植田真梨恵が8月6日、メジャーデビューシングル「彼に守ってほしい10のこと」をリリースする。15歳で地元福岡から単身大阪に上阪し、音楽活動を始めてから約7年、関西を中心に精力的なライブ活動を行なってきた。これまで1枚のシングル、3枚のミニアルバム、1枚のフルアルバムを発表してきたことをはじめ、2013年末には東京と大阪のクアトロワンマンをソールドアウトさせるなど、多くのファンを魅了してきた。このままインディーズシーンで自由に活動すると思われていたところでの衝撃デビューでもある。

◆「彼に守ってほしい10のこと」ミュージックビデオ

「彼に守ってほしい10のこと」に収録された全3曲には圧倒的な“歌”の力がある。研ぎ澄まされたハダカの歌詞と旋律は、奇をてらった表現や装飾を必要としない。それが許される楽曲の本質的な強さと美しさが歌にあるからこそ、無駄を省くことの難しさも知っている。BARKS初インタビューでは、彼女の足跡と最新シングルから、植田真梨恵というアーティスト像を浮き彫りにしてみたい。

■聴いてくれる人のためになる曲を届けていくことができなければ
■私が歌う意味もメジャーで出す意味もない

──デビュー・シングル「彼に守ってほしい10のこと」は収録全3曲それぞれに特徴がありますが、「彼に守ってほしい10のこと」をデビュー曲として選んだのは?

植田:この曲は、メジャーデビューが決まってから書いたんです。今までの曲の作り方とはがっつり変えちゃって、もっと人に届きやすいものを作ろうと思った第1弾の曲がメジャーデビュー曲になったという感じです。

──これまでの作品では自分自身の感情や内面を綴った曲が多かったですよね。

植田:そうですね。曲の作り方が全然わからないまま、最初はとりあえず自分のなかにあるものを出していくしかない感じで曲を書き始めたので(笑)。なので、あまり人のために曲を書こうみたいなことはなかったですし、実感が湧かなかったんです。そういうモヤモヤした曲を聴いてくれた女の子が、「自分がモヤモヤしているときに聴いて、落ち着きます」って言ってくれたんですけど、“なんでやねん?”と思ったりしてて(笑)。

──なぜ受け入れられたのか、わからなかったんだ(笑)。

植田:モヤモヤしたときに私のモヤモヤした曲を聴いて、余計にモヤモヤしないのかなと。でも、私の曲を聴いて「落ち着く」って言われたときに、初めてその人たちへ曲を作りたいという気持ちになったんです。そういう力が歌にはあるんだなと、ちゃんと思うようになった。そんなふうに気持ちが安らぐとか、少しでも聴いてくれる人のためになる曲を届けていくことができなければ、私が歌う意味もメジャーで出す意味もないと思って作った曲です。

──それはとても大きな転換期ですね。

植田:それこそ自分のなかにあるドロドロしたものは、ひたすらインディーズのときに歌っていて。メジャーの話もまだ出てないときに、“どうしよう、もうあんまり歌いたいことがない”っていうくらい曲を作って歌い続けたんです。気持ちの上でも、あまりモヤモヤしなくなったというか(笑)。

──曲を作ったり、歌ったりすることが植田さん自身を浄化していたような。

植田:うんうん、たしかにそうかもしれない。人とコミュニケーションをとるうえで、そんなに引っ掛かりを感じなくなったというか。“この人苦手だ”っていう人も全然出てこなくなったりして。単純に私が年を重ねたからなのか、よくわかんないんですけど(笑)。でも、モヤモヤした曲を書かなくてよい状態になったら、なにを書こう?とずっと思っていたところはあったんですね。そんなときにステージが変わって、新しく気持ちを切り替えて曲を書けるようになったので、タイミング的にほんとにラッキーだし、よかったと思ってます。

──さかのぼって音楽を始めた頃のお話を伺いたいんですが。音楽を始めたのは15歳くらいのときですよね。先ほどのお話だと、作り方もわからず気持ちを吐き出すように作っていたということだと思うんですが、曲を作るようになったきっかけは?

植田:私はそもそも歌手になりたかったので、それを目指してずっとやってきてはいたんです。中学3年のときにコンテストで優勝して、地元福岡から大阪に出て来たんですけど、なにかが変わると思ったら、環境的には一人暮らしになっただけ。めちゃくちゃ周りの人を巻き込んでっていう感じになるわけでもなく。曲が用意されるのかなとかも思ったりしたけど、そうじゃなく……という状況になったので、自分で曲を書かなきゃって(笑)。

──最初は、必要に迫られたということだったんですね。

植田:そうですね。でも中学校時代にはシンガーソングライターという人たちの音楽は聴いていて、そこにいっぱい助けられたりもしてきたので。だったら、ね? もともと図工とか絵を描いたりも好きだから、何かを作るというところに憧れて曲を書き始めたというのはありますね。なので、これといって何かが言いたかったとかはないんですよ。

──最初に好きだったシンガーソングライターっていうと誰だったんでしょう。

植田:中学時代はaikoさんとか、YUKIさんとか椎名林檎さんとか、もうとにかく強いパワーを持っている女性。あとはCharaさんとか安藤裕子さんとか、みんなそれぞれのカラーが出ていて、歌いだしたらすごいじゃないですか。そういう人たちに憧れていて。

──それで、じゃあ15歳で福岡から単身大阪に出て音楽をやっていこう、ってなかなかの決断じゃないですか。

植田:そうですね、でも歌手になりたいという思いは小学校低学年のうちからあって。わりと周りにも言っちゃってたんです(笑)。両親もずっと応援もしてくれていたし、せっかくやりたいことがあるならがんばりなさいっていう感じだったので。で、焦っていたんですよね。なるべく早くデビューしないと!って当時ずーっと思い続けていたから。道がそっちに進んでいくのは、むしろうれしかったんです。

──大阪に行くときには、あてはあったんですか。

植田:中学3年のときに受けたオーディションが大阪の会社のもので。そこが決まって、「高校1年生に上がるところから出ておいで」っていう話になったんです。そこに「行きます!」っていう感じでした。

──なるほど。そこで曲も用意されてデビューだと思ったけど、そうではなかったと。

植田:ふふ、そうなんですよね(笑)。これから大阪で目まぐるしい日々を送るんだって思ってたんですけど、そうじゃなかった(笑)。

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