今、下北沢や渋谷など都内のライブハウスシーンを中心に、「バンドマン全力坂」という企画がじわじわと浸透してきているのをご存知だろうか? 文字通り、バンドマンを中心としたミュージシャンが全力で坂を駆け上がるという内容で、その模様はYouTube上で公開されている。実際に動画を観てもらえればわかるが、お察しの通り、売り出し中の女性タレントが出演している深夜番組からインスピレーションを受けている。だが「バンドマン全力坂」は、YouTubeを駆使した今どきのパロディもしくは悪ふざけなどではなく、新しい音楽プロモーションの形を提示している。

2014年2月に第一陣となる走者の映像が公開され、現在は90人近くまで参加人数を増やしている。「バンドマン」と謳っているが、ソロシンガーでも音楽雑誌の編集部員でもライブハウスの店長でもよくて、とにかく音楽関係者であれば参加できる。これまでのラインナップは、THEラブ人間の金田康平、撃鉄の天野ジョージ、UNCHAINの佐藤将文、LUNKHEADの山下壮、ラジオパーソナリティーやディスクジョッキーとして活躍している藤田琢己など。



バンドマン全力坂の発案者であり進行役をつとめるのは、現在は活動休止中のバンドJeeptaのギタリストである「choro」。2011年に「コロイデア」を設立し、楽器のレッスンや交流会など、ファンとアーティストの垣根を越えた音楽関連の事業を行っている。もともと彼は、短い尺の中で女の子がただ走るという「全力坂」のシンプルな企画趣旨が好きで、そのバンドマン・バージョンを構想していたという。バンドが活動休止状態になったことで自分が思いついたことからとにかく実行に移す時期にいたため、Twitterで走りたい人を呼びかけたところから「バンドマン全力坂」は始まった。仲間のアーティスト数人から声が挙がったため、まずは試しに撮影。なお撮影は、FoZZtone、LUNKHEAD、セカイイチなどのライブ写真&アーティスト写真、ミュージックビデオなどを撮影しているカメラマンのオオタシンイチロウが行っている。映像を公開したところ反響を得たため、その延長線上で企画は今も続いているという。choroは、「みんな、単純に面白いことが好きっていうだけの話だと思います。何かをやる時に大事なのは『やりたいかどうか』であって、『得があるかないか』なんていうのは後から考えること。バンドだってそうで、単純にやりたいかどうかなんです」と事の成り行きを話した。

考えてみれば、ミュージシャンがここまで激しく動いている姿って、ライブくらいしか観る機会がない。だが、ミュージシャンにとってまさに「オンステージ中」であるライブのパフォーマンスと比べると、ただただ全力で坂を走るというこの絵面は意外性に溢れている。人間、全力で走ると本能が目覚めるのか、「素」が出てしまうものだ。それに、走り切った直後になにかしら披露するのが暗黙のルールとなっているので、その一芸に個性が見えてきておもしろい。

「バンドマン全力坂」は、映像の中で喋らなくてもいいこともアーティストが参加しやすい理由に繋がっている。これは意外とこの企画の肝で、choro自身がそうであるように喋ることが苦手なアーティストは多い。「歌詞による表現もありますが、基本的には言葉で伝えたくない/伝えられないからアーティストは音楽をやっているようなものなんです。言葉ではいくらでもいいことが言えるけど、人間の姿そのものを観て感じられるものを感じて欲しい、という想いはアーティストならきっとあるはず」というのが彼の考え。アーティストだからこそわかる気持ちの上で企画は成り立っているというわけだ。

出演者が喋っていないことのメリットは、海外にもそのまま発信できるというところにもある。動画上にはミュージックビデオのリンクも貼られ音楽作品への導線も引かれているので、そのままグローバルな拡散が期待できるのだ。バンドマン全力坂は初めから海外も視野に入っていたため、走者の名前はローマ字表記にしてあり動画の概要文には英訳も添えられている。それに、「坂」という日本的な風情も感じられ外国人の興味を引くものだし、ただ全力疾走しているというシンプルな企画内容には特別な説明書きも必要ない。

そもそも,日本のミュージシャンの中には海外では知名度があっても日本では知られていないというケースがある。今、アメリカなどの音楽文化の主流はロックミュージックではなく、「ロックを聴くなら日本」という認識も海外には存在するくらいだ。つまり、日本のロックは世界的にも需要があるのに十分な宣伝方法がない。派手にプロモーションされれば海外で認知されるチャンスがいくらでもあるが、インディーズなどで活動しているとそうもいかない。日本の無名のミュージシャンを知ることができるサイトという機能も、バンドマン全力坂は担っている。



また、このYouTubeチャンネル上では、どんなミュージシャンの映像も並列に扱われ時系列順にアップロードされていくのも特徴的だ。参加者に対する平等性も、この企画のポイントのひとつ。今は走りたい人に走ってもらうというスタンスをとっているため、事務所もまだついておらず初めて東京にツアーで来るようなバンドが出たがることも多い。ラジオにも出れない状況にいるバンドが、キャンペーン活動としてライブ前に走るなんていうケースもあるのだ。それに無名なミュージシャンにとっては、同じように企画に参加している先輩ミュージシャンとのちのち対バンするチャンスが巡ってきた際、「バンドマン全力坂」という共通言語を得ることができるわけだ。

