【連載】Large House Satisfactionコラム番外編『新・大岡越前』第一章「ゴローさん」

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最近、大人ってなんだろう、と思うことがある。


財力や権力、地位があることか。

勿論それも重要なことだとは思うが、

やっぱり他の人々に対しての思いやりがあることだよね。



そこで俺が行き着いたのはこの人。

▲絵:小林賢司
南町奉行・大岡越前守忠相である。



幼少の頃、俺は祖父の膝の上でTVドラマ大岡越前を毎週観ていた。

幼い俺はまだ大岡忠相という男の凄さをまったく理解していなかった。

ただ、なんだか優しそうな人だなあ。と思ったことは憶えている。



高校を卒業し無職になった俺は、毎日毎日しこたま低級酒を飲んでは二日酔い、飲んでは二日酔いを繰り返し、創作的なことは何もせず、ただただ無為に日々を送るクソ野郎に成り下がっていた。



しかしある日。

午後にやっていた大岡越前の再放送を観た俺は、いつしか滂沱たる涙を流していた。



俺は今までなんとカスのような毎日を送っていたのだろう。

なんと馬鹿な猿だったのだろう。

もっと、他人のためになるような立派な人間に、大人にならなければならない。



そう思った俺はギターを手に取り、勢いのまま曲をかいた。

のちに「MONKEY」と呼ばれる曲である。




そんな俺にとっての理想の大人、

大岡越前。



俺は彼の話をいつか文章にして、みんなに読んでもらいたいと思っていたのだ。

もっと、みんなに彼のことを知って欲しい。


今から読んでいただくのはそんな想いが詰まった、

連続パロディ小説、新・大岡越前である。


ちなみに、さっきのMONKEYのくだりはウソです。

前置きが長くなりましたが、どうぞお読みください。





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連続パロディ小説
【新・大岡越前】

第一章「ゴローさん」







時は享保三年、梅雨の終わりの頃。

西暦でいうと1718年、梅雨の終わりの頃。



連日の雨はあがったが、灰色の雲が空を覆うどんよりとした日のことであった。


役宅の自室で五寸ほどもある愛用の大毛抜きを丹念に磨いていた忠相は、突然聞こえてきた蝉の鳴く声にふと磨く手をとめ、耳をかたむけた。




南町奉行・大岡越前守忠相として多忙な日々を送っているが、

この巨大な銀製の毛抜きの手入れは怠ったことがない。


忠相は小学二年生くらいから身体中の毛という毛がぞろぞろ生え揃ってきてしまい、飯蔵ちゃんという嫌味な同級生によく「毛沢山」などとからかわれては夜な夜な枕を濡らしていた。


耐えかねた忠相は町の雑貨屋さんで毛抜きをかっぱらい、算数の授業中であろうと体育のマラソン中であろうとこれを肌身離さず持ちつづけ、身体中の毛という毛をぷちぷち抜き続けるという異常な行為に奔り、これが両親の知るところになり、忠相はこっぴどく怒られ毛抜きを取り上げられてしまった。

爾来、毛抜きと名のつくものから遠ざけられた忠相は、算数の授業中であろうと体育のマラソン中であろうと素手でぶちぶちとすね毛や腕毛を抜き続けるという異常な行為に奔り、ついにはそれに快感を見出し、「おうっ。おうっ」と声をあげながら恍惚とした表情で毛を抜き続ける姿が両親の知るところになり、頭を悩ませた父・大岡美濃守忠高はこのまま息子を毛抜き狂いにさせてはならぬ、と仕方なく忠相に毛抜きを買い与え、その代わりに抜くのは家にいるときだけにしてくれ、と懇願したのであった。


しかし多毛剛毛の忠相の毛は汎用の毛抜きでは最早歯が立たなくなっており、これまた仕方なく城下随一の鋳物師に特注で巨大で強靱な毛抜きを造らせた。



これを手に入れた忠相は狂喜乱舞して家にいるときは食事中であろうと入浴中であろうとぷちぷちと身体中の毛を抜きまくるようになり、外出先や学校では抜かなくなったものの、結局毛抜き狂いとなってしまった。


