【インタビュー】中野雅之(THE SPELLBOUND)、「音楽至上主義的のような、そういう純粋さと汚れのなさがあるような作品」

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BOOM BOOM SATELLITESの中野雅之とTHE NOVEMBERSの小林祐介によって結成されたTHE SPELLBOUNDが、2022年2月23日に1stフルアルバム『THE SPELLBOUND』をリリースした。2019年にスタートし、2021年には楽曲の配信リリースやライブを行ってきた彼らが満を持して発表した本作では、美しく響く日本語詞とそれらの言葉と一体となったエモーショナルなメロディとサウンドを聴くことができる。そんなTHE SPELLBOUNDの音楽はどのように出来上がったのか。2人の間のやり取りや試行錯誤、NATIVE INSTRUMENTSやiZotopeをはじめとした機材についてなど、アルバムの制作過程について中野に語ってもらった。

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■ライブを実際に行うことで、
■THE SPELLBOUNDがどういうものなのかが見えてきた

───THE SPELLBOUNDの1stアルバム『THE SPELLBOUND』の制作は、どんなふうに進んだのでしょうか?

中野:僕がボーカルをツイッター上で募集をしたのが始まりで、それが2019年の春ぐらいのことでした。小林くんと一緒にスタートしてからも、どういう楽曲が自分たちにふさわしいものなのか迷い、しっくりくるものがなかなか出てこなくて。ただただ悩んでいる時間が1年くらいありました。そこから徐々に制作のスピードを上げていったんですけど、最後まで手探りで、1曲1曲、トライ&エラーを繰り返しながら作っていった感じだったので。アルバムの全曲が見えてきたのは去年の11月ぐらいですね。それで12月に新木場STUDIO COASTでワンマンをやって、アルバムの曲を全部ライブで披露するという機会を持って。そこからアルバムの曲順を考えて年明けに仕上げる、という流れでした。僕も小林くんもその時に手がけている1曲に入れ込んでやっていただけだったので、アルバムとして曲を並べた時に、トータリティーが出たのは結構驚きだったんですよ。

───2021年1月に配信リリースした「はじまり」から5ヶ月連続で楽曲を発表しましたが、それでバンドとして固まっていったというのはありましたか?

中野:5曲連続っていうのは、まだアルバムを発表するほど何かが固まったものがなかったのと、シングル1曲だけではデビューのインパクトはちょっと薄いし、バンドの全体像もつかめないだろうということで決めた企画なんです。それを、皆さんに楽しみにしてもらえたらなという気持ちで。その5曲リリースはもちろんバンドの方向性を探る上では重要だったんですけど、7月に恵比寿LIQUIDROOMでライブを実際に行って、THE SPELLBOUNDという新しいバンドがどういうものなのかがはっきり見えてきたというのはあります。作る楽曲の方向性とかバリエーションが見えて定まってきたっていうのが多少あったかなと。

───BOOM BOOM SATELLITESと比べて、制作方法に変化などはありましたか?

中野:BOOM BOOM SATELLITESは、アルバムごとに制作のやり方が全然違ったと思うので、比べるのはなかなか難しいところがあります。僕は、決まったやり方がないというか、今日は何をするとか、何の楽器から制作をスタートするとかは決めないで、毎日スタジオに入ってただ過ごすんです。楽器のセレクトもそうですし、音楽的なビジョンとかも思いついたところからスタートして、その日が終わるときには何かしら形になっているっていう、そういう1日を繰り返していって、だんだん音楽が形作られていくところがあるんですよね。プライベートスタジオがあることで、そういう日常のルーティンを過ごすことができているんです。それはBOOM BOOM SATELLITESの時からあまり変わりなくて。もちろんその時期で、何となくの自分のモードや流行りはあると思います。

ただ、今回のアルバムはこうだったなとか、こういう方向性を決めたなといったような、はっきりしたものはなくて。アルバムが全曲仕上がって、曲順通りに並べた時に初めて、自分はこういうことをやっていたんだなって気付くっていうことが多いです。一方で、プロデュースや他のアーティストとの仕事では全く違って、ちゃんと狙いを定めてそこに最短距離で向かっていくっていうのが重要なんですけど。自分の作品の制作においては、何も考えずにスタジオに入ることを繰り返すことで、より純度の高いものが生まれてくるんだなと思います。


───楽曲の作詞・作曲クレジットはすべてTHE SPELLBOUNDとなっていますが、制作をする際の小林祐介さんとの役割分担はありますか?

