現在のポップシーンが何故こんなに面白いのかを考えると、やはりこの人の存在の大きさを思わずにいられない。オーストラリア出身のシーア。マルーン5からリアーナまで、数々の大物アーティストたちに楽曲を提供してきたシンガー・ソングライターである。ポップシーンの潮流を変えた張本人のひとりと言えそうだ。

◆シーア映像&画像

以前ならポップシンガーは誰もが口ずさめる分かりやすい売れ線を歌い、シンガー・ソングライターは深みのあるシリアスな内容を歌う。と棲み分けがある程度はっきりしていたけれど、シーアがソングライターとして提供する曲は、どれも赤裸々だったり、痛々しかったり、こじれていたり、とことんエッジィだ。しかも例えばミスコンでの優勝を目指す虚しさを、あえて世界の頂点に立つ美女ビヨンセに歌わせたり(「プリティ・ハーツ」)、他の女性への嫉妬に燃える女心を、腹黒さとは無縁だったブリトニー・スピアーズに歌わせて捻りをかける(「パフューム」)。どちらもこの2人が歌ったからこそ説得力を持っていたわけで、そのシンガーの存在感を際立たせる。『グリー』の共演者であり恋人だったコーリー・モンテースを失った際に、リア・ミシェルが複雑な心境を歌にしたいと駆け込んだのもシーアのもとだった(「イフ・ユー・セイ・ソー」他)。

他にも彼女が書き下ろした曲を歌ったアーティストには、ケイティ・ペリー、シャキーラ、セリーヌ・ディオン、クリスティーナ・アギレラ、ジェニファー・ロペス、カイリー・ミノーグ、リタ・オラ、ジェシー・J、シェリル・コール、ケリー・クラークソン、ブルック・キャンディ、バーディ、オー・ランド、カーリー・レイ・ジェプセン……と挙げていけばキリがない。今やポップ系の女性アーティストでシーアと仕事をしていない人を探し出す方が難しいのではないかと思われるほどだ。


一方で、自身もシンガーとしても着々とキャリアを築いてきたシーア。2004年発表の「ブリーズ・ミー」で注目を浴びて以来、カルト的人気を誇ってきた彼女だが、2014年に発表のメガ・ヒット「シャンデリア」で遂にメジャーシーンへと浮上した。同曲がフィーチャーされたアルバム『1000フォームズ・オブ・フィアー』も、本国オーストラリアやアメリカでNo.1を記録したのをはじめ世界中で大ヒット。昨年のグラミー賞では多部門でノミネートを獲得した。


ソウルフルでパンチの効いた彼女の歌声は、フィーチャリング・シンガーとしても人気が高い。フロー・ライダーの「ワイルド・ワンズ」、デヴィッド・ゲッタの「タイタニウム」「シー・ウルフ」、エミネムの「ガッツ・オーヴァー・フィアー」、ジョルジオ・モロダーの「デジャヴ」など、数々のヒット・チューンでゲスト・ヴォーカルを担当している。


また映画界との繋がりが強いのも彼女の特徴だろう。『ハンガーゲーム2』『エクリプス/トワイライト・サーガ』『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』『華麗なるギャツビー』『ピッチ・パーフェクト2』『カリフォルニア・ダウン』…ほか多数の映画に楽曲を提供。昨年、再映画化されて話題を呼んだ『ANNIE / アニー』においては、彼女の右腕とも言えるプロデューサー、グレッグ・カースティン(ザ・バード・アンド・ザ・ビーの片割れとしても活躍)と共にサウンドトラック制作に参加。ふたりでペンを執り、主演の子役クワベンジャネ・ウォレスが歌った「オポチュニティ」はゴールデングローブ賞でノミネートを獲得した。さらに余談だが、昨年ゴールインしたお相手もドキュメンタリー映画の監督(エリック・アンダース・ラング)。夫婦による映画プロジェクトも今後は期待できそうだ。

さて、そんな彼女が約1年半ぶりに完成したのがニュー・アルバム『ディス・イズ・アクティング』である。前作『1000フォームズ・オブ・フィアー』の時には、「“ダイアモンズ”はリアーナにあげることができたけれど、“シャンデリア”は私が歌わなければならなかった」と、自分で歌うことへの拘りを力説していたが、新作でのムードはいささか違っている。むしろ逆方向を向いている。

「収録されている曲のほぼ全てが、私が他のアーティストのために書いたけれど、採用されなかった曲。私というより、他人の視点で書かれているの。それを私が歌っているからアルバムには『ティズ・イズ・アクティング』というタイトルが付けられている。リアーナ、ケイティ・ペリー、アデル、シャキーラ、ビヨンセ、デミ・ロヴァート……様々なビッグ・アーティストのために書いた曲よ」──シーア

