【連載】フルカワユタカはこう語った 第40回『音を混ぜる』

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6月9日に新しい音源を発表する。

◆フルカワユタカ 画像

去年は3月にベストアルバムをリリースしただけだったので、完全オリジナルの新譜となると2019年11月に発表したアルバム『epoch』まで遡る。今回、全作詞作曲はもちろんだが、全楽器を演奏し、全曲ミックスして、さらにジャケットのアートワークも自ら手掛けた。


▲1st EP「YF 上」

バンド時代20代後半、僕は自分の理想的な音になかなか近づかないもどかしさから、よくレコーディングエンジニアとぶつかった。もちろん、理想に近づかない理由はバンドの未熟さにもあったので、メンバーにも高い要求をしていたし、自分にはさらに多くの努力を求めた。そんな手詰まりな状況を打開しようと、エンジニアリングまで自分でやると決めてバンドのスタジオを作ったのは2009年のことだ。今、冷静に振り返れば“エンジニアがいてもギリギリなのだから、エンジニアを外せば立ち行かなくなる”ことは容易に想像つくが、当時の僕には変化と正義が、それも劇的で自惚れたものが必要だった。

完全セルフレコーディング&ミックスした 4thアルバム『YELLOW FUNK』(2011年4月発表)のリリースには、そこから2年かかった。それまで必ず、1年に1枚以上音源を出していた僕達からすると異例の長期制作期間となったが、事実は満を持してではなく滑り込むように出したアルバムだった。“最初は手こずるだろうけど、僕なら遠からず、きっとすごいミックスを作れるようになる”と高を括っていたが、進めば進む程ゴールは遠のき、覗けば覗くほど底は見えなくなっていった。

僕は焦った。時間と共に失っていく自信。そのまま豆粒みたいに消えてなくなりたいと思った。同時に困惑もしていた。真っ当な“商品としての体”はいつまで経っても成さないのにも拘らず、自分の理想的な音には少しずつだが確実に近づいてもいたからだ。“大きくて近い僕のミックスは理想的なはずなのに、ちっとも良く聞こえないのはなぜだ”──2年間、僕はずっとその問いに向き合い、振り回され、しがみついては、振り落とされた。

レコード会社との契約があった。事務所的にもツアーをしなければならなかった。バンドの予算や時間をいつまでも僕の研究の為に使うわけにはいかなかった。後悔はなかった。が、それは決して覚悟を決めたからではなく、そんなことを考える余裕がないくらい必死なだけだった。朝から晩までミックスし続けた。雨の日も風の日も風邪の日もスタジオに通い、年末も正月も一人きりでミックスをしていた。気付いたら音楽は楽しむものではなくなっていた。

そうやってリリースした4thアルバムだが、今となっては僕の一番の誇りだ。他のアルバムは滅多に聴かないが、4thアルバムは、今でもたまに聴く。聴くたびに足りていないことや出来てないことに沢山気づくが、やはり僕の理想に一番近いのはこの作品だ。


▲『オンガクミンゾク Vol.08』2021.3.13/柴田隆浩 (忘れらんねえよ)/撮影◎瀬川ダイジュ

あれから10年、久しぶりにセルフミックスにチャレンジすることにした。またしてもミックスは無限の沼であり地獄であったが、今回のそれは決して苦しいものではなく楽しいものだった。締め切りまでに与えられた時間は6日で6曲。プラス、ブックレットのアートワークという無茶苦茶ハードなスケジュールだったが、歯を食いしばっていたあの時とは違い、笑いながら締め切りに滑り込んだ。

