【インタビュー】浜端ヨウヘイ、メジャー1stフルアルバム『Things Change』で気付き「実は何も変わってなかった」

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■何をしても揺るがないという手ごたえを得た

── 新たな挑戦によって、音楽の可能性が広がった感覚はありますか?

浜端:すごくありますし、新しいことに挑むことへの迷いがなくなりましたね。それは、「カーテンコール」を(寺岡)呼人さんと共作したことがすごく大きいです。最初はシンガーソングライターとしてコライトへの葛藤がありました。あのときは楽曲の力にひっぱられて着地した感じがあったけど、それを経て何をしても揺るがないという手ごたえも得られました。


── 今作では、寺岡さんを始め複数のクリエイターさんとコラボしていますね?

浜端:呼人さんとは、3曲ご一緒しました。最初の出合いは、高知県のライブハウスで、ライブ後の打ち上げの席で「一緒に曲を作ろう」と言ってくれました。それから2か月後、ざっくりとした歌詞が届いたのが「カーテンコール」です。僕はその日のうちに曲を付けて返して、1~2週間後には呼人さんのスタジオでデモ制作に入っていましたね。それと同じ時期に作ったのが「Home sweet home」です。これは生っぽい感じが似合うよねという話になり、僕が作ったデモがわりとそのまま生かされた感じになりました。「世界にひとつの僕のカレー」は、幸せのシンボルとしてのカレーの曲を作ろうというアイデアから膨らませていきました。


── 共作することでどんな気付きや発見がありましたか?

浜端:たくさんありますね。たとえば、「カーテンコール」は、平成から令和に変わるタイミングで、時代について歌っています。この曲は時代が主人公であり、時代に生きてきた人たち全てが主人公。僕もその一人だったのに、はじめのころは俯瞰して見ていたから、でっかすぎる歌だなと戸惑いました。でも、今はしっくりきて歌うのがすごく好きになりましたね。いまって、コロナ禍や、世界では戦争が起きたり、想像もできないような経験を皆していると思うんですよ。だからこそ、その先に見えるのはやっぱり希望であってほしいし、自分自身もそういう気持ちで歌えるようになりました。つまり、自分ごとになったんだと思います。スケールが大きい歌ですから、そう思えるようになるまではやっぱり時間がかかりましたけどね。



── 「世界にひとつの僕のカレー」というタイトルを見て思ったのですが、オフィスオーガスタの皆さんはカレーを作らないとダメという不文律がある?

浜端:あはははは。実はそう……。いえ、そんなものは、ありません(笑)! ただ、僕はカレーをすごく、すごく、よく作ります。作り始めのきっかけもコロナ禍ですね。僕はツアー先でカレーの名店や人気店を巡るのがひそかな楽しみだったんですが、ツアーが途絶えてしまったのでお気に入りを自分で再現してみようと思ったんです。それをきっかけに、Instagramには架空のカレー店のアカウント「HEY CURRY」も作りました(笑)。カレーだけの写真ばかりですが、よかったらチェックしてみてください。

── プロ並みの腕前ですね!

浜端:照れますね。お皿に赤い絵柄が入っているのが、僕自作のカレーです。今回、参加してもらった磯貝サイモン君との出会いも、実はカレーなんですよ(笑)。

── それは、どういう意味ですか?

浜端:カレー好きのミュージシャンたちが集まるグループラインがあって、はじめは部長のNAOTOさん、DEPAPEPEやスキマスイッチでベースを弾かれている紺野さん(紺野光広)と僕の3人だったんです。でも、だんだんと増えてきてあるときに知人が、「サイモン君もカレー好きだから招待した」と。僕は彼の曲が個人的に好きで聴いていたからうれしかったですね。


── カレー愛は強し、ですね(笑)。磯貝さんとの制作はいかがでしたか?

浜端:今回のアルバムを作るときに、ライブ感とは別に、ち密に作り込んだ楽曲も入れたい、作り込むなら「オンライン」と「中央林間行き各駅停車」と決めていました。ち密に作り込める知識と技術、機材すべてが揃っているのは誰かと考えたとき、サイモン君が浮かびました。それで、グループラインから直ラインに切り替えて、「お願いしたいことがあるので、一緒にカレーを食べませんか」と誘いました。まずは、都内のカレー屋さんで一緒にカレーを食べました(笑)。

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