浜田麻里が、1月13日に通算25作目のオリジナルアルバム『Mission』をリリース。本作には国内外を問わない浜田の長年の盟友がゲストミュージシャンとして多数参加しており、3月からは全国ツアー<Mari Hamada Tour 2016 “Mission”>の開催を控えている。

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今回BARKSでは、幼い頃から歌うことが自分の“使命”だと感じてきたという彼女がアルバムに込めた想いや制作中のエピソードをはじめ、1994年から2001年までのライブ活動休止期、そして2015年10月の<LOUD PARK 15>出演時の裏話まで多岐にわたって話を訊いた。

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■正直言うと、すごく大変
■もうちょっとカッコよくできたのになぁっていう心残りはありますよ(笑)

――気付けば、オリジナル・アルバムとしては4年ぶりなんですよね。

浜田:そんなに経つのかなと思いますね、その間も全然休んでないものですから(笑)。デビュー30周年のときにリリースした『INCLINATION III』(2013年。新録曲も含むベスト盤)もありましたので、レコーディングもそんなに空いた感じがしていないですし。

――昨今はこれまでの単独公演とは異なる形でのライヴもありましたよね。たとえば、2014年には『SUMMER SONIC』に参加されたり、オーケストラ(日本フィルハーモニー交響楽団、日本センチュリー交響楽団)を従えてのシンフォニック・コンサートもありました。先頃はついに『LOUD PARK』にも出演されましたが、ヘヴィ・メタル系アーティストに絞り込んだフェスティヴァルに対しては、どのような心持ちだったのでしょう?

浜田:全然自分としては、不思議はない感じでしたね(笑)。特にデビューの仕方がそう(ヘヴィ・メタル・シンガーとして)でしたし、ずっと自分もそれを背負ってきている気持ちでいましたので。ただ、ここ数作のサウンドで言えば、少しヘヴィ系に傾いていましたし、自分のスタンスというかイメージとして、もう少しそちら寄りにしてもいいかなというのもありましたね、正直。

――オファーがあったときは、どのように受け止めたんですか?

浜田:ぜひと。主催が『SUMMER SONIC』と同じでしたので、あのステージが終わった時点で、「来年は『LOUD PARK』ですかね」みたいな話がすでにありまして。そのままの流れできましたね。

――そうでしたか。いずれにせよ、『LOUD PARK』においても、圧巻としかいいようのないライヴでしたよね。身近な周囲だけでも、多くの人たちが「もう言葉がない」というぐらいの称賛の仕方をしていましたし。

浜田:よかった、安心しました(笑)。正直言うと、すごく大変なんですよね。みなさんも同じ条件でしょうけど、当日はまったくリハーサルをする時間がなくて(笑)。『SUMMER SONIC』のときは、モニター・チェックができたりしたんですよ。とはいえ、ほんの1分ぐらいですけど。それもまったくなかったんですね。そこでステージに出ていって音を聴いてみたら、すべてが歪んでいるような状態だったんですよ。ほぼ自分の音程感もわからなかったし、バックの音も全然聞こえてないような。しょうがないので、たまに(イヤモニを)外しながら、どうやって聴こうかなと考えつつ、そのまま終わっちゃいましたけど。だから、その後、10日間ぐらいは鼓膜がおかしくて、今でもちょっと(ダメージが)残ってる感じがあるぐらいなんですよ。

――そこまで酷かったんですか!? 実はあの日、モニターがまったく機能していなかったという話は、ライヴ直後に伝え聞いていたんです。だからこそ、その状態であれほどまでの歌を見事に聴かせてしまう凄さに驚かされたんですよね。

浜田:いえいえ、自分としては、もうちょっとカッコよくできたのになぁっていう心残りはありますよ(笑)。ただ、一所懸命やった感がお客さんにも伝わったんだと思うんですけど、そんなに酷い評価はなかったみたいで、よかったなと思いました。

――ええ。初めて麻里さんのステージを観た多くの人が感銘を受けていたと思います。

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