【プロミュージシャンのスペシャル楽器が見たい】Unlucky Morpheus Jill、じゃじゃ馬のエレキと性格の優しいスカランペラの2挺のバイオリン

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メロディックスピードメタルにバイオリンを取り入れたユニークなスタイルで、海外からも注目を集めている“あんきも”ことUnlucky Morpheus。そのサウンドの重要なキーとなるバイオリンを担当しているのがJillだ。幼少期からクラシックで鍛え上げたテクニックと表現力を持つ彼女が、ツインギターと対等に渡り合うために選んだのはどんな楽器なのだろうか。現在使っている2挺のバイオリンについて、Jillに話を聞いた。


――Jillさんには2挺のバイオリンを持ってきていただきました。まず、ライブで使っているバイオリンについて教えてください。

Jill:ここ3年くらい、ライブで使っているのがこのエレキバイオリンです。David Gageというメーカーのバイオリンで、楽器屋さんで色々と相談して選んだものです。普通のバイオリンはマイクを取り付けて音を拾うんですが、これはギターみたいにピックアップが内蔵されているエレアコタイプのバイオリンです。ピックアップはピエゾタイプで、駒の後ろ側のところについています。



――エレキバイオリンを使おうと思ったきっかけは?

Jill:バンドで活動をするには、生のバイオリンだと限界があると思ったんです。とくにあんきものような大音量のバンドで演奏するとなると、バイオリンの音をマイクで拾うのが難しい。それでエレキバイオリンを探したんです。エレキはこれの前にも使っていたんですが、わりと安いものだったのであまり音が良くなくて、この際ちゃんとした楽器を持ちたいなと思って探しました。

――以前のエレキバイオリンは、どんなところが不満だったんですか?

Jill:以前のものは、箱がなくて外側に枠だけがあるタイプで、あまりバイオリンらしい音がしなかったんです。それはそれで活かし方があるはずなんですが、私は箱鳴りのあるふくよかな音を出したかったんです。それで楽器屋さんに行って、ソリッドなタイプとか、もう枠もなにもなくて棒みたいなタイプとか、色々なものを試しました。その中で、いちばんふくよかな音がしたのが、やはり箱のあるこれだったんです。

――普通の生のバイオリンに近い音、ということですか?

Jill:そうです。これはエレキバイオリンですが、アンプを通さずこのまま弾いても普通にバイオリンの音が鳴ります。普通のバイオリンと比べればどうしても音は少し違いますが、エレキバイオリンの中ではとても生っぽい音がしていると思います。ただ、エレキだからということなのか、この楽器の個性なのかはわからないんですけど、これは我が強い楽器だという気がしています。こっちが頑張って弾かないということをきいてくれない、じゃじゃ馬みたいな感じがします。


――それはどんなところですか?

Jill:自分のしたい表現を、こうしろ、って楽器にすごく強く言ってあげないと表現できない、みたいな。まだ作られて間もない新しい楽器だからかもしれないので、時間が経てば、木材の乾燥とか部品のなじみによって変わってくるかも、とは思っているんですが。

――その“じゃじゃ馬”をどうやって乗りこなしているんですか?

Jill:“こうだよ!こうだよ!”って強く思って弾いています(笑)。最初のころはホントに鼻が詰まったような音だったんです。新しい楽器ってそういう傾向があるんですが、なんか一枚モヤがかかったような。そこから頑張って弾き込んできたので、だんだんクリアな音が出るようになってきていますね。



――ピックアップや回路が内蔵されているエレキバイオリンだと、普通のバイオリンとは重量バランスも違いますよね。

Jill:今は慣れましたけど、最初は違和感がありましたね。やはりちょっと重いんです。部品が色々ついていることもありますが、板そのものも普通のアコースティックのものに比べてちょっと厚いし、ネックもちょっと太い。全体のサイズもちょっと大きいんです。



――弦は普通のバイオリンと同じですか?

