100年に渡って作り上げられた膨大なカタログが待っている『JAZZの100枚。』からおススメの必聴盤10枚

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ジャズは途轍もなく幅の広い、そして深い魅力を持つ音楽です。もしもあなたがジャズを、心地良い娯楽として、高尚な芸術として、精密な職人技として、お洒落なBGMとして、爆音で鳴らすダンス音楽として、どんなふうに聴こうと思ったとしても、それに応えてくれる作品を必ず見つけることのできる、果てしない沃土です。そしてもしも、ジャズをまったく知らないけれど何かカッコ良さそうだとか、知ってるとモテそうだとか、音楽理論として興味があるとか、黒人音楽の歴史や文化背景を調べたいとか、どんな理由があったとしても、ジャズはきっとそれを受け止めてくれる。おおよそ100年に渡って作り上げられた膨大なカタログが、あなたに聴かれるのを今か今かと待っています。

「ジャズの100枚。」は、そんなあなたの道案内になってくれるシリーズです。2014年に発売した第1弾と第2弾の200枚が、すべて合わせると70万枚を突破するという人気を得たのは、ジャズの魅力に気づきたいという潜在的なリスナーがまだまだたくさんいるという証明でもありました。そして今回リリースされる「ジャズの100枚。」シリーズの第3弾もまた、音楽の魔法を閉じ込めたタイムカプセルです。その魅力のほんの一部ではありますが、代表的な10枚を取り上げて、カタログの中身を紹介することにしましょう。

●マイルス・デイヴィス
『マイルス・デイヴィス・オールスターズVol.1』UCCU-99159
『マイルス・デイヴィス・オールスターズVol.2』UCCU-99160



まずは何はともあれ、マイルス・デイヴィスから始めなくてはいけないでしょう。自他共に認めるモダン・ジャズの帝王・マイルスの歴史的名作を紹介していくと、文字がいくらあっても足りませんが、この『マイルス・デイヴィス・オールスターズVol.1』『Vol.2』もその一つです。しかしマイルスにとってこの作品は、少々特異な位置にあることも言っておかなければいけません。52~54年の3回に渡った録音を2枚のアルバムに振り分け、モダン・ジャズの歴史に燦然と輝く“ブルーノートの1500番台”の冒頭を飾る作品ですが、当時のマイルスは健康面も音楽面も低迷期と言われる時期。トランペット奏法もまだ若く勢い任せに聴こえるところもありますが、それでもドラムのアート・ブレイキーやトロンボーンのJ.J.ジョンソンなど名手を加えたアンサンブルは聴き応え十分で、「テンパス・フュージット」や、のちに再録音するバラードの名曲「イット・ネヴァー・エンタード・マインド」の儚い情緒たっぷりのプレーなど、この時期だからこそのフレッシュな味わいに溢れています。のちにマイルスが連発する名盤たちと比べるのは少々酷ですが、欠くべからざる歴史の1ページとしてとして愛すべき作品です。

●ビル・エヴァンス
『ニュー・ジャズ・コンセプションズ+1』UCCO-99078



モダン・ジャズを代表するピアノの詩人として、とても人気のある人です。先に触れたマイルス・デイヴィスが“モード・ジャズ”と呼ばれる新たなスタイルを切り拓いた59年の傑作『カインド・オブ・ブルー』でも大きな役割を与えられていた(というか、そもそもビル・エヴァンスがいなければモード・ジャズは成り立たなかったという説もあります)彼が、56年に録音した初めてのリーダー・アルバムがこの作品。彼のピアノは、語るように歌うように、時に饒舌に時に訥々と語り口を変えてゆく融通無碍なプレーで、スタンダードも自作曲もこだわりなく美しいトーンでまとめあげる心地良さが特徴ですが、ここで注目すべきは「ワルツ・フォー・デビイ」の初演が収められていること。その愛らしいメロディと小粋なムードに魅せられたカバー・バージョンが続々と生まれ、今やモダン・ジャズ屈指のスタンダード曲となった曲の初演に対しては、“聴いておくべき”というさりげない言葉で十分でしょう。わずか1分16秒の小品ですが、水がしたたるような清冽な若々しさに溢れ、“栴檀は双葉より芳し”を地で行く美しい演奏です。

