ホワイトスネイクの新作『ザ・パープル・アルバム』が日本先行発売され初日のオリコンデイリーチャートは総合2位というビッグセールスを記録している。

◆ホワイトスネイク画像

第3期・第4期ディープ・パープルの楽曲を再演した作品が誕生したのは、ジョン・ロードの死去、そしてリッチー・ブラックモアとの再合体の話し合いを経てのものだった。いったんは流れてしまった“ブラックモア/カヴァーデイル”プロジェクトだが、『ザ・パープル・アルバム』は未来への可能性を提示する作品として生を受けた。全3回となったデヴィッドへのインタビュー、最終回では新作に伴う“ザ・パープル・ツアー”の展望、そして彼の向かっていく夢の旅路についてお伝えしていこう。

──リッチー・ブラックモアとは、どの程度“ブラックモア/カヴァーデイル”プロジェクトの話し合いが進んでいたのですか?

デヴィッド・カヴァーデイル:一緒にアルバムを作って、ワールド・ツアーができたら最高だと話していたよ。新曲や往年のディープ・パープル・ナンバーをプレイして…私がレインボーの曲を歌って、リッチーがホワイトスネイクの曲を弾いたら凄いとも話した。彼はやるともやらないとも言っていなかったけどね。

──あなたがレインボーの曲を歌うとしたら、どんな曲を選びますか?

デヴィッド・カヴァーデイル:私は初期レインボーの曲が好きなんだ。特にコージー・パウエルがいた頃、『虹を翔る覇者』(1976)は素晴らしい。ファースト・アルバム『銀嶺の覇者』(1975)はリッチーがディープ・パープルで使えなかったアイディアを、かつて前座を務めたエルフというバンドのメンバーを使って、実現させたアルバムだった。でも『虹を翔る覇者』は、新しいアイディアを最高のミュージシャン達が創り上げていった作品だったんだ。ロニー・ジェイムズ・ディオも最高の声をしていたし、私が自分なりの解釈を加えることができたら、興味深い仕上がりになっていただろう。その後レインボーにはロジャー・グローヴァーが加わって、よりポップなアイデンティティを確立させていった。「シンス・ユー・ビーン・ゴーン」などは、あまり私の興味を惹くタイプの曲ではなかったよ。私はレインボーの“ダーク・サイド”が好きだったんだ。