Jill:私は普通の弦を使っていますが、今はエレキバイオリン用の弦というのもあります。エレキバイオリンってまだ発展途上の楽器なので、日進月歩でどんどん新しいものが出てきていますね。

――くびれたところの側面にネジがありますが、これは?

Jill:これはボリュームとEQのつまみですが、つまみのアタマが取れちゃっているんです(笑)。この状態でも指で回せるので、今はこのまま使っています。


――弓はどんなものを使っているんですか?

Jill:CODA BOWというメーカーのカーボン製の弓です。普通は木でできているんですけど、ライブ用に頑丈なものをということでカーボンを使い始めました。ステージ上ではけっこう動き回るので、折れたりしたらイヤだなと思って。

――弓ってそんなに壊れやすいんですか?

Jill:ライブで使うことを考えるとちょっと怖さがありますね。ステージ上で勢いがついて意外な力が加わったりするし、動き回るとギターの人と衝突したりするので(笑)。

――ホントに衝突することもあるんですか?

Jill:ありますよ。衝突もするし、弓でそばにいる人を刺しちゃったり(笑)。

――木の弓と比べてカーボンの使い心地はどうですか?

Jill:普通の弓よりちょっと重い気がしますね。でも弾くのにあまり影響はないです。しなりは木よりも強いので、エレキバイオリンをガシガシ弾くには合っているんじゃないかと思っています。



――ステージではワイヤレスを使っているんですね。

Jill:はい。Line6のRelay G10というワイヤレスをライブで使っています。このシステムの何が良いかというと、とにかく送信機の形状です。よくあるギター用のワイヤレスって、楽器から送信機までケーブルが延びていて、送信機を腰につけたりして使いますよね。でもそれだとバイオリンでは使いにくいんです。このG10はケーブルがなくて、送信機本体をバイオリンに差し込むだけなので使いやすいんです。

――送信機本体を直接バイオリンにつけることで、バランスが悪くなったりしないんですか?

Jill:少しは重くなりますけど、弾くときには送信機が肩の近くに来る形になるので、そんなにバランスが悪くなることはないですね。それに、これよりもバイオリンに適しているワイヤレスは今のところ見つかっていないので。

――エフェクターは使いますか?

Jill:はい。最近使っているのはLine6のHELIX LTです。EQとコンプ、リバーブはつねにかけていますね。以前はコンパクトエフェクターを使っていたんです。エフェクターをたくさんボードに並べていました。でも、サポートとかも含めて色々なステージに出させていただく機会が多くなってきて、少しでもトラブルを防ぎたいと思ったんです。ステージ上で“あっ音が出ない”というときに、色々つないでいると原因を特定するのに時間も手間もすごくかかってしまう。その点こういったマルチエフェクターならトラブルが少ないし、これ1つだけ持って行けばどこでも同じ音が出せる。それがとにかく便利ですね。


――HELIX LTは設定内容が画面に表示されるしスイッチも光る。ステージ上でも見やすそうですね。

Jill:そうなんです。液晶パネルも大きくて見やすいし、今どういう設定になっているか確認しやすいです。マルチエフェクターって、パソコンにつながないと細かい設定ができないものもあるんですが、これはここだけで十分設定できる。それも気に入っているところです。もちろんパソコンにつなぐこともできるんですが、私はあまり機械が得意ではないから(笑)。



――もう1挺がレコーディング用。これは普通のアコースティックのバイオリンですね。

Jill:これはもともとクラシックで使っていたバイオリンです。あんきものレコーディングと、そのほかにクラシックやアコースティックの現場でもこれを使っています。

――見るからにオールドといった感じの楽器ですね。

Jill:ステファノ・スカランペラという製作者の方が作ったもので、中のラベルには1889年と書いてありますね。


――そんなに古い時代のものだったんですか。

Jill:バイオリンの世界ではもっと古い楽器もあるので、まあまあのオールドといったところです。スカランペラはそれほど数がないのでストラディバリウスみたいに超有名ではないんですけど、すごく気に入って使っています。

――いつごろどんなきっかけで入手したんですか?