中野:1つのメロディとか、そのメロディに付く言葉など、小林くんのキックオフから始まる曲は多かったですね。そこからのパス回しで、足りないことや余計なこと、もっとこうであったらいいなという希望を会話でやり取りしながら、メロディと歌詞の周りのアレンジ面を同時に進めつつ、だんだん曲が発展していく感じだったと思います。具体的な作り方は曲ごとにさまざまだったんですけど、僕が大喜利みたいにお題を出し、小林くんがそれに答える形でスタートしたり。例えば、最近のロック/オルタナティブっぽい楽曲としてマシン・ガン・ケリーをお題にしたんですが、小林くんが持っているロック/オルタナティブの感覚と一番遠くにあるものなんですよね。ああいうカラっとした、アメリカンティーン向けのポップなロックンロールっていうのは。今までTHE NOVEMBERSでやってきたこととまったく違う視点、立脚点からロック、オルタナティブなアプローチをあえてやらせてみると。それで何が見えてくるかっていうのが、僕も楽しみでした。

───そうやって徐々に曲として形になっていくと。

中野:そうですね、その時の僕と小林くんの、バイブというか、直感みたいなものからですよね。僕はベテランで先輩ですし、経験値から見えてくることっていうのはやはりあって。小林くんっていう人間を客観的に見た時に、この言い方が適切かはわからないですけど、コントロールとか導きとかを実際にすることがあったんです。小林くん自身は無自覚であった能力や感覚を呼び覚ますことも、いくつかのポイントにおいては実現したと思います。そうやっていく中で、僕が作詞にすごくコミットすることももちろん出てくるし、メロディの作曲にしろ、それに付けるコードにしろ、ハーモナイズの面にしろ、さまざまな形で僕も小林くんもかかわって結果的にどっちが何をやったか言いづらい状態になってくるので、全部ひっくるめてTHE SPELLBOUNDっていうクレジットにするのがスマートなのかなと。


───日本語詞ではありますが、いわゆる日本のポップスとかロックとは違うアプローチになっていると思います。それは意識したところでしょうか? 

中野:そこは小林くんと一緒に始めようと思った重要なポイントで。小林くんの使う日本語の歌詞にとても魅力を感じていたというのはあります。どこか純粋さがあって、美しい日本語の歌を作る人なんですよね。THE NOVEMBERSで、それがどれくらい皆さんに注目されていたポイントだったのかはわからないですけど、個人的にそれを強く感じていて。小林くんが発する美しくて優しい日本語の歌っていうものを、100%の純度で伝えたいという思いは当初からあったんです。最初の1年間は小林くんも“構えて”いたのか、それがうまくいかなくて。その後、「なにもかも」とか「はじまり」とか、そういう柔らかい日本語の美しい曲ができてきた時が、僕たちがやるべき音楽はこういうものではないかっていうことをお互いに共有できた初めての瞬間だったと記憶しています。

───全体を通して、視界が開けていくようなイメージが詞にも曲にもサウンドにもあると思いますが、それは目指していたところなのでしょか?

中野:どちらかと言えば、ただ導かれていった感じがあります。曲が言葉を呼んでくるし、言葉がサウンドのテクスチャーを呼んでくるところがあるので、それがずっと数珠つなぎになって制作が続くという。そんなふうに無意識に進んでいくところがあります。先ほど言ったように、小林くんの言葉を100%の純度で伝えていくっていうミッションが結成当初から僕の中にはあったわけですけど、実際の制作中は、とにかく感性のキャッチボールというか。1つ出てきた音色についてのインプレッションが歌詞になっていたり、歌詞を受け取った時に見えてくるサウンドスケープや呼び覚まされる感覚っていうのがあったりするんで、それに従って導かれるようにお互いに作っていくという感じでした。


───ご自身では、『THE SPELLBOUND』はどんなアルバムになったと考えていますか?

