気仙沼から愛をこめて。在住型シンガーソングライターとして、故郷への想いに根ざした愛の歌を歌い続ける熊谷育美の最新作は『PROCEED』(続ける)。震災の傷跡を心の奥底に沈め、それでも前を向いて生き続ける強い意志を、大らかで美しい風景と繊細な心理描写で綴る全8曲。そして優しい風のようにエアリーで、実りの大地のように豊潤な、素晴らしい歌声。天童荒太原作、堤幸彦監督の映画『悼む人』の主題歌「旅路」を含む、彼女の魅力のすべてを余すことなく伝える作品集だ。

◆熊谷育美~画像~

■海は呼吸しているかのごとく、打ち寄せて引いてをずっと繰り返している
■すごいものを感じるんですよね。海には感情があるのかなと思ったり


──先ほど、「旅路」のミュージックビデオを見ていたんですけれども。あそこに映っていた海岸は、地元の気仙沼ですか。

熊谷育美(以下、)熊谷:そうです。大島という島で、気仙沼から船で20分ぐらいのところにあるんです。東北で一番多く人が暮らしている島なんですけど。そこでミュージックビデオとジャケット撮影をしました。

──生まれてからずっと、住み続けているんですよね。気仙沼に。

熊谷:そうなんです。10代の時に1年だけ、東京に来たことがあるんですけどね。プロになりたいと思って。

──ああ、それがプロフィールにある“挫折体験”という…。

熊谷:そうです。すぐに帰っちゃったんですけど。その1年を除けば、ずっと気仙沼ですね。

──県民性というか、市民性というか。自覚していることはあります? こういう性格の人が多いみたいな。

熊谷:デビューしてから全国を回らせてもらったんですが、非常に沖縄に似た香りがするんですよ、気仙沼って。飲めや歌えやが大好きで。そんなこと言うと、沖縄の人がどう思うかわかりませんけど(笑)。

──いいんじゃないですか(笑)。でもちょっと意外。

熊谷:踊ったりも好きだし。日本屈指の漁業の町で、海を通して世界中の人が出入りしているので、おもてなし文化というか、外地の人が大好きなんです。東北人なので、最初はシャイだったりするんですけど、一回心を開いちゃうと、みんなを取り巻きたくなるような、おせっかいというか(笑)。そういうところがみんなに共通してるんじゃないかな。活気ある町ですよ。漁師さんも多いし、女性も強いし。音楽を聴くと、全然違うふうに思われるんです。“おしとやかな人だと思っていました”とか、よく言われるんですけど。

──実はそうじゃない(笑)。

熊谷:大雑把というか(笑)。そうなんです。

──つい先日まで、キャンペーンで全国を回られてましたが。アルバムについて、どんな感想をもらいました?

熊谷:オリジナルアルバムは2年ぶりなんですが、“変わったね”と言われることが多くて、自分でもびっくりしています。歌い方の感じが違うとか、強くなったねとか、言われました。自覚はなかったんですけどね。

──今回のアルバム『PROCEED』。まずライブで新曲を披露して、それをレコーディングするという形を取ったんですよね。

熊谷:そうです。2曲書き下ろした以外は、ライブでの人気曲ということで。昨日できたばかりの曲をやっちゃったり、自分としては思い切った企画だったんです。「流星」「ずっと、あなたと」の2曲はラブソングで、今までにこんなストレートな恋愛ソングはなかったんですが、“こういう曲書いたんだけど、どう?”みたいな感じで聴いてもらったら、人気でびっくりした(笑)。“あ、有りなんだ”と。自分が知らない自分に、みんなから気づかされたところがあるし、新しいことにチャレンジしたいと思ってやってきたライブなので。そういうことなのかもしれないですね、“変わった”と言われるのは。

──ああ。かもしれない。

熊谷:サウンド的にも、今まではピアノサウンドを大切にしてきたんですが、今回はアレンジャーさんといろいろやっていく中で、今までにないポップさが出たりしてるのかな、と思います。