Jill:芸大に入学する少し前に買いました。当時師事していた先生に、今使っている楽器では実力が出せないからもうちょっと良い楽器を使いなさい、と言われて。それで、先生の懇意にしていた楽器屋さんに何本か持って来てもらって試したんです。その中でこれがいちばん気に入ったし、先生も、これが君に合っているだろうとアドバイスしてくださったので決めました。

――どんな特徴のバイオリンですか?

Jill:すごく中性的な感じだな、と思います。激しいところもありますが、優しさもあって、私の要求にちゃんと応えてくれるんです。手足のように動いてくれるというか。主張が激しい楽器も多いんですが、これは優しい性格だと思います。


――先生のアドバイスのとおり、Jillさんとの相性も良かったんですね。

Jill:それもあると思います。当時は私も若かったし、ほかの楽器をあまり弾いたことがなかったのでよくわからなかったんですけど、今はもうすごく良い相棒という感じになっています。これの前は、ガダニーニのバイオリンを使っていたんですが、それは私にはちょっと強かったんです。楽器の性格が強かった。それよりはこのスカランペラのほうが、私のやりたい表現とか、弾きたい感じにうまく応えてくれるんです。私よりもっとガシガシ弾くタイプの人だったら、強い楽器のほうが合っているんだと思いますが。

――先ほどのエレキバイオリンとは音も弾き心地もかなり違いますよね?

Jill:違いますね。いちばん違うのは、やはり私の思いに応えてくれるかどうかですね。このスカランペラはすぐに応えてくれるので細やかな表現ができる。でもエレキのほうは“こうなんだからね!”ってちゃんと言い聞かせないといけない(笑)。ライブでも、できるだけ生のバイオリンの良い音を目指してはいるんですが、音の方向性は同じでも、どうしても同じ音にはならない。だから、それはそれという感じで割り切っています。でもエレアコのほうはパーンと力強い感じの音なので、ライブで華やかに弾くには向いているんだと思います。

――ところで、ずっとクラシックをやってきたJillさんがロックに興味を持ったきっかけは?

Jill:私は3歳からクラシックのバイオリンを始めて、大学に入るまでほとんどロックを聴かずに来たんです。親もホントに厳しくて、J-POPとかもあまり聴いちゃダメって(笑)。でも大学に入って親元を離れたら、そこで一気に爆発しちゃって。ロックを初めて聴いて驚きました。最初に衝撃を受けたのはボン・ジョヴィだったかな。その後リンキン・パークとかX JAPANとか色々聴きました。

――ロックを自分でも演奏しようと思ったのは?

Jill:大学の同級生のバイオリニストに、ユニットを組んでライブハウスとかクラブで演奏している人たちがいたんです。ロックとかクラブミュージックとか。さすがにメタルはいませんでしたが(笑)。そういう存在って私たちの周りでは異質だけど、すごくカッコよくて、影響を受けましたね。あと、友人に薦められてYellowcardというバイオリンが入っているバンドを聴いたらすごくカッコよかったし、バイオリンでこういう音楽ができるんだ、と思いました。


――クラシックからロックへジャンルが変わって、演奏の方法や表現で変わったところがありますか?

Jill:色々ありますが、いちばん大きいのはタイム感です。ロックってすごくタイミングがタイトな音楽ですよね。でもクラシックはそういう概念があまりなくて、テンポもつねに揺れ動いている。だからドラムとかクリックに合わせて弾くというのが最初は全然できなくて、ロックな音楽に合わせて弾くというのをひたすらやっていました。

――そのタイトなタイム感にはすぐ慣れましたか?