●ウェイン・ショーター
『イントロデューシング・ウェイン・ショーター』UCCO-99087



モダン・ジャズの全盛期にその名を大きく刻んだ巨人であり、なおかつ現在でも生で聴くことのできるサキソフォン奏者がいるということは、奇跡と言ってもいいかもしれません。それがウェイン・ショーターです。アート・ブレイキーのジャズ・メッセンジャーズ、マイルス・デイヴィスのバンド、そしてウェザー・リポートなど、モード・ジャズからフュージョンに至るジャズの進化をリードし続けた功績は、いくら強調してもしすぎることはありません。この作品は1959年に録音され、ヴィー・ジェイというアメリカのインディー・レーベル(ロック・ファンには、ビートルズのシングルを最初にアメリカでリリースしたレーベルとしてお馴染みです)からリリースされた、記念すべき彼の初リーダー作。当時26歳のショーターのテナー・サックスと、リー・モーガンのトランペットをフロントに据えたクインテットは、若い勢いと共に十分な実力を備え、新しいジャズムーヴメントを切り拓こうという意欲満々でした。軽やかでシンプルなメロディの繰り返しにも関わらず、不思議な幻惑感を伴い、魔術的とも称される作曲の能力もすでに開花しています。

●ジョン・コルトレーン
『クレッセント』UCCU-99145



ジョン・コルトレーンはモダン・ジャズ史上最も偉大なサキソフォン奏者の一人であり、60年代にモード・ジャズやフリー・ジャズと呼ばれたムーヴメントを煽動したリーダーであり、同時代の精神的支柱として哲学者や思想家のようにも捉えられていた人でした。その最高傑作として挙げられるのが有名な1965年作品『至上の愛』ですが、その前年に制作されたこの『クレッセント』も、とても人気の高いアルバムです。スピリチュアルな深みゆえに聴き手に緊張感を強いる『至上の愛』と比べると、こちらは幾分リラックスした雰囲気もあり、スロー~ミドル・テンポの静かな曲を中心に、きれいなメロディを情感たっぷりに響かせています。サキソフォンの胴体いっぱいに満ち溢れるように音を響かせ、時に呟くように時に語りかけるように、プレイヤーの思考さえも心に直接伝わってくるような彼のプレーは、一度聴くと決して忘れられないものになるでしょう。

●パティ・ペイジ
『テネシー・ワルツ+10』UCCU-99178



「ジャズの100枚。」第3弾の中には、優れた女性ボーカリストの作品があります。中でもパティ・ペイジ『テネシー・ワルツ』のタイトル曲は、無数と言っていいカバー・バージョンを生んだスタンダード中のスタンダード曲で、1950年から51年にかけてアメリカで最大のヒットを記録したのみならず、その後50年間で1500万枚が売れたとも言われる超ロングセラー。メロディのせつない美しさは言うまでもなく、トランペットをフィーチャーしたオーケストラによる演奏と、一人多重録音による幻想的なボーカルがあいまって、いつ聴いても時を超える魅力を失わない不思議な名曲です。パティ・ペイジは、夢多き50年代の豊かなアメリカを象徴するアイコンの一人でした。ビーチ・ボーイズの70年代の名曲「ディズニー・ガールズ」の中でも、パティ・ペイジが麗しき50年代の思い出として美しく歌い込まれていたことを、ロック・ファンならば思い出すかもしれません。生粋のジャズ・シンガーとは言えないかもしれませんが、ルックスも歌唱もどこかカントリー・ガール風の朴訥な親しみやすさを持つ魅力的なシンガーとして、パティ・ペイジの名前はぜひ覚えておいてほしいものです。

●スタン・ゲッツ&ジョアン・ジルベルト
『ゲッツ/ジルベルト』UCCU-99143



歴史を変えた音楽作品というものは、そう滅多に存在するものではありませんが、これは間違いなくそう呼ぶべき1枚。1964年にアメリカでリリースされたこのアルバムが大ヒットしてグラミー賞を幾つも獲得する人気を得たことで、“ボサノヴァ”という新しい波がアメリカへ到達しました。主役の一人はアメリカ人のジャズ・サキソフォン奏者、スタン・ゲッツで、この時点ですでにボサノヴァを取り入れた作品を数枚発表していましたが、本国ブラジルでのボサノヴァの創始者であるジョアン・ジルベルトをもう一人の主役として迎えたこの『ゲッツ/ジルベルト』の大ヒットは、おそらく想像を超えていたでしょう。シングル・カットされた「イパネマの娘」にフィーチャーされた、女性シンガーのアスラッド・ジルベルトの清楚な歌声にも人気が集まりました。本来のボサノヴァにはない英語詞、サキソフォンを取り入れて聴きやすくアメリカナイズしたことで、純粋なボサノヴァ・ファンの評価は必ずしも高いものではありませんが、耳を澄ませて聴けばわかります。スタン・ゲッツのサキソフォンは、抑制された渋く美しいトーンで、ボサノヴァのクールで静謐なムードにぴたりと合っています。異なる文化と音楽のコラボレーションとしては、稀にみる成功作ではないでしょうか。

