【インタビューVol.5/5】ウリ・ジョン・ロートと1990年代

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8月31日に発売となった映像作品/CD『トーキョー・テープス・リヴィジテッド~ウリ・ジョン・ロート・ライヴ・アット・中野サンプラザ』で、ウリ・ジョン・ロートはまさしく“天空”を思わせるギター・プレイを聴かせている。

◆ウリ・ジョン・ロート画像

そんなウリの比較的知られていない時期が1980年代後半から1990年代前編にかけての“隠遁期”だ。実際には音楽に関わり続け、大規模なライヴ出演も果たしていた彼だが、何度目かの黄金期を迎えようとしているウリの復活への突破口となった時期について、本人の口から語ってもらおう。

──あなたがスコーピオンズを脱退して結成したエレクトリック・サンの2作目『ファイアー・ウィンド』(1981)には組曲「エノラ・ゲイ」が収録されています。日本のファンにとっては特別な意味を持つ作品ですが、どのような所からインスピレーションを得たのですか?

ウリ・ジョン・ロート:私にとっても「エノラ・ゲイ」は特別な曲だよ。私が子供の頃、父が16ミリ・フィルムを持っていたんだ。第二次世界大戦でドイツ軍の戦闘機が敵機を撃ち落とす映像もあったし、広島への原爆投下の映像もあった。それが凄い衝撃だったんだ。それから1979年だったか、原爆が投下された日に、新聞で広島についての記事を読んだんだ。衝撃を受けて、思わずギターを手にとった。その瞬間、飛行機が空を飛んでいく光景が目の前に浮かんだんだ。そして最後に、日の出を背景にしながら、寺院の門が開くヴィジョンが見えた。鐘が鳴り、母親が泣きむせぶ…この物語は四部構成で語られなければならない…と確信した。あっという間に曲が仕上がってしまった。それが組曲「エノラ・ゲイ」だった。その日のうちに全4部構成のうち3部が完成してしまったんだ。

──あなたはコマーシャリズムやセールスから解き放たれた活動を求めてスコーピオンズを脱退したとのことですが、『アストラル・スカイズ/天空よりの使者』(1985)からは「天空よりの使者」がシングル・カットされ、ミュージック・ビデオがMTVでオンエアされたりもしましたね。

ウリ・ジョン・ロート:うん、でも別にそれは金儲け主義に走ったのではなく、単にビデオを作ってみただけだ。そのビデオをMTVが流したいというから、許可したんだよ。ロンドンのスタジオで2日間で作った低予算ビデオで、今では古ぼけて見えるという人もいるけど、当時は悪くない感じだったんだ。本当はもっとコンセプチュアルでストーリー仕立てのビデオにしたかったんだけどね。

──1990年代初めにMTVで人気だった『ビーバス&バットヘッド』の番組中で「天空よりの使者」のビデオが流され、「このビデオ、最悪!」と酷評されていましたが、そのエピソードは見ましたか?

ウリ・ジョン・ロート:ああ、見たよ。爆笑してしまった。まあ『ビーバス&バットヘッド』はどんなビデオだって貶すんだし、真に受けてムキになるミュージシャンは少なかったんじゃないかな。むしろ絶賛されたら「…何故?」と首を傾げるよね。裏があるんじゃないかって(苦笑)。アルバムが出てもう5年ぐらいしてから突然「ビデオ、見ましたよ!」と大勢に言われるようになったんだ。当時あの番組は大人気で、ひとつの現象といえるほどだった。

──1990年代初頭、あなたはどんな活動をしていたのですか?

ウリ・ジョン・ロート:アルバムを発表せず、長期のツアーもしなかったから、“消えたミュージシャン”扱いされていた。でも実際には曲も書いていたし、現在の『スカイ・アカデミー』にも通じる内面の探求もしていた。決して消えてなんていなかったんだよ。

──1990年代初めにはジミ・ヘンドリックス・トリビュート・ライヴも行っていますね。

ウリ・ジョン・ロート:うん、1回目は1990年、元スコーピオンズのルディ・レナーズのバンド、サッチ・ア・ノイズとの共演という形で、ベルギーのブリュッセルでやったんだ。2回目は1991年にドイツのテレビで収録されたイベントで、ジャック・ブルースやサイモン・フィリップス、ジョン・ウェットン達が参加したよ(『ジミ・ヘンドリックス・トリビュート』としてビデオ/レーザーディスク化)。

──ジャック・ブルースとは何度も共演していますが、それはどんな経験でしたか?