中でもリアーナのためには多数の曲を書き下ろしたそうで、「ここ1~2年はリアーナの新作のために曲作りをしていたようなもの」と言って彼女は笑う。リアーナの新作も電撃リリースされたが、シーアの新作には、そのアルバムからもれたリアーナ曲も幾つか収録されている。その1曲、「チープ・スリルズ」は如何にもリアーナらしいダンスホールのリズムにトロピカル・ハウスの爽やかさも加わった痛快なクラブバンガー。一方、「リーパー」にはリアーナの新作の監修を務めるカニエ・ウェストの名もクレジットに認められる。「ええ、曲作りのセッションには彼は一度も来なかったわ。でも共作者になっているのって凄いでしょ」と言って豪快に笑う。

歌うアーティストが大物になればなるほどヒットも大きくなるわけで、ソングライターの懐も潤う。決してシンガーの悪口や暴露話はしないというのが本来ならば暗黙の了解のはずだが、シーアには怖い物なし。なんでもズケズケ言ってのけるのが痛快そのものだ。それだけアーティスト側も彼女には頭が上がらないということだろう。こちらとしては業界の裏側が窺い知れるのは、非常にありがたい。

ビヨンセを想定して書かれた「フットプリンツ」というナンバーも収録されている。ビヨンセの曲作りの方法は、前作の制作時には世界のトップ・クラスのソングライターたちがニューヨーク郊外のハンプトンに集められ、それぞれの部屋で一斉に作業にあたったそうだ。そしてシーアが書き上げたのが前述の「プリティ・ハーツ」だったわけだが、「25曲作って採用されたのは1曲だけよ、ビックリじゃない?」と、またもやズケズケ。「だから1~2曲くらい返してもらってもいいでしょ」と笑い飛ばす。


カニエとの共作のようなヴァーチャル・コラボとは異なり、リアルな共作曲も収録された。リード・シングル「アライヴ」は、アデルと同じ部屋で、膝を突き合わせて生まれたナンバーだ。しかし、そのセッションでは、いつものような自分らしさを十分に発揮できなかったと反省する。つまり上手くアデルの心境にチャネリングすることができなかったそうだ。そう言われれば、その曲はアデルよりも、絶叫調で歌うシーアの方がしっくり馴染むという気もする。とにかく悲壮ともいえるヴォーカルが、シーアらしさ全開だ。

そしてこの曲「アライヴ」の誕生秘話というのがこれまた面白い。

「そもそもこの曲のインスピレーションは、テレビのリアリティ番組『アメリカズ・ネクスト・トップ・モデル』から得たもの。前シーズンに出演していた美しい青年が言っていた“僕のこれまでの人生は辛かったけど、それでもまだ息している“という言葉にすごく感銘を受けたの。彼の言葉を書き留めておいて、曲のフレーズに使ったわ。曲作りをする上でリアリティ番組の恩恵にあずかるところはとても大きいんじゃないかしら(笑)。テレビやネット無しの生活なんて私には想像もできないくらいよ」

天才ソングライターの口からリアリティTVなどという俗っぽい言葉が飛び出しただけでも驚かされるのに、さらにそれがインスピレーションであり、素晴らしい曲を生み出すきっかけというのだから恐れ入る。一見奇妙なようだが、彼女の曲が皆から支持されヒットする理由は、そんなところにあるのかもしれない。一般庶民の感覚と、ディーヴァたちの浮世離れした感覚とを結ぶ、唯一の架け橋とでも言えようか。そんな稀有な立ち位置がシーアをヒットの達人に仕立てているのだと思われる。


しかし、ご存知のように彼女自身は決してセレブライフや名声に憧れているわけではない。ステージに立つ時、テレビ出演時には必ず大きなウィッグを被って、顔を隠すことを忘れない。匿名性を維持しようと常に努めている。

「これまでビッグスターたちと一緒に仕事をしてきた中で、彼女たちの大変な生活はたっぷり見てきたわ。でも私にはそんな生活は無理」とキッパリ。「スーパーで気兼ねなく買い物したいわ」と本音を漏らす。とはいえ、顔を隠すことで逆に注目度が高まっているのも事実ではあるのだけれど。ともかく彼女がスーパーで買い物ができる限り、ディーヴァたちはエッジィな曲を歌えて、ポップシーンもますます活性化するというウィン・ウィン状態。それに、ひとりくらい顔を隠した奇妙なポップスターがいてもいいだろう。しばらく休んでいたツアーを、そろそろ再開したいという彼女。ライヴでは一体どうするつもりなのか、それも気になるところだ。

文:村上ひさし

『ディス・イズ・アクティング』


2016年2月3日発売
SICP-4624 2,200円+税 日本盤解説&対訳つき ボーナス・トラック3曲収録
1.バード・セット・フリー
2.アライヴ
3.ワン・ミリオン・ブレッツ
4.ムーヴ・ユア・ボディー
5.アンストッパブル
6.チープ・スリルズ
7.リーパー
8.ハウス・オン・ファイア
9.フットプリンツ
10.スウィート・デザイン
11.ブロークン・グラス
12.スペース・ビトウィーン
13.アライヴ(AFSHeeN Remix)※日本盤ボーナス・トラック
14.アライヴ(Boehm Remix)※日本盤ボーナス・トラック
15.アライヴ(Cahill Remix)※日本盤ボーナス・トラック

2016年1月29日配信開始
https://itunes.apple.com/jp/album/id1055074478?at=10l3PY