ユーライア・ヒープの『ライヴ・イン・カワサキ2010』は2010年10月24日、川崎クラブチッタでのステージを2枚組CDに完全収録したライヴ・アルバムだ。本作は約19年ぶり3度目となる日本公演を収めたドキュメントであるのと同時に、長年バンドを支えてきたベーシストであり1970年代前半にはデヴィッド・ボウイ率いるスパイダーズ・フロム・マーズの一員でもあった、トレヴァー・ボルダーの最後の来日ステージを収録している。

◆『ライヴ・イン・カワサキ2010』試聴映像

これまで彼らが日本を訪れたのは1973年/1991年/2010年の3回。ギタリストのミック・ボックスは「このペースだと、次回は2030年か…」と苦笑する。だが、「日本のファンは、20年間待ちわびた想いを全身から発散している」と語るなど、その印象は良好なもののようだ。特に1973年の初来日公演は、今でも忘れられない出来事だそうだ。

「日本のファンはクレイジーだった。日本武道館でやったとき、最前列のファンと握手したらそのまま引っ張られて、観衆の中でもみくちゃになったんだ。そのときスエードのパンツを穿いていたんだけど、ステージ上に戻ったときには6インチぐらい伸びてしまって、ラッパズボンになっていたよ。ステージを下りても、東京の街中に出ると数千人のファンが追い回してきたり、ファンタジー物語の出来事のようだった」


『ライヴ・イン・カワサキ2010』では、1972年の名盤『悪魔と魔法使い』が完全再現されている。この趣向は2010年、アメリカのミルウォーキー2公演と、川崎2デイズの2日目でしか実現しておらず、本作は歴史的にも貴重な作品である。ミックは『悪魔と魔法使い』について、こう語る。

「前作『対自核』(1971年)でハードでメロディアスなロック・バンドとしてのアイデンティティを確立したんだ。全員がすごく前向きで、音楽面でも充実した時期だった。曲作りに集中することが出来たし、ノンストップでアイディアが湧いて出た。ツアー先のホテルでも、自宅でも、スタジオでも曲を書いたんだ。レコーディング自体は比較的楽だった」

「『悪魔と魔法使い』は音楽と歌詞とジャケットが一体化して、イマジネーションをかき立てたアルバムだった。魔術や神秘主義を歌詞に取り入れた、最初のアルバムだった。そして、このアルバムによって、ユーライア・ヒープは世界的に知られるようになったんだ」

2010年の来日公演では、アルバムのサウンドを再現するにあたって、元ホワイトスネイクのミッキー・ムーディーがゲスト参加している。

「スライド・ギターのパートがあるんで、ミッキーに参加してもらった。彼とは長い付き合いなんだ。1960年代後半、彼がホワイトスネイクに加入する前、トラムラインにいた頃に知り合ったんだよ。私はユーライア・ヒープの前身バンド、スパイスでやっていた。彼のスライドが加わったことで、『悪魔と魔法使い』のサウンドに新しい厚みが生まれたね」

日本公演を経て、ユーライア・ヒープは世界をツアーし続けるが、彼らを悲劇が襲うことになった。1976年以来、35年以上にわたってバンドに在籍してきたベーシスト、トレヴァー・ボルダーが2013年5月21日に亡くなったのだ。死因は膵臓癌で、62歳だった。

「ショックだった」と、沈んだ口調になるミックに、トレヴァーとの出会いについて語ってもらった。

「トレヴァーと初めて会ったのは1976年、彼がオーディションに来たときだった。私たちはジョン・ウェットンの後任ベーシストを探していたんだ。当時デヴィッド・ボウイは大人気だったし、ラジオでいつも流れていた。だからボウイのバックで演奏していたトレヴァーのベースも、耳にしてきたんだ」

「オーディションの課題曲は「七月の朝」だったけど、彼の家のレコードプレイヤーの回転がおかしかったらしく、異なったキーで練習してきたんだ。でも彼はその場で対応して、きちんと弾くことが出来た。弾き終えたとき、スタッフ全員で拍手をしたのを覚えているよ」

1980年、トレヴァーは一時バンドから離脱するが、3年後に復帰している。

「トレヴァーはバンドを抜けて、ウィッシュボーン・アッシュに加入していた。ユーライア・ヒープにはボブ・デイズリーが加わったけど、『ヘッド・ファースト』(1983)レコーディング後にオジー・オズボーンのバンドに行ってしまった。ツアーが始まるんで参っていたら、トレヴァーは快く戻ってきてくれたよ。それ以降も困ったとき、彼は常にそばにいてくれたんだ」

信頼できるミュージシャンであり、友人だったトレヴァーを失ったユーライア・ヒープだが、悲しみを乗り越えて前進を続けていく。

「彼が入院したとき、代役ベーシストを加えてツアーを続けた。トレヴァーがそれを望んだんだ」とミックは、まるで自分に言い聞かせるようにつぶやく。彼らは2014年1月にニュー・アルバムの制作に入る予定だ。

「トレヴァーはイングランド北部の、独特のユーモアのセンスの持ち主だった。世界のどこにいても、同じユーモアで笑わせてくれたよ。彼は私とちょうど背丈が同じぐらいだったし、誕生日も同じだった(ミックは1947年、トレヴァーは1950年6月9日生まれ)。新しいベーシストを入れることは出来ても、友達には代わりはいない。彼のことは忘れないよ」

取材・文:山崎智之

『ライヴ・イン・カワサキ2010』
[DISC 1]
1.ウェイク・ザ・スリーパー
2.オーヴァーロード
3.肉食鳥
4.略奪
5.ラヴ・イン・サイレンス
6.魔法使い
7.時間を旅する人
8.安息の日々
9.詩人の裁き
10.連帯
11.虹の悪魔
12.オール・マイ・ライフ
13.楽園 / 呪文
[DISC 2]
1.雨に寄せる抒情
2.フリーン・イージー
3.ジプシー
4.対自核
5.エンジェルス・ウォーク・ウィズ・ユー
6.シャドウ
7.七月の朝
8.黒衣の娘
9.幻想への回帰*
10.サンライズ*
*ボーナストラック:2011年3月19日 スイス・グリューシュ公演より

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