オーストラリアの人気アーティスト、リッキー・リー。日本デビューアルバム『リッキー・リー(原題:FEAR & FREEDOM)』も発売となり、その迫力あるヴォーカル、抜群なスタイル、そして切れ味鋭いダンスで、日本でも大ブレイクが期待される女性アーティストだ。そのリッキーが来日してパフォーマンスとトークを披露。会場に詰めかけた約300人のファンを熱狂の渦に巻き込んだ。BARKSでは、ステージを終えたリッキーに肉薄。彼女の魅力の秘密や音楽にかける思いを聞いた。

■日本のファンがラウドに騒いでくれたりして
■私にとってはいい意味でショックだったわ

──日本初ステージは、オープニングナンバーからファンとタッチを交わすエキサイティングでフレンドリーなものとなりましたが、まずはライヴの感想は?

リッキー・リー(以下、リッキー):忘れられない1日になったわ。ステージに上がるまでは、日本のオーディエンスはとても礼儀正しくて静かだと聞いていたので、きっとそんなに盛り上がらないんだろうと思っていたの。でも実際は、みんなラウドに騒いでくれたり、ハンドクラップしてくれたりして、私にとってはいい意味でショックだったわ。本当に素晴らしくて、すっかり満喫しちゃった(笑)。

──ライヴに来ていたお客さんは、男女の割合が半々くらいで年齢層も幅広いものでした。それは地元オーストラリアでも変わらず?

リッキー:同じような感じね、性別問わずとても幅広い層の人たちがライヴに来てくれる。私の曲はキャッチーなものが多いから、キッズも聴けると思うの。だから家族連れで観に来てくれたり。幅広い人たちに支持されるというのはとてもうれしいし、ラッキーなことだと思うわ。

──15歳の頃より歌を始めたというリッキーは、高校に通いながらナイトクラブやバーに出演していたそうですが、当時はどのような曲を歌っていましたか?

リッキー:その頃は、いろんなカバー曲を歌ってたわ。テンプテーションズやフォートップスのようなモーターウンものから、アラニス・モリセットみたいなロックもの、ボーイズIIメンのようなR&B、ポップ・ミュージックもいっぱい歌ってきた。パフォーマンスする場所によって変えてね。たとえば結婚式とナイトクラブでは、当然歌う曲が異なるでしょ。パブでは少しロック寄りな曲だったし、あと日曜日にはセッションをやっていたんだけど、そこではアコースティックやジャズ、ブルースなど、オーディエンスが求めるものを歌っていたわ。

──リッキーはヴォーカリストであり、自身が作詞作曲を手掛けるソングライターであり、パフォーマーでもあるわけですが、それぞれ影響を受けたアーティストを挙げるとすれば?

リッキー:ボーカリストはホイットニー・ヒューストンね。今までのシンガーの中で最も素敵、特に声が素晴らしい。彼女の曲を聴いては何度も何度も巻き戻して、どの音も歌えるように練習したくらい好きだったから。ソングライターとパフォーマーという意味では、マイケル・ジャクソンね。特にクインシー・ジョーンズと一緒に作った曲は、時代を超えて今も新鮮に聴くことができる先鋭的なものだと思うの。それに、マイケル・ジャクソンのようにパフォーマンスする人を、いまだかつて見たことがないし。

──アメリカの人気番組『アメリカン・アイドル』のオーストラリア版『オーストラリアン・アイドル』出演をきっかけに、一躍脚光を浴びた後、2010年当時は音楽を休んでラジオのパーソナリティなどの活動をしていたとのことですが、再び音楽制作に取り組もうと思った原動力や、充電期間中にみつけた方向性は?

リッキー:あの頃は疲れていたの。もの凄い忙しく仕事をしていたので、自分がやっていることをあまり楽しめなくなってしまった。だから、人生を見つめるためのブレイクが必要だったんだと思う。1年のオフの間は、ラジオ番組に出たりして、音楽活動や制作から離れていたの。それによって、いろんな角度から物事が見られるようになったし、混乱から抜け出すことができた。そういう経験を経たことで、すごくインスピレーションを得られるようにもなったの。1年後には“パフォーマンスしたい”“レコーディングしたい”という気持ちにもなれたし。この時期がなければ『リッキー・リー(原題:Fear & Freedom)』の曲は書けなかったと思うわ。

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