さらにchoroは、これまでの音楽活動の経験談を交え、このように語った。

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「名前が知られていないとハコやメディアの人の態度がガラッと変わるし、音源さえも聴いてもらえないという状況がある。相手もビジネスだから先が見えない相手に時間を使おうとはしないし、先が見えてから近寄ってくる人は多い。でも、それはおかしな話。後々になって事務所が目をつけるということは、元々そのアーティストに売れる可能性があるからです。だから本来は、事務所以外でもその可能性を見出すことはできるはずなんです。素質があっても、そこに金がついてる/ついていない、知名度が高い/低いで区別するのはおかしいはずです。バンドマン全力坂の参加者を知名度から判断しないのは、自分がされてきて一番イヤなことをしないっていうだけ。参加してくれるミュージシャンの今の知名度は関係なくて、いずれ誰かひとりに火が付けばいいやくらいに思ってます」

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コロイデアでは音楽教室も運営しているが、たとえ立場が下の人間でも誰かがやりたがったことは基本的に実行してみるという方針をとっている。それは、「昔から、ダメって言われてやれないことに対しては結果も出ないから自分で納得できないことが、たくさんあった」からだという。人間、やってダメなら納得できるものだし、アイデアを実行する能力と欲求が高い「アーティスト」という生き物であれば、なおのことそうだろう。

なお、「バンドマン全力坂」に関する数字的な面については、choro本人の映像が約1万8千再生回数を記録している。これからの伸びしろに期待できる値ではあるが、1分足らずの尺の中でただ人が坂を駆け上がっている動画としてはかなり高い。海外版2ちゃんねるのようなサイトで動画が取り上げられ、こいつは男か女か?という議論が飛び交ったり、最後に生イカを持っていることの意味が検証されたりと、ざわつかせた結果だ。


── というのが、「バンドマン全力坂」の全貌でだが、コロイデアは他にも様々な企画を進行中だ。むしろ、これはあくまでも導入部。「音楽に関する本当のこと」を、こんなに覗けて体験できるプロジェクトがあることに驚いた。


まず、そのひとつが「全力機材」。媒体上でミュージシャンによる機材紹介コーナーは見かけるが、「全力機材」ではアーティストがリポーターとして知り合いのアーティストのスタジオに潜入し、日常的に使っている機材についてインタヴューを行う。全力坂と同じくYouTube上でその模様が公開されており、テレフォンショッキング形式で次回となる他の現場へと繋がっていくため、バンド同士の横のつながりを垣間見ることもできる。どうやって音楽が作られているかを知ることができるのはファンにとって嬉しいことだし、特段ファンでなくとも、バンドを目指すキッズ達に対する情報提供の機会としても貢献している。これは日頃から思っていることなのだけど、音楽用語っていろいろあるし耳にするが、それが実際にどんな音を指すのかとか、どんな効果を出すための機材なのかなど、改めて知る機会はあまりない。「バンド組みたい!」「ライブやりたい!」と意気込んでも、実際に何を用意したらいいかわからない音楽ファンは多いはずだ。


この「本人直伝」というプロジェクトでは、アーティスト本人が演奏しながら自らの曲解説を動画上で行うという、教則ビデオ的な内容である。教えるほうも教わるほうも、楽譜上で行うより作業効率がいい上に、内容もよく伝わる。

さらに、楽曲の制作プロセスを知ることができるのが、「ミックスの全過程」という企画。レコーディングエンジニア「上原翔」を招き、choroが作成したデモ音源がミックス作業を経てどのように楽曲として完成していくかという過程のすべてを公開している。サイト上では、音楽制作ソフト「Cubase」の作業工程が貼り付けてあるので、ミュージシャンにとって実践的で非常に役立つ。



さらには、一般の人から募集した弾き語り曲を、編曲のエンジニア「こおろぎ」とchoroがそれぞれアレンジし、その出来栄えを競うアレンジ対決も。こうした企画は、どれだけ「裏方」が音楽を作り上げているかを学ぶチャンスにもなるだろう。たとえば食べ物などは、どういった工程を経て作られているかを知った上で商品を買おうとするのに、音楽はその作業工程の公開がほとんど行われない。表立った活動をしているバンドマン以外にも、エンジニアなどの実力をちゃんと公表したいという意図による活動である。



さらに、アーティストとファンが音楽やライブについて直接議論する「REAL TALK(音楽ファンのしゃべり場)」という場も設けている。


以上。本当にさまざまな企画が進行中であることが、わかっていただけると思う。最後に、ここまで音楽にまつわる様々な事をガラス張りにし、行動に移している真意をchoroに尋ねた。

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「自分も含めて、『こんな音楽業界ではダメだ』『こんな世の中ではダメだ』と言う人はいたけど、本当に言うだけだったんです。僕は、音楽によって戦争をなくしたい、みんなを幸せにしたいという気持ちはありません。ずっと音楽に携わってきた中で、音楽っていうものに何か還元をしたい、恩返しをしたいという感覚でやっています。そういう感覚を持ちながら個人で動いている今の自分の強みは、お金を払わないで皆さんが協力してくれていること。これは、お金を払ってやってもらうより凄いことだと思っています」

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コロイデアでは、他にもかなり興味深い展開をしている。それはまたの機会に深く検証していきたい。

text by:RYOKO SAKAI