●アントニオ・カルロス・ジョビン
『波』UCCU-99146



『ゲッツ/ジルベルト』には、もう一人、隠れた主役とも呼ぶべき人がいました。その名はアントニオ・カルロス・ジョビン。『ゲッツ/ジルベルト』の大半の曲を作曲し、ピアノを弾いていたジョビンこそ、ジョアン・ジルベルトと共にボサノヴァを生み出したオリジネイターの一人でした。「イパネマの娘」「想いあふれて」「おいしい水」など、彼の生み出したボサノヴァの名曲は枚挙に暇がありません。そんなジョビンがアメリカに移住し、1967年に発表した作品がこの『波』です。CTIレコードという、ジャズがクロスオーヴァー、フュージョンへと変化してゆく過程に大いに貢献したレーベルからリリースされたこのアルバムは、全編インストゥルメンタル。名アレンジャーのクラウス・オガーマンの手がけた、優雅にして幽玄な弦楽器の調べと、ジョビンの弾くピアノの美しいメロディが溶け合い、桃源郷とはこのことかと思うほど最上級のリラクゼーション・ミュージックです。ボサノヴァであり、ジャズであり、クラシックであり、いつ何時誰の心もたちどころに癒してしまう、永遠に時を超える名盤です。

●ドナルド・バード
『ブラック・バード』UCCU-99158



ジャズの名門レーベルであるブルーノートは、ニューヨークを拠点に数々の歴史的名作を生み出してきましたが、1972年にロサンゼルスへ移り、BNLAというカタログ番号と共に再出発を計りました。時代はクロスオーヴァー、フュージョンの真っ只中で、ベテランのジャズ・ミュージシャンと言えども、生き残るためには新たな挑戦が必要になる時代でしたが、その中で生まれた大ヒット作がこの『ブラックバード』です。主役であるドナルド・バードは1950年代からハードバップの名サキソフォン奏者として鳴らした人ですが、大学に通い博士号を取得するなど知性派として知られ、実際に教壇に立って音楽教師としての仕事もしていました。そんな彼が、教え子の若いミュージシャンと組んで制作したこのアルバムは、時代の流れを読み切った軽くファンキーでダンサブルな楽曲と、イージーリスニングとしての上品な心地よさを兼ね備えた音作りが大いに受け、ジャズ・チャートを飛び出して全米総合チャート36位という異例の大ヒットを記録しました。今聴くととても素朴な柔らかい印象の音ですが、耳元を爽やかな風が吹きぬけるような快感はきっとあの頃のまま届くはずです。

●パット・メセニー・グループ
『想い出のサン・ロレンツォ』UCCU-99162



1970年代も中盤になると、ジャズ界の中心はクロスオーヴァー/フュージョンへと移行して行きます。ハービー・ハンコック、ウェイン・ショーター、チック・コリアら一時代を築いたジャズメンたちも、バンドをエレクトリック化して、意欲的な作品を次々とリリースしていますが、やはり時代が求めるのは若きヒーローで、そこにぴたりとハマッた一人がパット・メセニーでした。1954年生まれ、若干21歳で初リーダー作を発表して話題をさらった早熟な天才ギタリストは、1978年に自身の名を冠したグループを組みますが、その記念すべきファースト・アルバムが『想い出のサン・ロレンツォ』です。ドラム、ベース、キーボード、エレクトリック・ギターというシンプルな編成が生み出すその音は、極めてロマンチックでメロディアスなもので、波のようにたゆたうピアノ、鳥が舞うように軽やかに飛翔するギター、瑞々しく溌剌としたドラムとベースは、ジャズ新世代の息吹を感じさせるものとして、40年後の現在も耳に鮮やかです。メセニーのギターはテクニックよりも歌心に重点を置いた抒情性豊かなもので、インストゥルメンタルに馴染みの薄い人も十分に楽しめるのではないでしょうか。

●ラリー・カールトン
『アローン・バット・ネヴァー・アローン』UCCU-99191



若い世代に彼の名前がよく知られているのは、B’zの松本孝弘と共演したアルバム『TAKE YOUR PICK』のヒットで、第53回グラミー賞の最優秀インストゥルメンタル・ポップ・アルバム賞を受賞したことが大きいでしょう。ラリーは1948年生まれ、20歳になる年に早くも初アルバムをリリースし、70年代には人気ジャズ・ロック・グループのザ・クルセイダーズで活躍するなど、若い時からジャズ・ギタリストの名手としてその名を知られていました。そんな彼が、トレードマークだったエレクトリック・ギターをアコースティックに持ち替えて、新しい音楽探求の旅に出た第一歩がこの『アローン・バット・ネヴァー・アローン』です。1985年の時点でアコースティック・ジャズに回帰するのは、一見懐古趣味のようですが、実際に耳にすればわかるはず。キーボードやパーカッションを加えたバンドは洗練を極めたフュージョンの延長線上にあり、そこにアコースティック・ギターで美しいメロディとハーモニーを加えると、こんなにも瑞々しい音楽が生まれるという新発見がそこにはありました。現在も若々しい活躍を続ける彼の原点の一つと言える、心のリラクゼーションにぴったりのアルバムです。

文●宮本英夫

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