乗るから。

そしてその調子に乗った感じによって俺の精神は、あの有名なアンパンの化け物が頭部を濡らされた時の如く弱っていくから。



(本当にやめてください、じじい…)


しかし俺の願いも虚しく、

おっさんは話しかけた。

乗客の視線が一斉におっさんに注がれる。

しかし、おっさんは涼しい顔で針金に問いかけた。



「えっとあの、すみません…それってご自分で作られたんですか…?」



予想しうる一番最悪パターンだった。

何故一番最悪かというと、このちょっと疑ってるというか、嘘でしょ?みたいな感じの問いかけによって、


「まさか、こんなクオリティの高いものを自分で…?そんなことってありえるの?これがホントなら、荒削りだけど鬼気迫るサイノーを感じずにはいられないが…」


みたいな、嬉しい疑い、みたいな感じを相手が感じ、そしてちょっと驚いたみたいな、

「えっあっ?ああ、ハハ(笑)そっすそっす、これ、自分で作ったんすよ(笑)」

という猪口才な、小癪極まりない感じで返す、

最低最悪の馬鹿猿の馴れ合いコミュニケーションが成立するのである。



そして案の定針金馬鹿は、


「えっあっ?ああ、ハハ(笑)そっすそっす、これ、自分で作ったんすよ(笑)」


って言った。

ほらな。俺の心は濁った。


おっさんは興奮して眼をキラキラさせはじめる。



「へぇー!えっえっえっ、これってなんすか、何でできてんすか?」

「あっえっとーこれは、家にあった針金で作ったんですよね」

「ヘェ~!!すぅごいっすねえ!これ、あっこれ、ちゃんと貫通してるんだ!」

「ハハ、バレました?(笑)」

「えー、すっごいなぁ…。えっえっ、普段ってなにやってる人なの?」


おっさんのこの質問に、針金は待ってましたとばかりのしたり顔で、



「もの…づくり。…うん。ものづくり、ですかね…」



この最初の「ものづくり」の、「もの」の部分をうつむきながらちょっと伸ばしたあとの「づくり」、そしてひと呼吸、

一拍置いてからの、決意を籠めたような「うん」のあとに続く言葉は、少し遠くを見るような感じでサラッと言った。


おっさんはちょっと訝しげだったが、何か合点のいった様子だった。

「はァ~、もの…もの、づくり…ものづくりね!ハイハイハイなるほどね!へぇー。ほぁー。他にどういうの作ってるの?」

「そっすねー。僕って、ただものを作ってそこに置いておくだけってやりたくないんですよね」

「というと?」

「なんだろ…僕自体が作品といつか…そうっ、作品と僕が合わさることによって僕もその作品の一部で、といっても僕の手から作られたものだから、それだけでもすっごいことなんだけど、そのすっごい僕の作品とすっごい僕が融合することでもっとみんなに僕の深い宇宙っていうのかな、そういったものをわかってもらえるかな?みたいなところですね。実は僕舞台俳優もやってるし。存在がもう、作品なんですよね。セルフプロデュースっていうか。それがものづくりかな、って」


針金は一息にそう言うと、愛おしそうに胸に刺さった針金の束を撫でた。

おっさんは、

「深いねえ…。哲学的だなあ…」

深くうなずいて言った。


何を言ってるのか理解出来なかったのは俺だけではないようで、

最初は恐怖を感じていたであろう乗客達も、だんだんと針金を馬鹿にするような眼で見はじめた。

ほとんどの乗客が笑いを堪えている。

しかし、俺には最初から馬鹿にするとか面白がってるとか、そういう気持ちはない。

ただムカついていた。


針金は照れ臭そうに笑って言った。


「あ、それ仲間からもよく言われるんすよね、たははf^_^;) だからちょっと浮いちゃってるっていうか、ちょっと変わってるっていうか…だけど、それが僕なわけで(笑)」


