【レポート (後編)】<マニピュレーターズ・カンファレンス>、「シンセサイザーを“作る”ということ」

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■最終的な音の出口をシミュレーションすることで
■実現した“生々しさ”──Mai Tai

続いて、DAWソフトPreSonus「Studio One」付属のソフト・シンセ「Mai Tai」のレクチャーへ。先に紹介されたSynthmasterが、ありとあらゆる機能をすべて投入したタイプであるのに対して、Mai Taiは、2オシレーター/1フィルターという、極めてシンプルな構成のアナログ・モデリング・シンセサイザーだ。しかしながら、とてもきめ細かな音作りがたくさんでき、理解しやすいという、実用性の高いシンセとなっている。

中でも、3つあるエンベロープに、それぞれディレイをかけられたり (これにより、トリプル・アタックのサウンドを作り出せる)、一般的にはひとつしかないLFOが2基も搭載されているなど、細部に渡って生方氏のアイデアが反映されている。そして、最大の特長は、「Character」というパラメーター。アナログ・シンセをモデリングするにあたり、出力アンプ回路の“癖”を、ここでシミュレーションできるのだ。

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生方:アナログ・シンセって、電子楽器である以上、最終的な音の出口にどんな回路を使うのかによって、出音が決まります。ほとんどのソフト・シンセは、音源部をシミュレーションしていて、だから音はすごく似ているけど、あまり生々しさが感じられない。それは、音の出口のシミュレーションをしていないからなんです。
藤井:ということは、このソフト・シンセも、生方さんがプロデュースしたんですか? それとも、プリセット音色を作った?
生方:音色を作りつつ、仕様に注文をつけました。結局、誰かが音色を作ってみないと、注文も出てこないわけです。使い込んで、そこで初めて改善点が見えてくる。だから、不具合を探すのではなく、前向きなバグ出しですね。「こうした方が、もっとよくなるよ」と。そうしたフィードバックを得て、製品が完成に至るわけです。
藤井:そうした作業や、そもそもソフト・シンセを作る作業って、自宅でやるんですか? それとも、工房のようなところで?
生方:彼らは自宅でやっていました。僕も、自宅で作業しましたね。たとえば、プリセット音色の「21 cntury synth Box」っていう、クラフトワーク「AUTOBHAN」の音色は、私が作ったんです(笑)。そもそも、Mai Taiのプリセット音色を手がけるようになったきっかけも、実はKV331 AUDIO絡みなんです。KV331 AUDIOの社長が、PreSonusに私を紹介してくれて、ドイツのMai Taiチームから誘いを受けたというわけです。実際の開発は、ドイツ人のエンジニアが、1人でやっていました (※PreSonus自体はアメリカのメーカー)。
藤井:DAWに、ここまでクオリティの高いソフト・シンセが無料で付属されるようになったのって、ここ数年ですよね。それにStudio One付属のたソフト・シンセも、最初は「Mojito」でしたよね?
生方:そうです。どんどん (付属ソフト・シンセが)増えていったんですよ。
藤井:しかも、「Mojito」も「Mai Tai」も、どっちもカクテルの名前で(笑)。
生方:きっと開発チームに、酒好きがいるんでしょうね(笑)。

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ここで質疑応答へ。参加者から、「ソフト・シンセは、音作り自体が楽しくない。実際にツマミを回す方が、調整もしやすいし、楽しさがある。もっと汎用性の高いフィジカル・コントローラーと簡単にマッチングできるようにならないか?」といった質問が飛んだ。

これに対し生方氏は、フィジカル・コントローラーを大量に集め、すべての機能を各ツマミにアサインすれば、それは不可能ではないことを説明したうえで、「でも、ツマミにするということは、シンセを限定的にすることなんです」と続けた。

「確かに、ツマミで音色を作ってく作業は、楽しいですよね。ただ、そのためには絶対に妥協が必要です。ツマミがあるということは、機能に限界があるということですから、その範囲内で満足しなければいけない。一方で、機能に制約がないソフト・シンセであれば、音作りの可能性は無限。そのどちらをとるか。両方を手に入れることは、永遠に叶わないんです」──生方

