【ライブレポート】秦 基博、「まずは今は、できることの中で、みなさんに歌を届けられるように」

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秦 基博が8月27日、自身初の無観客配信ライブ<Hata Motohiro Live at F.A.D YOKOHAMA 2020>を神奈川・F.A.D YOKOHAMAより開催した。先ごろ公開したオフィシャルレポートに続いて、詳細レポートをお届けしたい。

◆秦 基博 画像

“原点”と、“現在地”。秦 基博のたったひとりでの演奏をPCのモニター越しに堪能した1時間強。その間、自分の頭の中には、このふたつの言葉が何度かよぎった。とても静かで、誠実で、それでいて熱量のあるライブ。と同時に、彼が歩んできた道のりの長さを感じさせるものでもあったのである。


今回の配信ライブの会場となったF.A.D YOKOHAMAは、横浜の中華街の外れにあるライブハウス。スタンディングだと380人を収容できるこのハコは、たとえば秦と同じく神奈川を拠点に活動を始めた9mm Parabellum Bulletのようなロックバンドもよく登場する店で、熱気であふれ返る空間になることも多い。その一方でF.A.Dはソロ・アーティストの活動もサポートしていて、秦にとっての音楽活動の出発点となった場所である。だから彼のファンでここに足を運んだことがない人でも、その名はよく耳にしていると思う。

だから……そんなライブハウスに立った秦が「シンクロ」のイントロを弾きはじめた時、僕は“ああ、原点なんだ”と思った。アーティストとして芽吹く前の時代を過ごした場所でひさしぶりに演奏するのに、まず最初に選んだのがこのデビュー曲。それもアコースティックギターの弾き語りだ。当たり前だが、ステージ上には一人分のセッティングしかされていない。もはや大人の年齢になった彼だが、この瞬間は自身の長い時間をさかのぼるような感覚があったのではないだろうか。

2曲目の「フォーエバーソング」でファルセットに近い声を響かせた秦は、チューニングをし、水を飲んでから、少しだけ話をした。

「ふだん、なかなか、この横浜という場所に来れない方も含めて、このライブハウス、F.A.Dの雰囲気を存分に味わって、楽しんでいただけたらなと。そんなふうに思ってますので、最後までよろしくお願いします」

その言葉通り、この夜の配信の映像は、たしかにライブハウスの雰囲気を楽しめるものにもなっていた。オープニングは店のエントランススペースに掲示したボードが映され、その手持ちのカメラは店内に入り、薄暗いフロアからステージ前景を見せた。照明機材やスピーカーの中での秦は、あの店の低いステージに立っている。もっとも、歓声も拍手もない無観客ライブなので、そこは特殊ではあるが。ともかく漆黒の空間が、じつにライブハウスらしい。


続く「色彩」も素晴らしい演奏だ。そしてこうした配信ライブでは、ツイッターのハッシュタグ(このライブでは #秦基博FAD)とともにファン同士のつぶやきを追いながら見るのも楽しみのひとつで、この序盤では「懐かしい」「昔を思い出す」といった類の感想が多く見られた。秦のファン層は幅広い世代にわたっているが、今夜この配信を見ている中には昔からのファンも多そうである。

そしてここで秦が語ったことは、僕の感じた“原点”ということを示唆するものだった。

「無観客というこの配信ライブも、僕もほぼ経験がない状態で。で、お客さんがいない感じって、どういう感じなのかな?と。もちろん画面を通して、みなさんが聴いてくれているのはわかるんですけども。その雰囲気、どうかな?と……思ったんですけど。でも18歳の時に初めてこのF.A.Dのステージに立った時ってほぼ無観客だったんで、そういう意味では変わんないかな、って」

やはりこの静寂の中のライブは、2006年にデビューするよりもはるか以前の感覚を秦に呼び起こしていたようだった。たしかにアマチュアのライブは、よほどの人気バンドでもない限り、お客さんが少ないのが当たり前。彼も会場のフロアがスカスカの状態での演奏を幾度も重ねたのだろう。そして秦は当時のことをこう回想した。

