【ライブレポート】坂本龍一、チェロ・ヴァイオリン・ピアノで奏でるゴージャズな音楽空間

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坂本龍一のトリオ・ツアーを、12月19日に赤坂ACTホールで見た。トリオでの公演は1996年に行われたトリオ・ツアー<1996>以来で、日本では16年ぶりになるという。今回のメンバーは2011年のヨーロッパ・ツアーで大好評を博した顔触れと同じで、盟友ジャケス・モレレンバウム(チェロ)と、ジュディ・カン(ヴァイオリン)を迎えている。

◆坂本龍一、Ryuichi Sakamoto | Trio Tour 2012 Japan & Korea~拡大画像~

モレレンバウムとカンの登場に続き、坂本龍一がステージに現れ、それぞれのポジションにつく2人に近寄って声を掛けてから、ピアノの前に座る。そして軽く右手を挙げて指揮をすると、3人が同時に曲を奏で始めた。

オープニングは坂本とメディア・クリエイターの平野友康が立ち上げた東日本大震災支援プロジェクト“kizunaworld.org”から発表された「Kizunaworld」から。シンプルなピンスポットが譜面を、街灯を思わせる照明が演奏者を静かに照らし、観客の1人1人の心を包み込むかのようにどこまでもソフトに優しく演奏される。演奏後、坂本が「311の後に、初めて作った曲です。寄付を集めるwebサイトをまだしつこくやっていますので、ぜひ立ち寄ってください。世界中のいろんなアーティストに協力してもらい、作品を提供してもらっています」と説明。続くエンニオ・モリコーネの「1900」では、チェロのピチカートとピアノから始まり、伸びやかなヴァイオリンと共にクラシカルな音が奏でられる。前半は伸びやかなヴァイオリンに彩られるように明るさを感じさせるが、やがてステージの天井が赤く染まりながら、物悲しく終わっていく。

全てにおいて洗練されたステージに、開演早々咳ひとつもできないような空気が張りつめていたが、坂本がこの曲が使われた映画であるベルトルッチ監督の話をしつつ、「今日、珍しく飄々と話していますけど、どうしたんでしょう、私(笑)」と話すと、静寂さと緊張感が漂っていた会場が、次第に弛緩しはじめた。

最新作『THREE』の1曲目である「Happy End」では、儚げな旋律に場内の空気が染まるかのように舞台が青で一色に。「Bibo no Aozora」では天井から8本の赤いピンスポットが射し込み、ピアノが主旋律を奏でるなか、中盤からチェロとヴァイオリンの演奏が自在に交錯。次にチェロが主旋律を奏で、最後には収束していった。「A Flower is not a Flower」を演奏する前に「やっているうちにオリジナルとは違うものになってしまっている。飽きやすい性格なので」と、教授は話すが、会場の空気も音が揺らし、観客の感情も音で染めていくような、アンプラグドでのミニマムな芸術性の高いアンサンブルで、しかも即興があるからこそ豊潤な一音一音の響きにも魅せられてしまうのだ。

続く「Tango」は暖色系のライトの下、陰影に富むメロディが心地よい一方で、坂本はピアノの弦の部分を擦ったり、モレレンバウムも効果音のように緻密なサウンドを響かせ、ヴィブラートを効かせるカンと共に限りなく繊細な音を追求していく。観客がそれぞれの音を耳でつかまえるかのような楽しさも感じさせつつから、最後はサビに戻り、緩和された。

ピアノソロ「Castalia」を演奏し終えると、「今のは何に入ってたのかな? 『ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー』(YMO 1979年)ですかね。知ってる人?」と客席に声を掛け、「人に訊かないと、自分で憶えられないみたい」と、笑いを誘う。続く「Shizen no Koe」は、まるで倉庫にいるような、ステージ裏まで見えるような照明の中で展開。中盤で、音の合わせ方で長調にも短調にも変わっていく流れが美しく、そのまままろやかに音が止まった。「Still Life in A」に続いては、ピアノとヴァイオリンだけで「Nostalgia」。2人の呼吸ですら音楽になるごく繊細な音の交わりが、音楽へと連なっていく。

ラスト3曲は「Merry Christmas Mr. Lawrence」「The Last Emperor」「1919」。特に「Merry Christmas Mr. Lawrence」では、ピアノ、チェロ、そしてヴァイオリンのスタッカートがリズミカルに重なり、その昂揚からヴァイオリンのソロが思い切り羽ばたくあたりでは、坂本が演奏しながら指揮者の如く力強く腕を振り、一気に会場の温度が上がっていった。

メンバー紹介で語っていたが、ジュディ・カンはYouTubeを使ったオーディションで3次選考の3人まで残り、最後は坂本本人と実演し、総合的に選ばれたという。クラシック出身ながら、昨年はレディー・ガガのモンスター・ボール・ツアーに同行し、自ら歌うソロ・アルバムまで発表しているユニークなミュージシャンである。このトリオに新風を吹き込むのに最適な女性だった。

ジャケス・モレレンバウムについては、「14回目の来日で、ジャケス桜木という名前がつきまして。モレレンバウムはドイツ語で“桜木”ということ。本人も何で今まで考えなかったんだろうという(笑)」と説明。この頃には、すっかり会場もリラックスしていた。

アンコールは、来年から始まるNHK大河ドラマ『八重の桜』のために書き下ろした「Yae no Sakura」と、坂本が主人公の八重のために自主的に書いたものの、予想していたのとは違うシーンに使われていたという「Theme for Yae」。前者では弦のダイナミズムを活かした演奏が展開され、照明も赤と黄緑のピンスポットから最後にはステージの後ろが真紅に彩られる鮮やかさ。後者は3人揃ってビートの刻みからはじまり、照明が素早く動き回る中、チェロの前衛的な即興演奏にピアノが音を崩しながら合流し、コンサート前半の演奏とは対極を行くようなアヴァンギャルドな展開に。一気に興奮の坩堝へと化していった。ちなみに私が座っていたすぐ横の並びには、大河ドラマの主演である綾瀬はるかが座っていた。

2度目のアンコールでは、早速客席から「桜木さ~ん」と、声が飛び、誰もが爆笑。その流れで教授が、「チェロでインプロヴィゼイションできる人は世界にそんなにいないはず。NYでカエターノ・ヴェローゾのコンサートを観た時に、桜木さんにぶっとんで、すぐにカエターノに紹介してってお願いして、それ以来一緒にやっています」と説明を加えた。ここからさらに2曲演奏し、2時間に及ぶ珠玉の時間を堪能。年末にふさわしい、坂本龍一ならではのゴージャズな音楽空間をたっぷりと体感することができた。

取材・文●伊藤なつみ
撮影●田島一成

Ryuichi Sakamoto | Trio Tour 2012 Japan & Korea
Akasaka Act Theater December 19 , 2012
01: Kizunaworld
02: 1900
03: Happy End
04: Bibo no Aozora - Instrumental
05: A Flower is not a Flower
06: Tango
07: Castalia
08: Shizen no Koe
09: Still Life in A
10: Nostalgia (Piano + Violin)
11: Merry Christmas Mr. Lawrence
12: The Last Emperor
13: 1919
---encore---
14: Yae no Sakura
15: Theme for Yae
16: Rain
17: Parolibre

◆坂本龍一 オフィシャルサイト
◆commmons
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