【インタビュー】葉加瀬太郎、新作・旅・作曲・コンサートに込める思いをすべて語るスペシャル・イシュー

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■アルバム一枚で何かを物語るというのが必要だと思ってる
■前作がベスト盤だったからその欲求は今作では余計に強かった

――シンプルなほうが伝わりますよね。

葉加瀬:うん。そのはずです。持論のように思っているんですが、世の中で一番美しいメロディは音階だから。起承転結すべてがあるのはドレミファソラシド・ドシラソファミレドですからね。これ以上美しいメロディはない。昇って降りるんだから(笑)。それをいつも思いながら。ドで始まってドで終わるんだから、その中でどういう風に物語を作るのかというのがメロディでしょ? せいぜい2オクターブくらいのパズルを作曲家の人は200年かけてやっているわけですよ。それは大変面白いこと。歌詞があれば音楽はもっともっとラクになるんです。歌詞からのメロディが出せるから。たぶん歌の曲を作っている人よりは、僕のほうがたくさん曲を書かなきゃならない。捨てなきゃいけないものがあるから。歌があったらもっとラクに書けると思う。でも、残したい曲を書くには歌詞があっても大変だと思うけど。僕はできるだけ賞味期限の長い曲を描きたいんですよ。その場限りのメロディっていうのはあまり興味がない。


▲『WITH ONE WISH』限定盤
――アルバム自体の起承転結があって、言葉がないのにストーリーをきっちり感じますよね。一枚の作品としてすごくまとまっている。今では一曲ずつ音楽が買える時代になりましたが、こういう作品は、その流れとは反してますね。

葉加瀬:うん、反してる。でも僕のファンの方はiTunesなんかでも買ってくれるお客さんはたくさんいますが、アルバムを通して生活のBGMとして使ってもらったりしていると思うので、アルバム一枚で何かを物語るというのが必要なことだと思っています。特に前作がベスト盤だったから、その欲求は今作では余計に強かったと思いますね。何か一つで何かを物語るというのは。

――葉加瀬さんは2002年からご自身のレーベル「HATS」も立ち上げていらっしゃいますよね。現在、音楽業界不況が叫ばれています。アーティスト自らレーベルを立ち上げている方も増えました。葉加瀬さんは早い段階からレーベルを設立されていましたね。

葉加瀬:アーティストがレーベルを立ち上げるというのは、クラブムーヴメントとか渋谷系のロックな奴らが先駆けだったと思います。僕らがレーベルを立ち上げたのは第二期くらいだと思うんですね。当時僕はクライズラー&カンパニーをやって、その後、ソロでもソニーに所属していましたから。でも、そのソニーと契約が切れたあと、メジャーなカンパニーからたくさんお誘いだいたんですけど、これからの時代、どうなんだろうと思ったんですよ。メジャーのレコード会社の場合、一人の売れるアーティストに制作費や宣伝費を4億ぶちこんで、5億回収するっていう世界ですよね? 僕らの場合はそういうマーケットじゃないんですよね。そういう時代に、逆にクラブシーンでインディーズ活動している人たちがやっていた、東京でリリースし、ロンドンでリリースし、ニューヨークに飛び火するっていうやり方のほうが分かりやすかったんですよ。それでHATSを立ち上げて、インストゥルメンタルを中心に、僕の音楽から派生するようなものが束になればいいなと思って、仲間に声をかけたんです。西村由紀江ちゃんも柏木広樹くんも古澤巌さんも、本当に僕らが子供のときから知っている仲間で頑張ろうよって。そういうムーヴメントを起こしたかった。


▲『WITH ONE WISH』通常盤
――何かモデルとなったレーベルがあったんですか?

葉加瀬:お手本にしたのはECMとかウィンダムヒル。ECMとかウィンダムヒルは、レーベルの名前を聞いただけで音が聴こえてくるような感じがする。既存のメジャーレコード会社の名前からは音楽は聴こえてこないじゃない? HATSもそういう風にしたかったんですよね。それが10年経って、大きく前に進んでいるからすごく嬉しいことです。パッケージを手に取っただけで聴こえてくる音があれば買いやすいし、みんな安心するでしょ? やっている方もそこに一つの軸ができる。音楽家はどんどん前に進んで行って、いろんなことをやっていかなきゃならないけど、でも、やっぱりブレちゃいけないってところがあると思うから。サウンドとかやりたい音楽とかはどんどん変わっていっても精神は変わらない……みたいな。そこだけを守りたかったし。特に僕が始めた頃っていうのは、ポップスの業界自体、低年齢層にアピールするものが多かったんです。今もそうでしょうけど、それがメインになっていたから。作り手が聴きたいものではないものを作っていた時代がずいぶん長い。それは一番不健康なこと。もちろん、ティーン用の音楽も必要だけど、作った本人がスタジオからの帰りに自分の車の中で聴きたいかって話じゃない?

――確かに。

葉加瀬:音楽を仕事だって割り切ると、音楽に対する愛が薄まりますよね。僕はそこはすごく危険なことだと思っていて。作り手はいつも自分自身の音楽的欲求とか芸術的欲求を満足させないと前がない。最終的に音楽ってやつは、職人だから仕事と割り切ってやって行けるって話にはならないから。だから、HATSっていうレーベルは、アーティストが好きなものを作っていける環境っていうことを謳った。

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