しかし時が経つにつれその多毛剛毛も似合う年になってくると徐々にその毛抜き狂いは鳴りを潜めていった。


そして幼い頃の名残か、奉行となった忠相は裁判中、この毛抜きでぷちぷちあご髭を抜くことによって断続的に小さな痛みを味わい神経を鋭くたもつ、みたいなことをしながら、

誤審をしないよう気をつけているのである。






「むう…」


忠相は瞑目し、磨きたての大毛抜きであご髭を抜きながら、

昨日持ちかけられた相談事について沈思しはじめた。





※※



昨日は弱い雨が降っており、空は暗く、なんとも鬱々とした日であった。



どたどたどたどたどたどたどたっ。

詰所の廊下を走る音が響く。


「大岡様!」


部下のヨッチャンである。


本名を石井ヨン太郎といい、年の頃は二十六、焼きそばが好きな好青年である。



「む、ヨッチャンか。どうした」


近々の裁判に関する報告書を丹念に読んでいた忠相は顔をあげた。


「泥鰌屋の大旦那さんが相談ごとがあるとかで、なんか来てます」


「チッ。またか。面倒だな」


「そう言わずにどうか」


「またゴローさん状態なの?」


「はい。しかもかつてないくらいのゴローさんです」


「大体ゴローって誰だっつーの。もう今日俺居ないって言ってよ」


「いやもう居るって言っちゃいました」


「マジで?はあ。オーケーオーケー。わかりましたよ行きますよ」


「ご苦労様です」



忠相はよっこらせ、と言って立ち上がった。






泥鰌屋掬衛門は城下随一の豪商であり、極度の吝嗇家でその吝嗇さによって築いた財力は幕府も恐れるほどで、その名のごとくドジョウ掬いの似合いそうな風貌をしていた。


極度の吝嗇家であり極度の心配性の掬衛門は、不安なことがあるとよく忠相のもとに相談しにくるのである。

大したことでもないことを大袈裟にとらえてすぐ狼狽える、なんとも情けないおっさんであった。




先日なども、泥鰌屋の店先でゴロツキ同士のちょっとした取っ組み合いがあったとき、

掬衛門は「ゴローさーん!!」と叫びながら真っ先に逃げだすと奉行所に飛び込んだ。




掬衛門はテンパると何故か、

「ゴローさーん!!」

と叫ぶ癖があった。


ゴローさんとは一体誰なのか、掬衛門の家族でさえ知らないのである。

前世の記憶か来世の予知か、それは誰も知るよしはない。






「ゴローさーん!!ゴローさーん!!」


と取り乱し、終始ゴローさーん!!しか言わないので忠相が、


「え?なに?なんだっつーのよ…」


と困惑していると、こんだ眼に涙をためて、


「おっしまいだぁ…今日で泥鰌屋はおっしまいだぁ…」


とか終末的なことを言うので、事態が全然把握できない忠相はとりあえず、配下の筋骨隆々でキレやすく武芸に秀でた同心・ウチダさんと、酒を飲むと滑舌が良くなるけど馬鹿なことしか言わないグッさんの二人を泥鰌屋へ急行させた。



しかし、件の取っ組み合いはすでに終息しており、町ゆく人々も泥鰌屋の従業員たちも平静とした顔で歩いたり喋ったりしてるので、えー?どゆこと?と二人で顔を見合わせ、ま、ちょっと何があったか訊いてみる?なんつって店先を掃いていた丁稚になんかあったの?と訊いてみたが、

「は?なんか暴力の得意そうなおっさんが二人で喧嘩みたいなことをしてただけっすよ。別に大したことじゃないっすよ」

となんか小憎らしい感じで言われたので、ウチダさんはちょっとムカついて、

「てめー!なんだその態度わー!」

と叫んで丁稚の服の襟を掴もうとしたところ、グッさんにまあまあと宥められ、

「フゥゥー…フゥゥー…だってさー、フゥゥー…ムカつくでしょー。あんな餓鬼によー。オレぶっ殺しますよー」

と鼻息荒く愚痴りながら奉行所に帰ってきただけであった。






忠相は、ゴローさぁあん…ゴローさぁあん…と嘆く掬衛門をまあまあと宥めつつ奉行所で待っていると、二人が帰ってきたので、

「お。どうだった?なんだったの?」

と訊いたが依然ウチダさんは荒ぶっており、

「いやホントもうどうもこうもないすよ!すげームカつく餓鬼にオレ、ムカつく感じで言われたんすよ。オレぶっ殺しますよー。あー。だめだ。やっぱりちょっと戻って殴ってきます」