ゆっくりと視界が暗くなっていく。

おっさんの声が聞こえる。


「へえー。ちなみにこの、針金の束が心臓を貫いてるっていう今回の作品?はどういったコンセプトなのかな?」


「ああ、コンセプトねえ…。普通、僕らって生きてこうやって会話とか、歩行とかしてるわけじゃないですかぁ?でも結局それって有限なわけで。あっいやいやいや有限だからこそ美しいっていう意識も全然理解できるし寧ろそうだよね、って共感できるんだけど、僕は輪廻転生がこの世の理だと思ってるんです。唯一の真実だと思ってる。だから針金の束、これはあらゆる死の要因の隠喩っていうか、まあ、あれなんですよ、これぶっちゃけ死神の指っていう設定なんすけど、これが心臓に刺さってることで、僕は死んでるわけじゃないですかぁ?でも輪廻転生ですぐ生き返るんだけども、身体は常に死んでるからまたすぐ死ぬんですよね。で、また生き返る、と。これって永遠に続くんですよね、ようするに永遠の命っていうか。神様が、これが生命だぞっ。ってドンッとこう、テーブルに置いたのが僕、という存在、みたいな。生と死。地球いや宇宙の理をあらわす存在。まあちょっと僕には荷が重いですけど(汗)そういうのを表現したいなあと思ったら、こんな感じになったっつぅか、それを感じてみんなに自分なりの生き方っていうのを見つけて欲しいな、なんて」


「すると、この死神の指?っていうの?これが抜けるっつうか、とれちゃったら君はどうなるの?」


「んー…抜け殻、ですかね。これがあるから僕が存在できてる部分もあるし。といってもそれは観念上のことで、実際にはこれはあの、フィクションというか、こういう表現であってってうわっうわっうわっ」


▲絵:小林賢司
おっさんはおもむろに針金の束に手をかけると、針金馬鹿の胸からズズッ、と引き抜いた。

引き抜かれたところから血が溢れだす。


「えっえっえっ。うわっうわっうわっちょっうわわわわわわわ。あっ。あ、あれっ?そんっ、えっ」


針金馬鹿は焦って胸を抑えるが、とどまることなく血は流れつづける。

おっさんは無表情で訊いた。


「抜け殻なの?」


「えっ」


「死神の指引っこ抜いたけど、今抜け殻なの?」


「えっ。いやいやいやうわっうわっうわっ。ち、血が、なんっ、なにすんだよっ」


「ちゃんと質問に答えてよ、抜け殻なの?」


おっさんは極めて無表情、無感動で問い続ける。

床には静かに大きな血溜まりができていく。


「ねえ、今どういう状態なの?抜け殻になってるの?確か抜け殻になるって聞いたけど、今それなの?」


「いやだってそん、そんな、うわぁっ。うわぁっ。いたいいたいたいたいいたいっ。わかんだろーよーふつーよぉっ。本物なわけないじゃねえかよっ。ぶ、ふざけんなよっ、おいっおだっ、うわぁっ」


「嘘なの?はっきりして欲しいなあ。じゃあ仮に今この状態が抜け殻だとして、この死神の指を戻したらどうなるのかな」


言うやいなやおっさんは右手に持っていた針金の束を、針金馬鹿の血が湧き出ている胸の穴に無表情で突き刺した。



「ぎゃあああああああっ。あはっ、あはははははははははっ」



車内は針金馬鹿の絶叫につつまれ、

しばらくすると、絶命したようだった。


おっさんはむくっと立ち上がると、


「どうして嘘をつくのかな」


と悲しげに言った。

驚いたことにその声は俺の声だった。


「悲しいよ」


おっさんはつぶやくと、いつのまにか車両全体を埋め尽くした血溜まりのなかに、じゃぽんっ、と飛び込んで、消えた。





俺は気づくと近所のバーの便所で寝ていた。

不思議と、清々しい気分であった。

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