【コラム】グレープは、豊かな物語を生み続けるみずみずしい果実

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長く生きていればいいことがある。さだまさしと吉田政美のグレープが、47年振りのアルバムを出すという。昨年11月3日、東京・神田共立講堂での結成50周年記念コンサートで、新曲「天人菊」が演奏され、ニューアルバムのリリースが発表された時、まさかの展開にファンは色めき立った。当時を知る人もソロデビュー以降のさだまさしから入った人も、これは奇跡と呼んでもいいのではないかという、静かな興奮がファンの間を駆け巡った。

▲結成50周年記念コンサートのもよう

さだと吉田の共演は、それほど珍しいことではない。折に触れ、さだのライブやアルバムに吉田は参加してきたし、1991年には「レーズン」名義での新作アルバムとシングルもリリースされている。『あの頃について~シーズン・オブ・レーズン~』はグレープの作品に数えなくていいのかとも思うが、そのあたりの解釈は本人たちに任せるとして。なにしろ、さだまさしと吉田政美のグレープが、47年振りのアルバムを出すという。タイトルは『グレープセンセーション』。「天人菊」(ガイラルディア)の花の種類に実際に存在するという、とても美しい名前。

▲アルバム『グレープセンセーション』

聴く前にネタバレしてはいけないのは重々承知だが、気にせず書く。『グレープセンセーション』の1曲目「うたづくり」のリードボーカルは吉田政美だ。さだはかつて吉田のギターを“日本一”と称えたことがあるが、ここでは堂々とボーカリストとしての魅力を発揮する。深く、穏やかで、包容力ある、素敵な歌声。さだのハーモニーにも愛があふれる。そして2曲目「夢の名前」も、主旋律をとるのは吉田だ。いかにもさだらしい流麗なメロディを、素直に伸びやかに歌う。もう最初の2曲でじんわりと胸が熱くなる、昔と同じようで実は違う、これが2023年のグレープ。

そして『グレープセンセーション』の大事な聴きどころは、3曲収められた、かつての代表曲のセルフカバー。「縁切寺」はバンドサウンドを加えて力強く、特に後半の感情の昂ぶりは、今風に言えば実にエモい。当時のライブアルバム『三年坂』のバージョンを、さらにスケールアップした印象がある。ドラムが実にいい。そして新曲に戻って「春を待たず君を離れ」。さだまさしがボーカルをとる、アコースティックギターとストリングスとベースのアンサンブルによる、穏やかなスローナンバー。しかし歌詞のテーマは別れ。愛しさとせつなさが交錯する、さだまさしならではの叙情の世界。



振り返るとグレープには、そしてさだまさしには、花の名前を関した曲がとても多い。季節を託し、心を託し、人生を託し、詩人のイマジネーションを託すのに適しているからだろう。「天人菊」もその系譜に連なる曲で、花に託して思い出の中の母の声や仕草に思いを馳せる。トレモロ奏法が悲しくも美しい、グレープらしい1曲。続くセルフカバー第二弾「無縁坂」も母の歌だ。フォークソング調でありながら、ドラムとベースが刻む現代的で重厚なリズムを聴いていると、「グレープは本当はロックをやりたかった」という逸話をふと思い出す。歌心あるピアノも素晴らしい。

タイトルからしてユニークな「ゲシュタルト崩壊」は、言葉への繊細な感性を人生の哲学に昇華する、穏やかなフォークバラード。しあわせについて、その形と深みを繰り返し考え続ける、さだまさしらしいアプローチだ。続く「春風駘蕩」はアルバム中唯一のアップテンポ、明るく華やかなリズムに乗って颯爽と駆け抜ける。前曲と同じく、しあわせについて歌う歌詞は力強く前向きで、サビの二人のハーモニーは明るい希望で輝いている。



「花会式」(はなえしき)は、奈良・薬師寺の春の行事をテーマにした、さだが得意とするご当地ソングの最新型。親族か友人か、もう会えない人への思いを叙情と叙景を交えて綴る歌詞は、悲し気だが決して暗くはなく、独特の浮遊感が静かな感動を呼ぶ。2本のアコースティックギターと、隠し味のようなシンセがいい味を出している。そしてアルバムの最後を飾るのはやはりこの曲、「精霊流し」のセルフカバーだ。アレンジは原曲とほぼ同じ、しかしストリングスやアコースティックギターの豊かさと透明度は数段アップ。年輪とともに説得力を増す、さだの歌も素晴らしい。それにしても、この歌詞を20歳そこそこで書いたとは、今さらながら驚きしかない。三連符に乗せるメロディの伸び縮み、転調の鮮やかさも天才的。フォークもポップスも歌謡曲も超えた、稀代の名曲。

グレープの50周年と同時に、アーティスト活動50周年に入ったさだまさしは、6月から8月にかけて「さだまさし 50th Anniversary コンサートツアー2023 〜なつかしい未来〜」と題して記念コンサートを行う。その中に「グレープナイト」という一夜があるということは、何らかの形でこのアルバムの楽曲も歌われることになるのだろう。詳しくはさだまさしのオフィシャルホームページにて。

グレープはドライフルーツではなく今もみずみずしい果実であることを、『グレープセンセーション』は示してくれた。日本のポップスの源流の一つとして、特に歌詞というより詩そのものとして、豊かな物語を今も生み続けている、グレープとさだまさし。そのかけがえない価値について、このアルバムを通してより多くの人に気づいてもらえれば幸いこの上ない。長く生きていればいいことがある。さだまさしと吉田政美のグレープが、47年振りのアルバムを出してくれた。

文:宮本英夫



  ◆  ◆  ◆

オリジナル・アルバム『グレープセンセーション』

2023年2月15日リリース

収録曲(全10曲)
01、うたづくり
02、夢の名前
03、縁切寺
04、春を待たず君を離れ
05、天人菊
06、無縁坂
07、ゲシュタルト崩壊
08、春風駘蕩
09、花会式
10、精霊流し

通常盤のみ:VICL-65764  税抜¥3,500-/税込¥3,850-

『グレープセンセーション』
※ストリーミングサービスおよびiTunes Store、レコチョク、moraなど主要ダウンロードサービスにて2/15より配信予定。
※音楽ストリーミングサービス:Apple Music、LINE MUSIC、Spotify、YouTube Music、Amazon Music Unlimited、AWA、KKBOX、Rakuten Music、TOWER RECORDS MUSIC

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