──新しいことにチャレンジしたかった。

熊谷:1年間で12回、フリーライブをやったんですよ。弾き語りも多かったんですが、バンド編成、アコースティック編成、ピアノとヴァイオリンとか、いろいろやってきたことが、こういうサウンドにつながったのかなと思います。ジャジーな、大人な感じの曲もあるし。

──「ずっと、あなたと」ですね。「夢のつづきを」は、ヴァイオリンのソロが素晴らしいです。

熊谷:アレンジャーさんを信頼して、お任せして、おかげで世界が広がりました。今回は主にスターダスト☆レビューのサポートキーボードの添田啓二さんにアレンジしていただいたのですが、添田さんに世界を広げてもらったというのはすごく大きいです。ミュージシャンやエンジニア等、みんなの協力があってできあがった1枚だと思います。

──3曲目の「生きて」が、すごく好きなんですよ。この曲、フォークロア的な、大陸的な匂いがしますね。

熊谷:まさにそれがテーマでした。土着的な、大陸を感じるサウンドにしたいということは、添田さんにも言っていて。ここまで大きくなるとは思わなかったんですけど、行くところまで行っちゃった(笑)。コーラスも多重で、ありえないくらいのコーラスを入れまくって、大きい世界を作ってもらいました。

──そういうところでも、“変わった”と思われたんじゃないですかね。広がりとか、強さとか。

熊谷:だと、思ってるんですけどね。

──ほかに、お気に入り曲というと?

熊谷:一番最後の「約束」は、自分にとっての海をテーマにして書いた曲なんですけど、今だからできた曲かなと思います。この曲はラストと決めてたんですが、自分が海の近くで育ってきた中で、ああいう大きい出来事もあって、あらためて、今の時代を歩んでいく私が海を見て思うことという、すごくストレートな歌ですね。

──熊谷さん、“海”って単語を使うこと、多いですよね。この曲に限らず。

熊谷:昔から言われているんですが、無意識なんです。デビュー作からけっこう多かったみたい。曲を書いてる時はいつもそうなんですが、没頭して書いているので、出来上がったあとに“私、こういうこと思ってるんだな”って、初めて気づくことが多いんです。

──心理分析じゃないですけど。熊谷さんにとって“海”とは?

熊谷:母なる海って、よく言いますよね。私たち人間が誕生する前からあるものだから、すごい神秘を感じます。ザバーンと打ち寄せて、また引いて、それをずっとずっと繰り返している。呼吸しているかのごとく。そう思うと、すごいものを感じるんですよね。あと、海には感情があるのかなと思ったりします。津波の時も私は、本当に海が怒り狂ったと思って、すごく怖かったし、こんな表情の海は見たことがなかった。やっぱり、そうですね、震災のことが大きすぎたんです。それが4年たって、やっとリスタートできるような気がしていて。自分のふるさとにああいうことが起こるとは思っていなかったし、デビューして1年ちょっとくらいで起こっちゃったから。私もいろいろやりたいことはあったけれど、どうしても震災のことで頭がいっぱいだったんです、この数年間は。でもいろんな人に助けられて、支えられて、心と心の交流がある中で、できあがった1枚なんだなって思うんです。自分ひとりではできなかったと思うし、それをすごく感じる1枚になりました。

──本当にそう思います。直接に震災に触れた言葉はないけれど、「生きて」の歌詞は明らかにそのことを指していると思うし。

熊谷:これは本当に、叫びそのものですね。あの震災だけじゃなく、最近は自然災害が多いから。伊豆大島や、御嶽山や、広島や…そういう、どこにもぶつけようのない叫びみたいなものですね、この「生きて」は。

──“自然と共に生きていくの”という歌詞がありますよね、「生きて」の中に。ここが本当に、素晴らしいなと思います。これはなかなか言えないですよ。特に、都会で暮らしていると。自然を知っている人の言葉だなと思います。

熊谷:気仙沼も、「海と生きる町」ということがテーマになっています。そう思うと、この地球で、この時代に生まれたことはすごいことなんだなとか、そういうことまで考えてしまいますね。

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