ウリ・ジョン・ロート:私はクリームのファンだったし、ジャックと出会うことができたのは眼を開く経験だった。ジャックとは友達だったし、トータルで20回ぐらい一緒にプレイしたことがある。彼は純粋な才能を持ったユニークなミュージシャンだった。お互いの家に泊まったこともあるし、親しい間柄だったよ。彼の最後のアルバムとなった『シルヴァー・レイルズ』でもプレイしているんだ。ロンドンのアビー・ロード・スタジオで会って、いろいろ話したよ。とてもリラックスしていて、ハッピーに見えたけど、体力が衰えているのはわかった。ジャックと奥さん、そしてシンディ・ブラックマン・サンタナとディナーをしたよ。その時が最後となってしまったんだ。「じゃあ、またね」と挨拶をしたとき、もう会えないんじゃないかって予感がした。彼みたいな人は他にいないし、もう二度と現れないだろうね。ジャックがいなくなって淋しいよ。

──1993年の『シンフォニック・ロック・フォー・ヨーロッパ』について教えて下さい。

ウリ・ジョン・ロート:1993年にブリュッセルで行われた、ヨーロッパ統合を祝うコンサートだったんだ。フル・オーケストラと共演したのは、あの時が初めてだった。ヴィヴァルディやメンデルスゾーン、ベートーヴェンの曲をモチーフに、自分のオリジナル曲も交えながら、ギター・ヴァージョンにしていった。編曲をするのに2年間かかったんだ。1990年代前半には5回しかライヴをやっていないけど、そのうちのひとつで、3時間におよぶ意欲的な大曲を演奏するのは困難な作業だったけど、アーティストとしてとても満たされた、ハッピーな気分になった。私の人生において最も幸せな瞬間のひとつだったよ。ただ、100%満足できるものではなく、撮影はしたものの、作品としてリリースすることには許可を出さなかったんだ。それでもこのイベントの後、レコード会社が列を成して契約をオファーしてきた。そんな中から日本のゼロ・コーポレーションと契約したんだ。

──1995年から『天空伝説/レジェンズ・オブ・アヴァロン』という三部作を制作すると発表されましたが、その序章でダイジェストの『プロローグ/天空伝説』(1995)のみで頓挫してしまったのはどんな事情があったのでしょうか?

ウリ・ジョン・ロート:『天空伝説』はコンセプトが完成して、かなりの曲を書いていたんだ。第1部『ソルジャーズ・オブ・グレイス』、第2部『Europa Ex Favilla』に続く第3部として、広島でオーケストラとの共演コンサートをやるオファーを受けた。それで交響曲「Hiroshima de Profundis」を書き始めたんだ。かなり多くの曲を書いたよ。約1時間の大曲になった。でもそんな矢先、日本人のスポンサーが自動車事故で亡くなってしまったんだ。それでコンサートは中止になり、レコーディングもしなかった。序曲だけが『天上の至楽』(2000)に収録されているよ。リズ・ヴァンダルのヴォーカルは本当に美しいけど、フル・ヴァージョンを完成させられず、レコーディングできなかったのが残念でならない。ただ、それが運命というものなのかも知れないな。その時期(1996年)、私のパートナーだったモニカが亡くなったこともショックで、あらゆる作業がストップすることになった。

──新作アルバムの予定などはありますか?

ウリ・ジョン・ロート:ここ数年、新しい音楽を書いてきたんだ。2016年内にはレコーディングに入りたいと考えている。『Midnight Prayers』というアルバム・タイトルにするつもりだ。14~15曲を書いているけど、全部がアルバムに収録されるかはわからない。『スコーピオンズ・リヴィジテッド』(2015)はセルフ・カヴァー作だったから、新曲のアルバムは久しぶりなんだ。きっと良いものになるから、楽しみにして欲しいね。

──2015年の来日時にセミナー『スカイ・アカデミー』が開催されましたが、今後も継続して行っていく予定ですか?

ウリ・ジョン・ロート:そのつもりだ。ただ『スカイ・アカデミー』で講義したいことはとてもディープな題材で、2~3時間で教えることなどできはしない。東京でやったのは短時間のイントロダクション的セミナーだった。いずれもっと長いコースを開講したいね。さらに今、『スカイ・アカデミー』の講義内容を本にまとめようとしているんだ。そうすれば私の主張を本で繰り返し読んでもらえるからね。既に500ページを突破しているんだ。

──あなたの活動において“スカイ・ギター”や“スカイ・オブ・アヴァロン”“スカイ・アカデミー”など、“スカイ=空”が重要なキーワードとしてしばしば登場しますが、その意味は何でしょうか?