中野:純粋無垢な音楽っていうものが見落とされていた感じがしていて。これは結果としてですが、ポップスの魅力の中に商業的な部分っていうのもあると思うんですけど、このアルバムについてはそういうものは見てとれないというか。音楽至上主義的のような、そういう純粋さと汚れのなさがあるような感じがしています。それは意図してそうなったというよりは、ただひたすらスタジオにこもって音楽と向き合った結果だと思います。また、これから作品を作っていく時に、例えばアニメーションのオープニングやエンディングみたいな、いわゆるタイアップ曲をやることがあったとしたら、音楽制作のバランスは変わってくると思うんですよ。そういう場合でも、何が生まれてくるかを自分たちで楽しみながらやれたらいいなと。ただ、今回の1stアルバムは、2人の大人の男が密室にこもって、ひたすら音楽を求めて作るっていう勝手そのものの内容だと思うし、音楽の純度が高い作品だなと感じています。

───ファーストアルバム、「THE SPELLBOUND」のSpecial Box仕様では、CDの他に、LIQUIDROOMのライブ映像や MVが収録された Blu Ray に加えて、ハイレゾ音源が付属しています。このマスタリングはご自身で行ったということですが、ハイレゾ音源を付けた理由は?

中野:今の音楽の聴かれ方の基本は、サブスクリプションだと思います。16bit/44.1kHz のCDフォーマットはまだ流通してますけど、今のテクノロジーを考えると中途半端な入れ物だという感じはします。サブスクはもちろん、CDもある意味圧縮音源ですから、その入れ物の中に無理やり詰め込まなくてはいけないっていうジレンマがあって。CDは、ファンの方たちが物として持っていたいとか、アーティストをサポートしたいから買うっていうドネーションのような意味合いが強いアイテムだと思うんですよね。一方、今回出したハイレゾ音源については、音楽マーケットをあまり考えていなくて。僕のスタジオで鳴っている音に近い、僕が普段聴いているものに近い音を聴いてほしいっていう思いがありました。ハイレゾといっても24bit/48kHzですけど、スタジオで鳴っている音に十分近いものに、皆さんそれぞれの環境で接してもらうことができるので。音楽的には有意義で豊かなことではないかととらえています。

今は過渡期も過ぎてしまって、CDを売るっていうビジネスは完全に崩壊していると思っていて。おそらく日本が、CDが一番売れている国で、これは日本人特有の情とか優しさに支えられて、かろうじて生き延びてる文化だと思うんですけど。そういうファンとのコミュニケーションとしてのCDのあり方っていうのは大切にしつつも、配信によってより気軽に聴いてもらうっていうことと、より音質的に豊かなものを体験してもらうっていうこと、両方をきちんとやっていきたいなと思っています。


■立ち上げてちょっと触ると気持ち良くなれたり
■音楽を作るモチベーションになったり

───では、本作の制作環境を教えてもらえますか?

中野:DAWは長年使っているSTEINBERG Nuendoです。これはキャンバスのようなもので、作曲もこの上でするし、録音もします。今回ミックスはPCで完結するのではなく、アナログのサミングミキサーを使ったハイブリッドのミックスです。もちろんプラグインもたくさん使いますし、アナログのハードウェアのシンセ類やアウトボード類も、録音からミックスまで使っています。ハイレゾ音源のマスタリングに関しては僕がやっているんですが、アナログ機材とデジタルプラグインのハイブリッドでやることが、どの過程においてもほとんどです。



───ソフトウェアとアナログの機材のチョイスはどのように決まるのでしょうか?

中野:その時の気分なんですけど、もはやソフトウェアのシンセサイザーやリズム音源っていうものが、ハードウェアの楽器に劣る部分ってほぼないので。むしろ立ち上がりが速かったり、位相感が良かったり、メリットの方が上回っている場合も多いですね。もちろん楽器によって優劣はあるんですけど。僕はリズムを組むところからスタートすることも多々あるんですが、それはスケッチというか、まずアレンジウインドウに楽器を立ち上げるっていうのが、パレットに絵の具を並べるみたいなことなんですね。

そこでは、だいたいリズムマシンのiZotope BreakTweakerを立ち上げるんです。ダブステップなどに特化したちょっと変わったリズム系の楽器なんですけど、非常に面白いテクスチャーが作れる機能を持っていて。これを最初に立ち上げることで、リズムの発想が1回頭の中でリフレッシュされるところがあるんです。ステップシーケンサーみたいなものとリズム音源を組み合わせてコントロールしていくような楽器で、適当にいじっているだけで、さまざまなリズムパターンが生まれていくので。最初のスケッチの時もそうですし、この曲ちょっと聴き飽きたなって行き詰まった時に立ち上げてみると、ドラスティックに曲が変わったりする。最後まで使うかどうかは置いといても、頭のスイッチを切り替えるのにすごく役立つんです。音もいいですし、よく使うものですね。