そう言うと浅黒い丸太のような腕をぶんぶん回しながら奉行所から出て行ってしまった。


忠相は慌ててグッさんに連れ戻すようにいって、はぁ。と溜息をついた。





結局、二人は陽が暮れても戻ってこず、さては、と思った忠相は、不安がる掬衛門をなんとか宥めすかし泥鰌屋へ送りがてら、あの二人がよく連れだっていく飲み屋を覗いてみた。



するとベロベロになったグッさんがオフコースの「さよなら」をアカペラで絶唱している横で、

ウチダさんがハイボールを飲みながら肉うどんとプロテインを食べているのを発見した。



忠相は、

「なんだよー!!もぉおお!!」

と叫んで腰の大刀を引き抜くと飲み屋の入り口を蹴破って侵入、ウチダさんが、

「あっ。大岡さまっ」

と肉うどんを食べる手をとめて驚愕したところを袈裟掛けにバッサリ行きたいところを堪えて忠相は、肉うどんの入った丼を真っ二つに斬り割った。


太ももに熱い肉うどんの汁がかかったウチダさんは、

「おほほほほほほほほほほ」

と泣き笑いの顔で上り框から地面へ転げ落ちた。


そしてそれに気づかずまだオフコースを歌っているグッさんの眼鏡に、忠相はグーパンチを叩き込んだ。


グッさんは、

「オッ」

と呻いて鼻血を吹き出し、もんどりをうって倒れた。



忠相は荒い息で肩を上下させながら、痛みと火傷にひーひー言っている部下の二人を見下ろして、


「ゴローさーん!!」


と叫び、ウチダさんの飲んでいたハイボールをぐいっと飲み干すと、夜の街に走り去っていった。




泥鰌屋掬衛門の相談ごとに関わると、よくこういったドタバタなことが起きるので、

忠相は出来れば聞きたくないのである。






※※※



「ゴ、ゴローさーん!!ゴローさんゴローさんゴローさんゴローさん。ゴローさーん!!」


掬衛門は大柄な身体をふるふるさせ、口角泡を飛ばしながら忠相にしがみついた。


「おいっ。落ち着け。はやかわ、じゃなくて掬衛門」


忠相は禿げ上がった掬衛門の頭を引っ叩いた。


「ああっ。ゴローさあぁん…ゴローさあぁん…どうしたらいいのぉ…ゴローさあぁん…」


引っ叩かれて少し冷静になったのか、ようやくゴローさん以外の言葉も喋りはじめた。


「ゴローさん…娘のゴローさんが大変なゴローさんになってしまって…」


「えっ?な、なに?」


「ゴ、ゴローさん。ゴローさんの帰り道で、ゴローさんが連日のこのゴローさんでゴローさんになったゴローさんに足を滑らせてゴローさんですよ…!」


「は?」


「そしたらそれを三人のゴローさんが見ていて、それぞれ得意のゴローさんでゴローさんを救ってくだすったんです!こんな奇特なゴローさん、今時いますかねえ!?」


「ちょっと待って」


「ゴローさんですか?まあそれでゴローさんは、ゴローさんを三人のゴローさんのうちの一人のゴローさんに、ゴローさんにやろうと思ったんです」


「ちょっと待てって」


「え?もうお察しでしょ?ゴローさんですよ。それでどのゴローさんがいいか、悩んで悩んで、全然良いゴローさんが出てこない。そこでゴローさんは名ゴローさんであるゴローさんに相談しに来たわけなんです…。どうしたらいいのぉ…もうゴローさんには全然わからないんですよ!」


「俺も全然わからないです」


「そんな!どうかお願いいたします!名ゴローさんであるゴローさん!なにかゴローさんはありませんかぁ!?」





忠相は、はあ。と溜息をついて、また厄介なことに関わったかもしんないなー。と思った。





続く。

◆【連載】Large House Satisfactionコラム「夢の中で絶望の淵」チャンネル

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