【キース・カフーン不定期連載】音楽ストリーミング

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日本が平行世界で活動している間に、世界の市場では音楽ストリーミングが音楽産業を率いる存在になっている。CD販売が未だ強いのは日本(78%)、ドイツ(70%)、南アフリカ(68%)だが、アメリカ合衆国ではストリーミングが2015年上半期ですでに18億7千万ドル(約2千52億円)の収益を上げている(2014年の年間CD収益が18億5千ドル)。デジタル・ダウンロードはストリーミングやCDよりも売上金額自体は多いが、アメリカでは、2015年上半期のストリーミングの売上が92.4%増となった反面、ダウンロードやCDの売上は二桁減となっている。レコードもそれなりの成長を見せてはいるが、やはりニッチな市場という認識が強い。

メジャーレーベルがCD市場を牽引し、アップルがデジタル・ダウンロード市場をほぼ独占しているのに対し、ストリーミング市場の王者は未だ決まっていない。Spotify、Pandora、Rdio、SoundCloud、Google/You Tube、iTunesなどが名乗りを上げている状態だ。

現在市場を牽引していると見られているのはSpotifyだ。スウェーデンに本拠地を置くこの会社は2008年の設立以降順調に成長し、2015年6月には7500万のユーザーが登録、そのうち2000万が有料会員だった。iTunesの北欧でのプロモーションが活発でなかったためもあり、Spotifyは北欧に拠点を築き、ヨーロッパで人気を博している。日本にもスタッフを常駐させているが、未だサービス開始に至ってはいない。

カリフォルニア州オークランドに本社を置くPandoraも、業界に存在感を確立していて、上場によって大きな利益を得たが、提供エリアはアメリカ、オーストラリア、ニュージーランドに限られている。業界内では、コンテンツ提供者に対する報酬を抑えたり、法廷闘争を通してさらに値切ろうとしたことなどから評判が悪い。創業者のティム・ウェスターグレンの2000万円を超す着服なども影響している。

Rdioは、スウェーデンの二人組が創設した。以前は海賊サイトのKazaa設立に関与していたが、Rdioは合法サービスで、世界85カ国で展開している。日本では未提供。有料会員方式ではなく、広告収入を収入源としている。日本でもスタッフやコンサルタントなどが活動しているが、活動開始に必要な認可がおりていないようだ。

こちらもスウェーデン発のSoundCloudは、インディーズ・ミュージシャンやEDM界隈に人気のあるサービスで、最高で3億5000万人とされるユーザーを数えるが、様々な問題にも直面している。多大な売上を誇るものの、利益として還元されておらず、赤字も増えてきているようだ。また、メジャーレーベルとのライセンシング契約や権利契約がうまくいっておらず、インディーズのアーティストにも、会社がメジャーレーベルとの繋がりを求めて、もともと会社を大きくしたインディーズ業界をないがしろにしていると反目されている。また、ミュージシャンやユーザーには使いやすいものの、アーティストにとっては収入という面では、Spotifyに比べて劣る。

YouTubeはストリーミングサービスとしてはあまり認識されていないが、他のメディアに比べて一番人々が音楽を聴くために利用しているプラットフォームである。ユーザーの多くが、YouTubeを「観ている」時、当然プロモーションビデオなども含まれるし、他にも、アルバム丸一枚分を静止画で「観る」ことができるようなコンテンツもある。当然、コンテンツ提供者には広告収入に基づいて謝礼が支払われるが、そのシステムは鈍重だ。

また、1998年に施行されたデジタル・ミュージック著作権法が、YouTubeのようなサイトには権利保有者が申し立てをしない限り、どのようなビデオでも使用を許可していることから、ライセンスについて悩まずに済んだのも大きい(このような権利申し立てには時間も金もかかるため、権利保有者の方が煩雑な手続きを重荷と感じることになり、多くの人々が変更を待ち望んでいる)。ユーザー数という意味でも、2014年だけで760億回のストリーミングを数えるYouTubeは、競争相手全てを足してもなお大きいと言える。

他には、ストリーミング・サービスを開始したばかりのiTunesが、今最も注目されている。最初の三ヶ月は無料で使用でき、その後は月に9.99ドル(約1200円)の料金を支払うというシステムだ。

アップルは、多くのビジネス・ジャンルにおいて、競争相手より若干遅目に参入し、誰よりも有効なシステムを作ることで知られている。昔から、クリーンで直感的なユーザーが使いやすいインターフェイスを提供している。今回も、3000万曲を世界中から集め、簡単なサーチ方式で利用でき、コンピューターがアナゴリズムで組んだものではない、実際のプロの音楽マニアが作ったプレイリストを提供している。

ここで音楽業界が特に関心を持っているのは、無料会員や広告収入によるユーザーではなく、有料会員だ。Spotifyは、もう長い間、今後は有料会員が増えて、権利保有者の収入が増えていくと喧伝しているが、実際には広告収入に支えられた無料サービス枠が大きく、有料会員の増加数はささやかでしかない。

