わざわざ言うまでもなく音楽家は耳が命である。だが、耳に致命的なダメージを与えてしまうような爆音の中で日々を過ごしているアーティストが実に多いという。ひとつはスタジオやステージなどでの大音量にさらされている現状。ここでは音量を適切に落とす耳栓の使用が望ましい。そしてもうひとつがイヤモニの爆音使用である。ここでは音量を下げる必要がある。

一度失った聴力は二度と戻らない。このままだと、耳へのダメージとともに貴重な才能を失うことにもなりかねない。ミュージシャンの耳は、誰が守るのか?誰かが守ってくれるのか?いや…残念ながら、ミュージシャン個々が自覚するしか解決の道はないという。この記事は、ひとりでも多くのミュージシャンと未来の音楽家に、耳へのケアの重要性を知ってほしいと願い、執筆するものだ。

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今では多くのアーティストが自分専用のイヤモニを耳にはめている。カスタムIEM(In-Ear Monitor)と言われるもので、その人の耳型に合わせて特注された高級イヤホンだ。そもそもは爆音にさらされていたアーティストの耳を守るために開発されたもので、最大の特徴は優れた遮音性を持っている点にあり、正しく使うことで爆音から耳を保護することができる。

ただ現実は思いもよらぬ進化と発展を見せる。どこにいてもきちんとモニター音が聞こえることから、カスタムIEMはステージパフォーマンスや演出に大きな改革を生み出す強烈な起爆剤となったのだ。据え置きのモニタースピーカーの前から一歩も動けなかったボーカリストは、カスタムIEMによって制約から解き放たれ、花道を歩きながら、宙を舞いながら、高台の上で…と、ステージセットのどこでも自由に歌えるようになった。エンターテイメントの世界は演出と仕掛けの進化が一気に加速した。

イヤモニが日本に上陸し始めたのは、ここ10年ほど前のことだが、その時には既に、イヤモニは「耳を保護するもの」ではなく「自在に動き回るための便利なモニターシステム」という認識が広まっていたという。実際のところ、イヤモニ導入のきっかけはステージの演出のためであり、難聴へのケアという意味で導入する人はほとんどいなかった。大きな会場で特別な演出を行うには確かにイヤモニは必須だ。東京ドームを空中から降りてくる演出で長渕剛もイヤモニを導入、ゆずも360度環境でパフォーマンスするきっかけでイヤモニを導入している。

しかし、イヤモニは完全な遮音を確保しておかないと、外から漏れ聞こえる音をマスキングするだけの大きな音を出すことになり、爆音から耳を守るどころか耳を爆音にさらしてしまう危険を生み出してしまう。その時点で、聴覚保護の目的は失われてしまっているのである。しかし、その危険性に警告を発する立場の人間が現場に介在しないのも、悲しいかな現実なのだ。

アーティストの聴覚を守るために世界で最初にイヤモニとしてカスタムIEMを開発、ミュージシャンに提供を始めたのはシカゴのセンサフォニクス社だった。一貫してアーティストの耳を守ることを目的としてイヤモニを開発、啓蒙を続けてきた彼らだが、当初はアクリル製シェルで制作を始めたものの、遮音性の限界に打ち当たり、まだ世に存在しないシリコンシェルの開発に着手した。1990年代のことだ。

人間の耳孔は外耳道の第2カーブの先から頭蓋骨の中に入っていく。第2カーブ手前までは皮膚だけの柔らかい組織のため、完全な遮音を生むためには、固いところ…つまり頭蓋骨と皮膚しかない第2カーブ部分で、コルクを締めるようにピッタリと栓を嵌めこむ必要がある。それによって初めて完璧な遮音が実現されるのだ。しかしながらアクリルでは痛みが大きく、実用にならない。選択肢はシリコンしかなかった。

現在は、アクリル製シェルのイヤモニも多く普及している。もちろん第2カーブ部分でのフィットではなく、その手前の部分でフィットさせることで遮音性を上げている。形状にも創意工夫が施され、必要な遮音が安定して実現していれば万事OKだ。ただし、顎を動かすボーカリストや激しく動くダンサーなどは、外耳道が動くことで硬質アクリルでは遮音が落ちるシーンが出てくる。外音が入ってくる状況であれば、その分出力レベルも上がってしまい、耳への危険領域に突入してしまう。フロントマンのなかには「会場のオーディエンスの声を聞きたいから」という理由からフィットを緩めに作って遮音をわざと下げている人もいると聞く。おそらく、演奏中は憂慮すべき爆音が耳に向けて鳴らされている可能性が高い。耳を守るツールではなく、耳を壊すツールになりかねないというわけだ。

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