さらに話題は、タブレットからVRへと、制作環境の未来像にまで及んだ。

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生方:タブレットは、画面に制約があるのと、鍵盤もないし、データ入力スピードの限界もあるので、たとえば、プレイヤー的な操作はタブレットで行って、音色を作る部分はパソコンでといったように、使い方が別れてくるんじゃないかと思います。パフォーマンス用途として、タブレットも使われ始めていますが、CPUパワーを考えても、すべてをタブレットでカバーするというのは、まだまだ実現的ではありません。理屈としては、可能なんですけどね。
藤井:そういったことを考えていくと、そもそもソフト・シンセって、パソコン時代までのもかもしれませんね。ただ結局、どんどんタブレットの時代になっていくわけで、ここから先どうなっていくか?ですよね。
生方:それはもう、SF映画のような3Dホログラムですよ。
藤井:ああ、確かに最近、バーチャル・スタジオという技術が実際にありますよね。VRゴーグルをかけると、目の前にスタジオ出てきて、そこのアウトボードを使うかとか、ニーヴのコンソールを使えるとか。だから、タブレットうんぬんというよりも、未来はVRなのかもしれませんね。
生方:たぶん、VRですよ。
藤井:ただ、そこにいくまでの間がどうなるか。VRにいくまでには、まだちょっと時間はかかりそうですね。

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■鍵盤が決めた音程に従う必要がない。
■自由でいられるという素晴らしさがこの楽器にある──Theresyn

そして本レクチャー最大の目玉である、生方氏が自身でプロデュースし、開発/製造まで手がけた新楽器「Theresyn (テレシン)」が登場した。Theresynはシンプルなテルミンの機能と、1VCOのアナログ・シンセを一体化させたもの。テルミンの音源部で生成されるピッチを内部でCV変換し、それでアナログ・シンセのピッチをコントロールするという仕組みになっている。

「私もかつては、モーグEtherwave Thereminなどを使って、そこからCV/GATEを出して外部シンセをコントロールしたり、それにエフェクトをかけたりしていました。でも、だんだんいろんな機材を持ち歩いたり、つなげたりするのが面倒になって(笑)。そもそも、なぜテルミン単体ではなく、外部シンセにつないで演奏するようになったのかというと、テルミンという楽器は、基本的には音程と音量をコントロールするだけで、音色は、ほんの少ししか変えられないんです。それで1~2時間のコンサートをすると、何より自分が飽きるんですよ(笑)。じゃあ、すべてを1台にまとめた楽器にしてやろうと、3年ほど前にこれを作り始めました」──生方

▲Theresyn正面。シンセ部のオシレーター・ピッチを固定し、フィルターだけをコントロールすることが可能。これにより、ディジリドゥやホーミー的なニュアンスを表現できる。さらにテルミン部のオシレーターをミックスし、シンセサウンドにノイズ的な要素を加えたプレイもおこなえる。

▲左側面。ボリューム・コントロール用アンテナを外した状態。タッチ・パッドにより、スタッカート奏法が可能。また、パッドを押す力でフィルターもかけられる。

▲右側面。100%ハンドメイドで、プレ・シリーズ10台はウォールナット材で製造予定。現状、価格帯は2000ユーロ前後を想定し、廉価モデルの開発構想もあるとのこと。

▲背面。生方氏が考案したという、アールヌーボーからヒントを得たという印象的なデザイン。共鳴弦はインド楽器の専用弦が使用されているが、ギター弦でも代用可能だ。

そのスタンダードなテルミン部にも、数多くのユニークなアイデアが投入されている。まず、「テルミンで速弾きがしたい」という奇想天外な発想から、生方氏は通常のテルミンとは逆に、横に伸びるアンテナに手を近づけると音が鳴る仕様に変更している (通常のテルミンは、アンテナに手を近づけると音量が下がり、アンテナに触れると音が止まる)。こうすることで、アンテナを軽く指で叩くようなニュアンスで、リズミカルなスタッカート奏法が可能となるのだ。さらには、アンテナの下にタッチ・パッドを装備させ、これを触ることで発音する仕組みよりピチカート奏法も実現。しかも、タッチする強さでフィルターがかかるよう工夫されており、これらの機能を駆使したデモンストレーション演奏に、会場からは驚きの声が上がった。

