2012年10月にリリースしたカバーアルバム『COVER 70's』が現在でもロングヒットを続ける中、いよいよオリジナルフルアルバム『あなたと見た夢 君のいない朝』が完成。飾らない本音が描かれた本作は、今まで以上に女性が「うんうん、そうだよ」と共感するであろう楽曲が目白押し。現在過去未来、いろんな時間軸で思いを馳せてしまうような、心に染みる言葉とメロディにプレイするたびに深くまで入り込んでしまう会心の作だ。

◆柴田淳『あなたと見た夢 君のいない朝』~拡大画像~

■『COVER 70's』が好評でお祭り気分になっちゃって
■そこからこのアルバムの制作に入ったのはすごくキツかった


▲『あなたと見た夢 君のいない朝』初回盤
――『あなたと見た夢 君のいない朝』というタイトルを見ただけでもイメージが広がりますね。

柴田淳(以下、柴田):「あなたと見た夢」というのが女性目線で、「君のいない朝」というのが男性目線なんですよ。「見た夢」も「君のいない朝」も名詞扱いも出来るし、ずっといないわけではなく、帰ってくるのかもしれない。今のことを言っているわけでもないかもしれないし、どうにでも受け取れて、何の縛りもない言葉なんですよ。文章なのかなんなのかよくわからないような、想像が膨らむ、「このアルバムにはどういう曲が入ってるんだろう?って思わせられるようなタイトルということで、アルバムを全部作ったあとで自分で考えました。

――カバーアルバム『COVER 70's』が完成したあと、すぐに新作のことを考えなければならないっておっしゃってましたけど、あのあとすぐに作業開始ですか?

柴田:はい。『COVER 70's』が世間的に評判が良かったんですよね。キャンペーンが終わったのにラジオで流れる経験がなかったし、今までそういうウケ方をしたことがなかったので、受け入れられるってこういうことなんだって感じたんです。そうしたらお祭り気分になってきちゃって(笑)。Twitterとかでも批判がないんですよ。私のことをフォローしていない人たちも、私がいないところで褒めてくれていたりして。そういう噂が検索で引っかかると。嬉しくて勝手にリツイートしちゃったりしてたんです(笑)。

――それはリツイートしますよね。

柴田:そういう嬉しい現象がずっと止まらなくて。“これは本当に気に入ってくれてるんだ”って。コアなファンの方々は、もう身内みたいなものなので、私の事を十分すぎるくらい理解してくださっていましたし、他の有名なミュージシャンの曲を聴いてた人も感動してくれていたことがとにかく嬉しかったんです。今までの11年間、いい加減にやらずに、一歩一歩、丁寧に積み上げてきたつもりなので、そこには誇りを持ってたんですよ。でも、そんなに名前を知られていないというところで、それが本当の自信になってなかった。でも、ほんのちょっとでもきっかけで、11年間が土台となって、一気に地に足がついたのかなって。今までの自分でいいんだって、ファイナライズされたような感じ。自分が思っている以上にそれが嬉しくて、自分が思っている以上に自信になって余裕が生まれたんです。でも、そうやってお祭り気分になっちゃったところから、このアルバムの制作に入らなきゃいけなかったのはすごくキツくて。


▲『あなたと見た夢 君のいない朝』通常盤
――キツかった?

柴田:まず、みんなが『COVER 70's』を聴いて、私のほうに向いてくれているときに、新しいものを作るのは本末転倒なんじゃないかなって思ったんです。もうちょっとキャンペーンをやって、『COVER 70's』を自分で紹介したいなと思いましたし。でも、今、『あなたと見た夢 君のいない朝』という良い作品ができてホッとしてるんです。間違いではなかったなって。注目されているうちに、こんなオリジナルを披露することが出来たわけだから。私はシンガーソングライターである前に歌手であるわけなんですが、『COVER 70's』が認められたのは、歌手という部分で認められたということなんですよね。だから、『あなたと見た夢 君のいない朝』を作るときは、歌手としては認められたけど、シンガーソングライターとしてはどうなんだっていうプレッシャーで押しつぶされる予定だったんです。でも、作り始めてみたら、今までとは全然違ってたんですよ。

――どう違ってたんですか?

柴田:『COVER 70's』を作ったことによって、今まで、どういうスタンスで世の中と向き合ってたのかということがまったく思い出せなくなって。自分自身さえもどういう人だったのかわからなくなってしまったんです。今まではコアなファンと一緒に、内輪で音楽をやっているようなイメージだったので、世間から離れた場所で活動をしてるような感覚だったんです。でも、『COVER 70's』の反応が良かったから、また改めて自分を知ってもらわなきゃとか、新人のような気持ちになっちゃったんですよね。だから曲の作り方も変わっちゃった。毎回、“曲ってどうやって作るんだっけ?”って言ってたけど、そういう次元じゃなく、自分がどういう人間なのかというところから始まった感じがしました。あとは、前回のオリジナルアルバムから今までの間に、プライベートでもいろんな経験をしたものが溜まりに溜まっていたので。それをとにかく出した。その出し方は変わったような気がしますね。

――具体的には?

柴田:たとえば、今までは好きな人が近くにいたりすると、あまりにもリアルすぎて何か言われるんじゃないかとか、気にしてたんです。直球で書いているようで、グニャっとカモフラージュしちゃうというか。ここ何年も毒がなくなってきたと感じていたのはそこだったのかなって。でも、今はそのような人が近くにいないので(笑)、誰にも気兼ねせずに書けるっていう環境だったんですよね。どう思われてもかまわないからって書いたとき、その快感とか感覚を得たときに、デビュー当時はこういう感覚でいつもやってたのにご無沙汰だったなぁと。

――思い出しちゃったわけですね(笑)。

柴田:そう。デビュー当時は、聴いたら気まずくなるとか、聴いた人が触れられたくないところまで書いちゃってたんです。人って誰にでも隠したい部分とか、見なかったことにしたい部分とかがあるじゃないですか。そういうことを書くことで毒があるとか言われてたし、なんでもいいからその人がウッとなって、振り返りたくなるような歌を書けたら快感だし、嬉しかったんです。それを手応えにしていたんですけど、その気持ちがどんどんなくなってったんだなって。

◆インタビュー続きへ