───音源からインスパイアされるわけですね。

中野:立ち上げてちょっと触ると気持ち良くなれたり、音楽を作るモチベーションになったり、楽しさがすぐ味わえるものはいろいろあります。例えば、ピアノ音源だとNATIVE INSTRUMENTS(以下NI)のUNA CORDA。ピアニストのニルス・フラームとGALAXY INSTRUMENTSが共同開発した音源で、ハンマーが弦に当たるリアルな感じや、フェルトの調整などもできるんですけど、サステインやリリースの空気感が本物のピアノ以上に気持ち良かったりして。音楽制作のためじゃなくて趣味で弾くこともあるくらい、楽器として気持ちがいいものなんです。そういうふうに触っているだけで気持ちが良くなれるものは、昔のソフトウェアの楽器ではなかったんですね。常にストレスがあり、音質的にもハードウェアの楽器に劣っていました。でも今は、そういうストレスが全くなくなって。

今回はアナログとのハイブリッドで録音もミックスもやったと言いましたけど、モニター環境さえきちんと整っていれば、ラップトップ1台とMIDIコントローラーだけでもこのアルバムを制作することは可能だったと思います。まったく同じじゃなかったとしても、同じフィーリングをちゃんと味わえる豊かな音楽が作れるなっていう感じがしています。もはやプラグインのクオリティがすごく高いので、イコライザー1つとってもそうですけど、フェイズシフトするかしないかも選べるくらい精密にコントロールできたり。最近僕がよく使うプラグインのイコライザーは、iZotope Ozone 9かFab Filter、UADのどれかですね。UADは積極的に倍音を足していって、アナログ的なサチュレーションを作っていくタイプですけど、帯域のコントロールというところで言うと、Ozone 9とFab Filterのイコライザーっていうのはすごく信頼感がある。安定していますし、最初に立ち上げる選択肢になっています。



───Ozone9はマスタリングに使うのでしょうか?

中野:ミックスとマスタリングの両方ですね。Ozone 9はダイナミックEQ、イコライザー、ステレオイメージャーと、わりと一通り使います。Ozone 9を1つのパッケージになっているマスタリングソフトウェアとして立ち上げることはないんですけど、その中に付属しているそれぞれのプラグインは安心できるクオリティなので、わりとよく使っています。iZotopeだと、Insight 2もアナライザーとしてマスタリングで使いますね。レベルの平均値を見るなど、便利に使えるので。あとは、波形修復ソフトのRX8。ノイズを除去したり、あとは単純に再生する音のクオリティが高いのでプレイヤーとして使うこともあります。同じWAVファイルを再生するのでも、ソフトウェアごとに音って違うので。1つの基準になっているのはこのRX8の音ですね。Mac対応のソフトウェアの中では、DAWも含めてですけど、一番解像度が高い感じがします。


───プラグインのエフェクトとしては、iZotope Vocal Synth 2も使ったということですが。

中野:Vocal Synth 2は、ポストEDMというか、現代的な感触もあるモダンなボコーダーのようなテイストが欲しいときに使うものです。逆に古いボコーダーをモデリングする時は、UNIVERSAL AUDIOのものを使うことが多いんですけど。Vocal Synth 2は、良い意味でプラスチック感というか、現代のポップスのキャンディっぽさ、可愛らしい感じと、デジタル特有の鋭さが共存していて。そういうテイストが欲しいときに使います。これはプロデュースワークの時もよく使いますね。例えばサビのコーラスに薄くレイヤーして入れたりすると、それだけで華やかでポップになったり、今の音になったりするので。



───そのほかに、アルバムで使ったソフトウェア音源はありますか?