「もともとテルミンって、チェロのメタファーなんです。“電子的なチェロを作りたい”という発想から生まれた楽器です。でも、チェロならピチカートができますよね。それなら、テルミンもピチカートができた方がいいなって思ったんです(笑)」──生方

さらに注目は、本体背面に張られている、インド楽器のシタールに通じるジャワリ・ブリッジ (共鳴弦)。この弦が、本体内蔵のスピーカーによって共鳴する仕組みになっている。

「2016年5月にインドまで行って、ジャワリをどう作るのか、現地の楽器職人に教えてもらいました。この弦はチューニングも可能で、クロマチックに合わせてもいいけど、ある音階にチューニングしておくと、Theresynを一瞬鳴らしただけで、ある音階を弦で鳴らすことができるんです。これはおそらく、人類未踏の楽器だと思います。だって、共鳴弦を持った電子楽器って、存在しませんから(笑)。共鳴させる際に、シンセ部で倍音が豊かなノコギリ波を選んでおくと、とても美しい共鳴音が鳴るんです」──生方

これらの斬新なアイデアを融合させ、仕様と外観を生方氏がデザイン。その仕様に基づいて内部電子回路を設計したのは、ARTURIA「MiniBrute」と同じフランス人エンジニアだそうで、組み立てはイタリアで行われているという、日仏伊による合作。こうして完成したTheresynは、現在、世界で3台のみで、生方氏と親しいテルミニストによって、実際に演奏で使用されているそうだ。そこで得た意見をフィードバックさせ、まずはプレ・シリーズとして10台の生産が予定されており、2017年中の正式発売 (シリーズ化)を目指しているという。

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藤井:いろんな理想を求めていった結果、遂に理想を作ったというわけですね。それが、この形だったと。
生方:私はある時期から、鍵盤の音程に魅力を感じなくなってしまったんです。ヤマハDX7がマイクロチューニング機能を採用したあたりから、平均律ではない音階に魅せられるようになった。そして今も、京都に在住で、微分音が出るオルガンを自分で作って演奏している冷水ひとみさんという作曲家・微分音研究家がいて、すごく興味を持っているんです。そして遂に、最終的に“無音階”へたどり着いたわけです。「音程は自分で決める」と(笑)。それとシンセが結びついた形が、このTheresynなんだと思います。私はピアノを長くやっていましたけど、ピアノって、極論を言えば強弱とオン/オフだけじゃないですか。ビブラートすら、ピアニストは自分でかけられない。そこが不満で。こうやって、常に文句を言ってるわけですよ(笑)。
藤井:どんどん自由になりたい。常にそこを求めているんですね。自由でありたいという想いが、MiniBrutenになり、Synthmasterになり、Theresynになった、と。
生方:MiniBrutenは、その典型ですね。「このサイズのシンセは、この程度の物だろう」という概念を、すべて否定したかった。モジュラーで実現できることが、小さいからといって、できないはずはない。どうして小さかったらダメなんだという反抗心です。Synthmasterに関しては、「ここまでできるなら、これもできるはずだ」という発想でしたね。

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そして生方氏は、最後にTheresynについて、このように語った。

「モーグ博士の映画『MOOG』 (2005年)を見ると分かりますが、あの方は、テルミンにすごくこだわりを持っているんですよ。もしかしたら、シンセにも鍵盤ではなく、もっと自由なコントローラーを付けたかったんじゃないかなって思うんです。実際に、モジュラー・シンセには、鍵盤よりも先にリボン・コントローラーが採用されていますよね。つまりそれだけ、テルミンって、すごく自由な楽器なんです。メロディも弾けるし、音階を弾かなくてもいい。ものすごい音程差のポルタメントも一気にかけられるし、デタラメに鳴らした直後に、すぐに音楽に戻れる。これだけの急激な変化をつけられる楽器って、他にありません。しかもTheresynは、まさに自分が歌うかのように、シンセを奏でられます。相当の訓練は必要ですが、鍵盤が決めた音程に、自分が従う必要がない。自由でいられるという素晴らしさが、この楽器にはあるんです」──生方

撮影・文◎布施雄一郎


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