以下、僕の場合。
・まずはベースとバスドラムをVUメーターで各々-7dbに合わせるところからスタートする。
・ピークメーターで”音量”を合わせるのではなく、VUメーターにて平均値的“音圧”を合わせていく。
・2つのコンビネーションが正しければ、メーターは大体-5dbあたりを指す。
・ベースとバスドラムは似通った領域にいるので、EQやコンプを使ってうまく棲み分けてあげる必要がある。一緒に鳴らした時に-5dbを大きく超えてしまうなら、2つの役割のどこかが被っているため、低音が過剰に存在しているということになる。
・ちなみに低音というのは厄介で、ある程度の音量を出さないとしっかりと聴こえない(ラウドネス効果)。僕の作業部屋は普通の6畳間なので大きな音を出すと反射や滞留などが作用して、きちんと音の為に設計されているミックスルームのようには低音をクリアに聴くことができない。加えて低音を確認するためのラージモニターも当然ないので low end の処理には時間がかかる。ヘッドフォンも併用しながら悪戦苦闘し、気づけば1時間半ベースとバスドラムのバランスをとっている、なんてこともよくある。
・ベースとバスドラムが決まればスネアをはじめとして残りのドラムを足していく。ベースとドラム全体がバランス良く混ざった時、メーターは大体-3dbあたりを指す。そこにボーカルから順に他の楽器も加えてゆく。
・例えるならば、ミックスは家を建てるようなものだ。ベースとドラムという土台に、ボーカルという柱を取り付け、ギターやキーボードといった壁や屋根を組んでいく(もちろん楽曲にもよるが)。
・土台は大切で、最初のベースとドラムのコンビネーションが正しくなければ、どれだけ時間をかけてもそのミックスは良くならない。逆にクリアで正しいバランスのlow endを作れていれば、その後の作業もスムーズに進む。
・各楽器を行き来しながら、自分の納得のいくバランスにしていく。ここまでで大体3〜4時間。
・トラックのバランスが決まってもまだ終わりではない。リバーブやディレイといったプラグインを使って楽曲に装飾を施していく。そういったエフェクトを使うことでライブハウス、ホール、アリーナ、ベッドルーム、教会、ヤマビコなどの共鳴や残響を疑似再現し“リアルな音”にしていく。
・また、モジュレーション系と呼ばれるエフェクトを使って“ファンタジーな音”にすることで、楽曲をドラマティックにする方法もある。
・ちなみに、低音にはエフェクトをしない。低音は高音をマスキングして聴こえにくくするし、そもそも定位(鳴ってる方向)がわかりづらいのでエフェクトをしてしまうと全体がぼやけた音像になってしまう。建築の基礎に装飾をしても仕方がないように、ベースとバスドラムにはエフェクトはしないというわけだ。
・この装飾作業が大体2時間程度。その後にトータルの処理と最終チェック&微調整(ヘッドフォンで聴いたり、スマホで聴いたり、掃除機をかけながら聴いたり)を経て完成となる。
・一曲にかかる時間は大体6〜7時間といったところか。


▲『オンガクミンゾク Vol.08』2021.3.13/撮影◎瀬川ダイジュ

この10年で、商品になるようなものをミックスする機会はほとんどなかった。僕自身がそれを望んでいなかったからだ。特にここ数年は制作に限らず人と作業することで見えてくるものや得られるものを重要にしていたし、実際そういったコンセプトの作品を発表してきた。とはいえ、デモ制作等でミックス作業自体はコンスタントに続けていた。前述のルールや手順も、この10年で少しずつ形にしてきたものだ。四半世紀以上ギターを弾いてきて、歌を歌ってきて、メロディーを書いてきて、最近やっと少しだけミュージシャンとして胸を張れるようになってきた。それに比べればミックスをするようになって、まだたったの10年だ。今もやればやるだけ発見や成長がもちろんある。

あの時、何の経験も知識も技術もなく、よく“自分でアルバムを録って混ぜる”と無謀にも決めたものだ。よく踏み出してくれたものだ。演者としてだけでは決して歩けない、音楽の深淵を覗く道を作ってくれたことに感謝している。あんなことをしなければバンドは続いていたかもしれない。ソロになってもそんなに苦労はせずに済んだかもしれない。だが、音楽はこんなにも楽しいものではなかっただろう。こんなにも深いものではなかっただろう。もとより、今、自分で誇れる4thアルバムは存在しなかった。