中野:REAKTORはNIの最初期の方の楽器だと思うんですけど、僕は昔から使っています(現在はREAKTOR 6を使用)。僕はそんなにパッチシンセサイザーは得意ではないんですけど、REAKTORは年を追うごとにどんどん音質が良くなっていて。非常に複雑な時間的変化を起こすことができるので、使うことが多いですね。あとは、リードやベースにMONARK、MASSIVEを使います。MASSIVEは古いバージョンも、新しいバージョンのMASSIVE Xも使っています。

───中野さんは、ハードウェアでMOOG Matriarchもお持ちだったと思いますが、MONARKも使うんですね。


中野:使いますね。現行のMOOGのシンセは個体差が少ないと思うんですけど、それでも低音の位相感とかはなかなかそろわないというか。MOOGってそんなにそんなに位相のいい楽器じゃないんですよ。なので、抜けのいい低音っていうのは、最近はソフトシンセの方に分があるんです。MONARKは低音の位相感がいいだけでなく、アナログのようなウォームさと太さもあるので、実は結構最強の部類のソフトシンセではないかと思います。アルバムでは、MONARKがベースにあって、そこにレイヤーして使ったりしています。レイヤーさせるものの組み合わせとしてはさまざまですけど、MONARKは重要なツールですね。

───ちなみに、NI製品はいつ頃から愛用されているのでしょうか?

中野:2000年とか2001年とか、ソフトウェアシンセというものが出だした頃から手にはしていますね。当時、プラグインはなんでも単品で売っていて、楽器屋さんに行って箱で買ってくるものなんですよね。CDRとかに入ってたりするんですけど。最初に買ったソフトシンセは、BATTERYとかREAKTOR、Prophet-5をエミュレートしたPro-53とか、その辺りだったと思います。BOOM BOOM SATELLITESが2ndアルバム(『UMBRA』)を作っている頃じゃないかなぁ。あまり定かじゃないんですけど。

───その頃から比べると機材は大きく進化していますが、ご自身の制作への影響は感じられていますか?

中野:進化どころか、世界中のクリエイターの音楽の制作スタイルを変えてしまったと思うので、当然僕個人の音楽制作にも大きな変化をもたらしています。ただ、気をつけないとプリセットに溺れてしまうところがありますね。扱えるデータ量が増大したというのは、この20、30年の間に起きたことですよね。僕が大学生でBOOM BOOM SATELLITESを始めた時、学生には非常に高価だったですけど、AKAIの12ビットのサンプラーのS950を買ったんです。搭載しているメモリーは2MBとかで、フロッピーディスク1枚に収まるデータ量の中で1曲を完成させなければならなかったんですよ。その後、同じくAKAIからMPC3000っていうサンプリングマシンが出て、ビートメイカーにすごく人気がありましたが、そのメモリーが16MBあって、いろんなことができるようになって。これは大きな変化だなと思ってたのが、僕がデビューする頃なわけです。データ量っていうのは日を追うごとに大きくなっていって、今はすごいことになっているなっていう感じはしますよね。ただ、それをちゃんと自分の武器にできるかどうか。管理能力っていうか、ちゃんとマネージメントできるかが重要で。

今はプリセットだけでできている音楽もたくさんあって、それも音楽制作のトレンドの1つかなと思うんですけど、自分には何ができるかっていうのはちゃんと考えていきたいです。ハードウェアのシンセサイザーだったら高額ですが、ソフトウェアのシンセはその値段で何十個も買えますよね。ただ、その何十個っていうシンセサイザーはそれぞれ特性が違うわけですから、ちゃんと自分の手の内に収められるかっていうのはまた別の話になってくる。実際に1つのハードウェアのシンセサイザーを何年もかけていじって自分のものにするっていうことが良い音楽に結びついたりすることもあるので、データ量が増えたり、いろいろ便利になったとしても、そういう気持ちも忘れちゃいけないんだなっていうのはありますね。

───中野さんは2022年でデビュー25周年を迎えるわけですが、この間最も衝撃だった機材はなんでしょうか?

中野:僕にとっての音楽の作り方が、MPC3000っていうハードウェアのサンプラーによってガラっと変わりました。作曲の概念が変わったところもあるし、フレーズサンプリングっていうものが自由に扱えるようになった時に、過去の音楽作品がすべて自分の音楽に組み込める、なんだかアーカイブになってしまうなっていう、そういう発想の転換があったんです。それが90年代だったんですよね。そのMPCの構成・構造が、今のNIのMASCHINEといった機材の雛形になっているのは間違いないと思うんですね。MPC3000はリンドラムを作ったロジャー・リンが開発したものですが、その設計思想っていうのが今、例えばABLETON Liveとか、そういう制作ソフトウェアの設計思想にもおそらく繋がっていると思いますし、ビートミュージックとか、ループをベースにした音楽の作り方っていうのは、MPCから引き継がれているものが大きいのかなって。あれは発明だったなっていう気がしています。

───先ほど中野さんがおっしゃったように、今はラップトップ1つだけでも音楽制作はできますが、これから始めたいという初心者にはどんな機材を勧めますか?
 