「(当時ライブの出演前に)自分がリハしてる時って、だいたい客席にその共演者の人がいるんですね。そん時、若干トガってますから、口とかきかない感じで、ちょっとツンケンして。で、楽屋帰って。しばらく時間があって、「本番です」と言われて、出て行ったら、(フロアを指さしながら)ほんと、共演者の人しかいないんですね。リハとほぼ同じ状況。だから2回まわしやってるみたいな感覚になって。だから……その時の気持ちを今、非常に思い出してます。そういう意味では、もう、ホームな感じで(笑)、慣れ親しんだ感じでやれてるんじゃないかなと思いますけど」

このMCは、こちらを画面越しに笑わせながらも、秦の苦闘の時代を想像させるものでもあった。共演するバンドと口もきかないほど突っ張っていたこと。当時は自分についてくれるお客さんさえいなかったこと。そこでの孤独感、寂寞感に対して、つい「ホーム」と表現するくらい、なじんでいたこと……。


そこで僕は7月にこのBARKSで秦にインタビューした時の言葉を思い出した。2017年のデビュー10周年記念の横浜スタジアムでのライブを振り返った際、彼は「F.A.D YOKOHAMAによく出てたんで、関内駅からハマスタの横抜けて、中華街のほうに歩いて行ったりしました」と語っていたのである。きっとバイト終わりで、ひとりでギターを抱えてJR関内駅からの長い階段を降り、横断歩道を渡って球場の脇を通過しながら歩いたであろう1kmちょっとの距離。それは明日が見えない音楽活動をする日常の、たしかなワンシーンだったはずだ。あえてクサい表現をするなら、それは秦が夢を追いかけた青春時代のことだった。

こうなるといろいろなことが思い起こされ、さらにグッと来てしまった。秦はデビューしてからわずか2年4ヵ月で日本武道館でのワンマン公演を実現させていて、当時その早さは話題になったほどだった。今では言うまでもなく、多くの人々が知るほどのヒットソングを持つ優れたアーティストである。そんな彼の原点は、まさにここ……この小さなライブハウスであり、信じられるのは自分の歌声とアコースティックギターを使っての演奏だけだった。応援してくれる存在も少なく、おそらくは周囲の友人たちが進学や就職を決めていく中で、自分の道を進むしかない、という意志のみでやっていたのだろう。

思えばこの日の、白いTシャツ(F.A.Dとのコラボ商品とのこと)、スラックス、スニーカーというシンプルな服装なんて、たぶんその当時とそう変わらない組み合わせだろう。秦はこの場所で、現在のマネージメントのスタッフに見出されるまでの決して短くない時間を過ごし、戦っていたのだ。

「その時も自分で曲を書いて、ひとりで弾き語りでステージに立ってたわけですけども。その時にもやっていた曲があるので、聴いていただこうと思います」

そう言って演奏された「恋の奴隷」は、せつないラブソングだ。自分を“欠陥品”“恋の奴隷に”と唄うこのフォークソングは、彼のディープな一面を表した歌でもある。こうして聴くと青春期にこそ書けた歌で、その青くささが充満しているが、それを今このライブハウスで唄ってくれたことが心に強く刺さってくる。またも当時の彼が感じられた瞬間だった。


さて、ここまでは“原点”についての話を書いてきたが、ライブの中盤からは“現在地”が感じられるパフォーマンスが続いた。演奏されたのは最新アルバム『コペルニクス』からの楽曲たちである。

喪失感を唄う「Lost」はギターのフィンガリングも細かく、楽曲としてじつに印象深い。続いての「在る」は純粋な恋心を唄ったラブソングで、こちらは普遍的な味わいを持つ歌だ。

そして「Raspberry Lover」である。ラップのような歌とループする演奏のブレンドが緊迫感を表現する楽曲で、新作におけるポイントのひとつ、コンテンポラリーな音作りの指向が見られる。今回の弾き語りでは声のハモりも重ねて、厚めの音像を構築していた。こんな高度なプレイは、デビュー当時にはとてもできなかったはずだ。そして歌詞は、大人の恋愛だからこその危うさや闇を唄っていて、一筋縄ではいくものではない。秦はその人柄も含め、誠実でまっすぐなアーティストだというイメージがあるが、決してそれだけではない側面が垣間見れる歌である。