▲『オンガクミンゾク Vol.08』2021.3.13/撮影◎瀬川ダイジュ

座右の銘というほど大袈裟なものではないが、僕の哲学に“反省はするけど後悔はしない”というのがある。若い頃は尖ってたし、こじらせてたし、いろんな人に迷惑をかけたし、意味不明で恥ずかしい発言や失敗もたくさんした。不義理をしたつもりはないけど、がむしゃら故に誤解も受け、それを解かなかった為に離れていった人もいるし、僕が素直になれずに、そもそも縁を作れなかった人もいる。焦って近道して迷ったり、気分良く遠回りして間に合わなかったり、信じてたのに騙されたり、信じてくれてたのに期待を裏切ったりもした。同じ過ちを繰り返すのはダメなことだから、きちんと反省する。どうしてそうなったかを考えて、次はそうならないように努力する。

だけど、起こったことに対して僕は絶対に後悔しない。後悔は何も生まない。人生は良い出来事も悪い出来事も認めて進むべきだというのが僕の信条だ。つい最近も顔からマグマが吹き出すくらい恥ずかしくて情けないことをして、もう少しで取り返しのつかないことになりそうになって大反省したけど、後悔はしていない。“いかにも”だったし、それが僕なのだ。だから酔っ払って書いちゃった激恥ずかしい大人厨二病ツイートを、翌朝読んで豆粒みたいに消えてなくなりたくなったって絶対に削除しない。

けどね。。。ミックスはねえ、いっつも後悔するねえ。今、提出済みのミックスを聴き返してるんだけど、ああやり直してえ。
なんでギターにこんなリバーブかけちゃったんだろう。ああやり直してえ。
なんかこの曲、ボーカルちっちぇえな。ああやり直してえ。
やり直す前のミックスのほうが勢いあってカッコいいな。ああ、やり直したのをやり直してえ。
ああ(笑)。

■1st EP「YF 上」(ワイエフ ジョウ)

2021年6月9日(水)リリース
TGCS-12051 / 1,819円(+税)
1.October Chimpanzees
2.GIRL
3.BOY
4.オールライト
5.深海
6.星が降る町
https://www.rocket-exp.com/furukawayutaka/


■東名阪ツアー<フルカワユタカ ONE MAN TOUR「YF」前編>

6月26日(土) 大阪・梅田Shangri-La
open16:30 / start17:30
6月27日(日) 愛知・名古屋APOLLO BASE
open16:30 / start17:30
7月02日(金) 東京・渋谷WWW
open18:00 / start19:00
▼チケット
4,400円(税込/Drink別)
一般発売:6月5日(土)
【オフィシャルHP先行】
受付期間:5月19日(水)18:00~5月30日(日)23:59
https://eplus.jp/furukawayutaka/

■配信番組『オンガクミンゾク Vol.9』

配信日時:2021年4月25日(日)
open19:50 / start20:00
ゲスト:菅原卓郎(9mm Parabellum Bullet)
▼チケット
1,500円(税込)
配信プラットフォーム:Streaming+
https://eplus.jp/furukawayutaka-s/


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キャリア初となる公式ファンコミュニティ「星の降る町」開設。ファンコミュニティでは、新曲がいち早く聴ける他、ここだけでしか観られない会員限定の生配信ライブ、ここだけでしか見られない呟きや、オンラインギタークリニックなど、ツアーと併せて楽しめる様々なコンテンツに挑戦していく。
■コンテンツ内容■
・ここだけでいち早く聴ける新曲
・ここだけでしか呟かない、本人による投稿
・ここだけでしか見られない生配信ミニライブを月1〜2回程度開催予定
・本人によるオンラインギタークリニック
etc.
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