中野:コンピューターとDAWっていうのはキャンバスなので、そのキャンバスといくつかの絵の具としてプラグインがあれば、どんな絵でもかけると思うんです。その上で、音楽とちゃんと向き合えるお気に入りの楽器を持つというのはいいのではないかと思います。ずっと大切にしたいアコースティックギター1本とか、お気に入りのウクレレ1本でもいいし、バイオリンでもいいのかもしれない。その楽器に触れば音楽の楽しさを思い出させてくれるようなものを1つ持っていると、作家として、プレイヤーとして、基本的な音楽を奏でるためのスピリット忘れないでいられると思うんです。そういうものはあってもいいのかなって思います。

───中野さんにとってのそういう楽器は何でしょうか?

中野:STEINBERGERのベースは高校生の時からずっと使っている大切な楽器です。あとはお気に入りのエレキギターが何本か、いつでも弾けるようにスタンバイしています。MOOGという楽器も、すぐに音が出て、ツマミを触ると音が変化する。そういう楽器が自分の隣りにあることで、クリエイターとして心が豊かな状態が維持されるというか。コンピューターを立ち上げて、ソフトウェアを立ち上げて制作を始めるっていうのとは、ちょっと違う感覚があるんですよね。そういうものも大切にしてもいいかなって思います。ソフトウェアっていうのはバーチャルな空間に存在するものなので、何かしらのハードウェアの楽器の経験があると、ソフトウェアに接した時にマインドが違うと思うんですよ。それは相互に補完し合えるものだと思うので、初心者の方が何か音楽を始めてみたいっていう時は楽器を買ってみたらって思いますね。ラップトップとソフトウェアがあればなんでもできるよと言いつつも、音楽が好きで始めてみたいんだったら楽器を買いなよって言うと思います。

───最後に、THE SPELLBOUNDの今後の活動について教えてください。

中野:直近のライブとしては、TESTSET (砂原良徳xLEO今井x白根賢一x永井聖一)との2マンライブが、4月14日にLIQUDROOMであります。あと仙台のアラバキロックフェスティバルに、4月29日に出演します。ライブは精力的にやっていきたいと思っていて、7月3日から初めてのツアーがスタートします。これまでライブは、東京以外では苗場のフジロックでしかやったことなかったんですが、東京、大阪、名古屋、仙台を回ります。このような社会情勢なので、なかなかツアーは計画しづらかったんですが、今年以降はどんどんやっていきたいと思っています。

◆ ◆ ◆


なお、中野も楽曲制作で使用している製品が多いNATIVE INSTRUMENTSとiZotopeでは、KOMPLETE 13とMUSIC PRODUCTION SUITE 4.1を組み合わせた、プロデューサーと作曲家のための制作ツールキットが期間限定でリリース。このオールインワンのスタジオ向けバンドルでは、オーケストラのスコアリングやシンセの演奏などが、オーディオ修復、ミキシング、マスタリングという1つのワークフローに統合されている。2022年3月22日まで大幅割引セールが開催中だ。

取材・文:山本奈緒


『THE SPELLBOUND』

2022年2月23日(水)
Special Box NKNM-0001 ¥9,900(tax in)
Blue-Ray Only NKNM-0002 ¥6,000(tax in)
CD Only  NKNM-003 ¥3,080(tax in)
https://the-spellbound.com/al/

■収録曲
1.はじまり
2.MUSIC
3..Nowhere
4.君と僕のメロディ
5.名前を呼んで
6.Sayonara
7.なにもかも
8.A DANCER ON THE PAINTED DESERT
9.スカイスクレイパー
10.FLOWER
11.おやすみ

■THE SECOND CHAPTER
Live at LIQUIDROOMon 8th July,2021
1.なにもかも
2.名前を呼んで
3.はじまり
4. A DANCER ON THE PAINTED DESERT
5.スカイスクレイパー
6.TOKYO(THE NOVEMBERS Cover)
7.BACK ON MY FEET
(BOOM BOOM SATELLITES Cover)
8.FLOWER
9.おやすみ

◆特設セールページ
◆Native Instruments オフィシャルサイト
◆THE SPELLBOUND オフィシャルサイト
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