Jill:私の場合はわりと早く慣れたと思います。バンド活動と並行して、J-POPのストリングスみたいなレコーディングのお仕事も学生のときからさせていただいていたんです。そうなるとやはりクリックに合わせて、という機会も多くなるので、現場で鍛えられたという感じですね。

――QUADRATUMではギターのフレーズも弾いていますが、ヴァン・ヘイレンの「ERUPTION」をバイオリンで再現しているのはちょっと驚きました。

Jill:あれは、ギターのタッピングの部分も全部普通に弾きました。バイオリンはタッピングできないので(笑)。



――あのタッピングのフレーズ、バイオリンなら楽勝なんですか?

Jill:いや、あれは難しかったですね。シンプルに速くて難しいです。同じような音列の繰り返しというのはよくあるんですけど、あれはギターは両手で弾いているところをバイオリンは片手で弾かなきゃいけないですから。私はギターのフレーズでも、基本的にはできるだけ原曲に忠実にやろうと思っているんです。たとえばスライドのしかたとかハーモニクスとか、できるだけギターに近づけようと思っています。でも楽器が違いますから、どうしても音域とか、バイオリンでできない表現もありますね。そういうところだけは、バイオリンなりの解釈で演奏しています。

――Jillさんは今もロックだけでなくクラシックも演奏しているんですよね。

Jill:はい。やっています。これはあくまで私の場合、という話なんですが、クラシックをちゃんと演奏できるということがすべての礎になっているんです。たとえばクラシックの曲をちゃんと弾けるように練習しておけば、メタルの曲も問題なく弾ける、というように。バイオリンの弾き方ってロックもクラシックもつながっていると思うので、クラシックがすべての基本になっていますね。

――あんきもはクラシックとはまったく違うビジュアル系メタルバンドですが、ステージ上ではどんな意識で演奏しているんですか?

Jill:私はずっとクラシックをやってきて、見せるためのパフォーマンスはまったくしてこなかったんです。だからバンドでステージに立つことになったときには、まず見せるためにはどうすればよいのかをすごく考えました。色々な人のパフォーマンスを見たり、家にある大きな鏡の前で色々考えながら動いてみたりもしました。鏡を使うのは今でもやっています。たとえばこのフレーズを弾くときにはどういう動きが合うかな、ちょっと1小節休みがあるからターンを入れてみようかな、みたいに色々考えて試しています。

――では、今後挑戦していきたいことは?

Jill:ライブではエレキバイオリンとエフェクターをセットで使っているんですが、エフェクトであまり突飛なことはしていないんです。でも今後はもうちょっと変わった音を作ってみたいなと思っています。バイオリンだとそういうことをやっている人は少ないんですよね。バンドでバイオリンを使いたい人って、今はいわゆるバイオリンらしい音を求めていることが多いんです。そうではなくて、歪んだバイオリンの音が欲しい、みたいな注文が来るようになるくらい、色々な音を作ってみたいですね。といっても、ただギターの音に近づけても意味がないと思うので、歪ませるにしてもバイオリンならではの歪みというものを研究していけたら面白いかなと思っています。

取材・文●田澤仁


▲Unlucky Morpheus(写真左より:仁耶、小川洋行、Fuki、紫煉、FUMIYA、Jill

リリース情報


『evolution』
価格:2,800円(税抜)
品番:ANKM-0041
01. evolution
02. “M”Anthem
03. アマリリス
04. Welcome to Valhalla
05. 誰が為に
06. Wer ist Faust?
07. The Black Death Mansion Murders
08. Serene Evil
09. “M”Revolution
10. 夢幻


『“XIII”Live at Toyosu PIT Blu-ray』
価格:5,000円(税抜)
品番:ANKM-0038
01. Unfinished
02. Unending Sorceress
03. Near The End
04. 籠の鳥
05. Salome
06. Make your choice
07. Top of the“M”
08. Dogura Magura
―Violin Solo―
09. Carry on singing to the sky
10. “M”Revolution
―Bass Solo―
11. Spartan Army
12. Wings(acoustic)
13. 願いの箱舟(acoustic)
14. Vampir
15. Opfer
16. La voix du sang
17. Phantom Blood
18. Angreifer
19. Change of Generation
20. Knight of Sword
―Drum Solo―
21. Black Pentagram
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