ライブはここから佳境に入っていった。これも最新作からの「9inch Space Ship」、そして「スミレ」。とくにアップテンポの後者ではツイッター上に「踊っちゃう」というつぶやきがたくさん広がった。演奏を終えた秦も「きっと画面の前で、みんな踊ってくれてたと信じてます」と話す。歓声も拍手も聞こえないが、見ている人たちの熱さが感じられる流れだ。

そしてクライマックスは「ひまわりの約束」と「鱗(うろこ)」だった。どちらも説明不要の名曲たちだが、それにここまでの静寂の中で浸ることもそうはない機会である。そしてツイッターでは、やはり感動を伝える言葉が数多く踊ることとなった。秦の歌の、純粋さの奥底にある強さに、つい涙腺がゆるみそうになる。

こうして今夜、秦の歌を聴きながら、気づいた点があった。これもPCと、そしてイヤホンを介して聴いた配信ライブだからこそ感じたことだが、彼は以前に比べて声の強度を増している。そしていくつかの瞬間の声の鳴りからは、ノドが太くなったことも感じられた次第だ。その点を思うと、それこそ青さや若さが先に立っていた20代の頃からは確実に変わっている。ただ、その中でも変わらないものがあることも感じられるのだ。


あらためて……これが秦の“現在地”なのだと思う。自身の心に、今の心理や年齢から出てくる表現として正直な歌を唄い、それをとりつくろうことなく演奏する。その中で変わっていく自分もあって、新たなことへのチャレンジも怠らない。そしてその歌は、たくさんの人たちに待たれているのだ。

「ご覧いただき、ありがとうございました。そして、この場所を提供していただいたF.A.Dのみなさん、ありがとうございます」

頭を下げた秦は、さらに言葉を続けた。

「今回はこうやって配信ライブという形ですけど、いつの日か、みんなが安心して、不安なくライブに臨める日が来た時には、F.A.Dでもみんなに会いたいし、いろんなところで、またライブで会えたらうれしいなと。そんなふうに思います。まずは今は、できることの中で、みなさんに歌を届けられるように、僕もいろいろ考えていきたいと思いますので。引き続き、音楽で楽しんでいただけたらと思います。今日はほんとにありがとうございました」

そう言って最後に唄われたのは「朝が来る前に」だった。高まっていく感情を唄うバラードで、未来や再会について触れた言葉が、とくに響いた。名演だった。

秦は「ありがとうございました」と言って、礼をした。そしてギターを置いて、再び会釈をし、ステージから去った。ライブはアンコールもなく、静かに幕を下ろした。


素晴らしい演奏だった。付記しておくと、総じてクオリティが非常に高い配信ライブだったと思う。中でもカメラワークは決して凝ったものではなかったが、アーティストの歌と演奏をしっかりと引き立て、視聴者の気持ちを高める場面が多かったことは特記しておこう。さらに照明と音響も、シンプルに抑えながら、それゆえの難しさをきちんとクリアした秀逸さがあった。

そして秦については、後半に触れていた最新アルバム『コペルニクス』に準じたフルバンド編成でのライブが、やはり配信という形で届けられるとのことなので、その日を楽しみに待つことにしよう。

そこではきっと、さらに更新された“現在地”が展開されるはずだ。

取材・文◎青木優
撮影◎笹原清明

■<Hata Motohiro Live at F.A.D YOKOHAMA 2020>2020年8月27日(木)@神奈川・F.A.D YOKOHAMA セットリスト

01. シンクロ
02. フォーエバーソング
03. 色彩
04. 恋の奴隷
05. Lost
06. 在る
07. Raspberry Lover
08. 9inch Space Ship
09. スミレ
10. ひまわりの約束
11. 鱗(うろこ)
12. 朝が来る前に

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