同じようなコンテンツが他所では無料で利用できるのに、わざわざ9.99ドルを支払うのか?と疑問に思う人もいるだろうが、利用者は、うっとうしい広告抜きで、快適に利用できるサービスを買うのだ。アメリカでは、多くの人が月々100ドル(約12000円)をインターネットやケーブルテレビ代金として支払っているので、そこに9.99ドルを足しただけで素晴らしい音楽サービスを利用できるとしたら、それはそこまで非現実的な話でもない。音楽業界としても、もし新規に100万のユーザーが9.99ドルを毎月音楽に支払うことになるとしたら、業界全体に突然「棚ボタ」状態で金が降ってくることになるのだ。

日本では、ソニーがデジタル・ストリーミングの大きな障害となっている。ソニーは、単にアンチ・ストリーミングという訳ではなく、どちらかというと自社でこのビジネスを牽引したいという意図が見える。しかし、ソニーのミュージック・アンリミテッドというストリーミング・プラットフォームは完全な失敗で、しばらくは維持されていたものの、今年早くにすでにサービス停止となっている。

日本でも非常に成功した携帯アプリのLineもストリーミング・サイトを開始したが、提供する楽曲が限られているので、早急に何らかの手を打たなければ、今後は衰退してしまうだろう。

日本において、ストリーミング・ビジネスへのもう一つの大きな障害は、アイドル・マネージメント会社のジャニーズ事務所だ。彼らのストリーミングへの無関心は、他よりも計算高いように見える。

また、ジャニーズ事務所は、現在、より伝統的なメディアや広告会社に対して非常に強い影響力を持っている。男子アイドルグループを作り、最高のソングライターに曲を作らせ、広く普及させることまでを一つのルーティンとして行うことができるほどだ。そのグループの曲が1曲でもヒットすれば、3000円くらいのCDを作って販売する。インターネットでは、デジタル・ダウンロードが1曲200円程度にしかならず、ストリーミングになればさらに安い版権収入しか得られないのに対し、CD販売では圧倒的に大きな収益を上げることができることになる。

さらに、他の国々ではほぼ需要がなくなってきたミュージックDVDについても、日本ではSMAPの『We are SMAP!』などが未だに8640円で販売されている。ただし、ジャニーズ事務所の影響力は海外ではほとんど無く、印刷媒体や地デジTVなど、将来を不安視されているメディアとのつながりが強い。

ではここで、アーティストにとってのストリーミングの影響を見てみよう。

ほとんどのメジャー・レーベルは、デジタル収益をCD売上と同じように捉えたがる。アメリカでのCD売上に対するアーティストの取り分は状況により大きく違うが、概ね売上の10から20パーセントの枠内に収まっている(日本では、月給制で印税も安いアイドルなどは、更に安い金額しかもらっていない)。ほとんどのレコーディング契約で、広告やTV、映画などでの二次使用料についての条項が含まれる。この場合、アメリカの契約では、二次使用料はアーティストとマスター音源の保有者(ほとんどがレコーディング・レーベルだが、日本の場合はマネージメント事務所、またはマネージメントとレーベルが同じ会社の場合もある)の間で半々に分けることになっている。

デジタル収入に対して、CD売上と同じ扱いにしたいレーベルと、デジタル収入は二次使用料だと感じているミュージシャンやそのマネージャー(10から20パーセントに対して50パーセントの収入になる)と間で軋轢が起こっている。この件に関して重要な訴訟が、2012年のソニー対所属ミュージシャンが戦い、結果ソニーが、チープ・トリック、オールマン・ブラザーズ・バンドなどに合わせて800万ドル支払いを命じられたものだ。

だが、音楽の世界も進化し続けている。

今までは、レーベルはアーティストを育てる場合、レコーディング、グルーミング(教育)、ツアーの手配やプロモーションのためにかなりの金額を事前に投資する必要があった。しかし今では、多くのミュージシャンは自宅で録音ができ、またはスタジオも限られた利用ですませることができるため、レコーディングのコストは大幅に削減されている。また、今までは新しいアルバムをプロモートするために(つまりCDを売るために)ツアーを行っていたが、CD売上が減少しているため、ライブツアー自体がミュージシャンの収入につながらなければ行けなくなった(その結果、ライブチケットの値上がりの方がCDの値段が上がるスピードよりも速くなっている)。また、雑誌や新聞の販売部数が減少して、ファンも大掛かりなプロモーションには反応しなくなり、ネット経由の口コミの方が速く広がるため、レーベルのプロモーションに対するコストも下がっている。

これでは、ミュージシャンが、自分たちのために大した金額も使っていないレーベルに、収入のほとんどを渡す必要性を感じないのも当然ではないだろうか。実際、現在多くのミュージシャンが自分のレーベルを立ち上げるか、売上のパーセンテージまたは固定費用のみで活用でき、版権を要求しないレーベル・サービス会社を使って楽曲をリリースしている。

明らかに、CDビジネスと音楽ビジネスは別ものになってきている。一部のミュージシャン、特に日本のミュージシャンにとっては、CD売上は未だ収入の大きな割合を占めるものだが、この割合が縮小するのは避けられない流れだろう。

ここでの大きな疑問は、音楽業界は、ストリーミングや、他のやり方でもよいが、以前の水準まで業界の収入を増やし、更にそれを超えることができるのか、ということだ。

◆【連載】キース・カフーンの「Cahoon's Comment」チャンネル
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