【キース・カフーン不定期連載】著作権と戸惑うパンダ

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日本人の中には、長年アジアのあらゆるポップ・カルチャーを牽引してきた日本が昨今の韓流ブームに押され気味だということに多少の憤りを覚える人もいるだろう。その反面、中国の音楽ビジネスには韓国ほどの勢いがないことは興味深い事実だ。

世界最大の人口を抱える中国だが、レコード音楽ビジネスのランキングは世界第21位にとどまっている。日本の10倍以上の人口を持つにも関わらず、中国の音楽セールスは日本の約2%程度。人口とレコード音楽のセールスの関係が必ずしも比例しないのは、人口が1000万人以下のスウェーデンが中国のセールスを上回っていることなどからもわかる。

レコード音楽で高いセールスを獲得するためには、人口の大きさだけでなく、その人口が十分に裕福で合法な販売元から購入する意志を持っていることが条件になってくる。筆者は音楽業界には暗黙のルールが存在すると思っている。先進国の企業は著作権を保護したいが、その一方で貧困にあえぐ人々が多い後進国に対しては寛大な姿勢をとっている。例えば、バングラディッシュ、パキスタンやジンバブエといった国における著作権侵害に異議を申し立てる者はいない。しかし、先進国の仲間入りを果たしたブラジル、ロシア、インド、中国(総じて略称BRIC)は著作権を尊重することが以前よりも求められている。

中国の巨大な人口、拡大し続ける中流階級と多彩な超富裕層はエンターテインメントにお金を使える中国人消費者が何億人も存在することを意味する。この事実は中国が世界有数の高級品市場へと成長したことからも顕著だ。しかしながら、20年ほど前からブルドーザーが海賊版を破壊しているイメージを使った広告キャンペーンで海賊版の取締りをアピールしているのとは裏腹に、中国の著作権侵害問題に歯止めがかかる様子はなく、これといった具体策がとられていないのが現状だ。

▲ジェイ・チョウ
ビジネス上の観点から見れば、消費者の関心を引いてオンライン広告収入を増加させるために他国のポップ・カルチャーを無断、つまり無料で利用する中国のやり方は魅力的な収益モデルである。しかし、この方法は文化的な痛みを伴う。海賊版が市場に大量に出回っている中国のような国では、音楽や映画の製作に投資する意欲をみせる人はほとんどいない。そこに経済的報酬が見込めなければ新しい何かを作り出す気にはなれないからだ。その結果、中国には文化的な空洞が生じ、中国人の若者はアメリカの映画や音楽、韓国のドラマやK-POP、日本のアニメや漫画といった海外発のポップ・カルチャーに魅力を感じる。この状況をさらに掘り下げていくと、中国で最も人気のある中華圏のポップ・スターは中国出身ではなく、台湾や香港の歌手だということがわかる。

現在、アジアで絶大的な人気を誇る中華圏の歌手は台湾のジェイ・チョウだというのは誰もが認めるところだろう。同じ台湾出身の人気女性歌手アーメイはアジア全体に何百万人というファンを持つ(中国当局は政治的な理由から2000年に彼女の音楽を禁止した)。そして、香港は“四天王”と呼ばれるアーロン・クオック、アンディ・ラウ、ジャッキー・チュン、レオン・ライの他、女性歌手の代表格フェイ・ウォンとアニタ・ムイを輩出してきた。才能のある中国出身の歌手でも“大成功”を目指して台湾や香港に拠点を移すのが一般的になっているという。長年に渡って繁栄を続けてきた香港の映画産業は世界的に高い評価を受けているが、対照的に中国は良く言えば“政治的に正しい”、悪くいえば“つまらない”映画を作ってきた。

Kung Fu Panda TM &(C)2008 DREAMWORKS ANIMATION L.L.C. ALL RIGHTS RESERVED
中国政府は自国のポップ・カルチャーの欠落を明らかに懸念している。最近開催された中国人民政治協商会議では、委員会のメンバーらが午前中を費やして韓国のテレビドラマについて協議したという。なぜ韓国は中国よりも面白い番組を作れるのか?今後どのような対策をとるべきなのか?といったことが論点になったそうだ。また、2008年公開のアメリカのアニメ映画『カンフー・パンダ』の世界的成功は中国を当惑させたと言われている。アメリカが中国的なテーマを扱って大ヒット映画を作れるのに、なぜ我々にはできないのか?という疑問がわいてきたのだ。

こういった現状を改善すべく、中国はすでに動き出している。中国では外国映画に輸入規制と検閲を行なっているが、中国と海外の合作による映画は例外となるために一種の“共同製作”ブームが起こっている。中国人がハリウッド映画に投資するのはアメリカ人の感性や物語を伝える能力に魅了されているからではない。中国映画のクオリティを向上させるノウハウを学ぶためなのだ。中国は映画『アイアンマン3』の製作費を共同出資する条件として、中国人俳優のワン・シュエチーの出演、そして撮影の一部を中国で行なうことをハリウッドに承諾させた。興行的に大成功を収めた『ミッション:インポッシブル3』と『LOOPER/ルーパー』も中国との共同製作で、中国の魅力をアピールできるシーンをいれるためにストーリーが変更されている。先月には、中国最大手の映画製作配給会社・華誼兄弟(Huayi Brothers )がアメリカの映画製作会社スタジオ8に出資する計画を発表した。

映画産業のてこ入れに力を注いでいる中国だが、未だに検閲が優れた中国映画を作る妨げになっている。中国の映画監督フォン・シャオガンと香港の俳優ジャッキー・チャンは個人的なリスクを冒しながらも、中国の検閲が映画の価値と興行成績に悪影響を及ぼすと公に抗議している。音楽に関しては、中国は洋楽人気を低下させようとしてきた他、2009年には中国企業に所属するアーティストのみに贈られる音楽賞「Jade Solid Gold Award」を創設した(当然、ソニー、ユニバーサル、ワーナーといった外資系企業のアーティストはこの賞の対象外)。しかし、結局この試みはカントポップ(広東語と西洋の ポップ・ミュージックを融合させた音楽)の普及を遅らせたばかりか、北京語で歌う中国人スター歌手の育成にも貢献できていない。

将来的に中国映画が世界進出を果たすことは可能なのだろうか?中国が国をあげてそれを目指していることは確かだ。映画ビジネスには華やかな映画製作だけでなく配給という重要な要素が関わってくる。中国の大連万達集団(Dalian Wanda Group)は2012年に5000以上のスクリーンを持つアメリカ最大手の映画館チェーンのAMCエンターテインメントを26億ドル(約2060億円)で買収した。映画産業に巨額の投資を続ける中国が著作権を守ること(少なくとも自分達の)を受け入れる日はそう遠くないのかもしれない。そして、アメリカ、ヨーロッパ、日本が中国で使われた自国の作品の著作権料を回収できる日も訪れるかもしれないが、それはまだ先のことになるだろう。中国はかなり前に“近いうちにやる”と約束した著作権法制度の改正を先送りにしても全く平気な様子なのだから。

キース・カフーン


◆【連載】キース・カフーンの「Cahoon's Comment」チャンネル
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