ウリ・ジョン・ロート:“空”はポジティヴで高度な次元を象徴するんだ。スピリチュアルな次元であり、中国の古典にまで遡ることができる。孔子は“天子=空の息子”だった。もちろん中国と日本では解釈が異なるし、ヨーロッパではさらに異なった思想がある。でも世界のあらゆる思想において“空”は重要な位置を占めているんだ。それは私自身にとって、とてもリアルなものだ。ここにあるテーブルよりもリアルだよ。手で触れることがなくとも、スピリチュアルな面で触ることができるんだ。

──2015年からスコーピオンズの過去作品の再発作業が進んでいますが、あなたはスコーピオンズ時代のアウトテイクや未発表音源を持っていますか?

ウリ・ジョン・ロート:家に何本もオープンリール・テープがあるし、おそらく未発表音源も入っていると思うけど、何年も箱を開けてすらいないし、何が入っているかわからないんだ。ただ言えるのは、未発表曲は期待しない方がいいということだ。私がいた頃のスコーピオンズはアルバム用の曲を書いて、それだけレコーディングしていた。アルバムに収録されない曲を完成させることはほとんどなかったんだ。おそらく大半はみんなが知っている曲のデモやリハーサル・テイクだろうね。TEACの4トラック・テープに録音されているものが多いかな。とはいえ、私自身はあまり乗り気ではないんだ。アルバムに収録されているヴァージョンより良い出来ではないだろうし、ホコリまみれのテープを掘り起こす作業は楽しくもなさそうだからね。しかもおそらく、テープを聴けるようにするためにベーキングしなければならないだろう。まあ、誰かにやって欲しい。それよりも私は新しい音楽への情熱でいっぱいだよ。

取材・文 山崎智之
Photo by Mikio Ariga


ウリ・ジョン・ロート『トーキョー・テープス・リヴィジテッド~ウリ・ジョン・ロート・ライヴ・アット・中野サンプラザ』

2016年8月31日 発売
【500セット通販限定スーパー・プレミアムBlu-ray or DVDボックス】¥18,000+税
【初回限定盤Blu-ray+2CD】¥7,800+税
【初回限定盤DVD+2CD】¥6,800+税
【通常盤Blu-ray】¥6,000+税
【通常盤DVD】¥5,000+税
2015年2月20日 中野サンプラザ
1.オール・ナイト・ロング
2.炎を求めて
3.クライング・デイズ
4.カロンの渡し守
5.サン・イン・マイ・ハンド
6.ヴァージン・キラー
7.荒城の月
8.空を燃やせ
9.イン・トランス
10.レインボー・ドリーム・プレリュード
11.フライ・トゥ・ザ・レインボウ
12.トップ・オブ・ザ・ビル
13.自由への叫び
14.暗黒の極限
15.ダーク・レディ
16.幻の肖像
17.キャッチ・ユア・トレイン
18.見張塔からずっと
19.リトル・ウィング
2015年2月19日 名古屋ボトムライン
1.オール・ナイト・ロング
2.炎を求めて
3.クライング・デイズ
4.カロンの渡し守
5.サン・イン・マイ・ハンド
6.ヴァージン・キラー
7.荒城の月
8.空を燃やせ
9.イン・トランス
10.レインボー・ドリーム・プレリュード
11.フライ・トゥ・ザ・レインボウ
12.トップ・オブ・ザ・ビル
13.自由への叫び
14.暗黒の極限
15.ダーク・レディ
16.幻の肖像
17.キャッチ・ユア・トレイン
18.見張塔からずっと
19.リトル・ウィング
2015年2月22日 梅田クラブクアトロ
1.オール・ナイト・ロング
2.炎を求めて
3.クライング・デイズ
4.カロンの渡し守
5.サン・イン・マイ・ハンド
6.ヴァージン・キラー
7.空を燃やせ
8.イン・トランス
9.レインボー・ドリーム・プレリュード
10.フライ・トゥ・ザ・レインボウ
11.トップ・オブ・ザ・ビル
12.イエロー・レイヴン
13.自由への叫び
14.暗黒の極限
15.ダーク・レディ
16.荒城の月
17.幻の肖像
18.キャッチ・ユア・トレイン
19.ヘルキャット
20.見張塔からずっと
21.もしも もしも
22.リトル・ウィング

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