【レビュー】“庭”から“沼”へ。アーティスト・蒼井翔太を余すことなく伝える映像作品

今やジャンルの一つとして確立されている「声優アーティスト」。その中でも唯一無二の個性を放っているのが蒼井翔太だ。一度聴いたら忘れられないハイトーンボイスで、演じるキャラクターは時に性別を超え、時には次元をも超えるなど、他の追随をゆるさないオリジナリティーで多くの人を魅了している。

そんな彼のアーティストデビュー10周年を控えた今年1〜2月、地元・福井を皮切りに全国4都市でライブツアーが開催され、ファイナルとなる東京・両国国技館での公演が収録されたBlu-ray『蒼井翔太 LIVE 2023 WONDER lab. Garden』が6月28日に発売された。


蒼井のライブといえば、歌声だけでなく、ビジュアルやパフォーマンスなど視覚的に楽しめる要素がふんだんに盛り込まれているのが特徴のひとつだ。今回のライブは「Garden」のタイトルにちなみシンボリックな巨大ツリーのセットが中央に設置され、幻想的な雰囲気を漂わせている。しかし、「庭」と称するわりには樹木と草木ばかりで花が見当たらない。だが、ブルーのペンライトの灯りに包まれた会場と、そこに現れた蒼井の姿ですぐに理解した。白のスーツの腰回りには花の装飾が施されている。そうか、花は彼自身だったのか！　映像がアップになると、マイクがキラキラにデコレートされていることに気づく。さらには可憐なネイルアートや、ラインストーンを忍ばせたアイメイクなど、こだわりのディティールが確認できる。



2014年にリリースされた1stシングル「Virginal」でライブの幕が上がり、そこから一気に駆け抜けていく。4曲目の「ずっと…」で“出会ってくれてありがとう　見つけ出してくれてありがとう”と語りかけるように歌ったかと思えば、「秘密のクチヅケ」ではリップ音を響かせ、セクシー＆ワイルドなパフォーマンスを繰り広げる。1曲ごとに変わっていく表情に心を捉えられしまい、この時点ですでに目が離せなくなっていた。

ダンサーコーナーを挟み、シースルーのガウンにヘッドドレスを付けた姿にチェンジして登場。ボリューミーでカラフルなガウンの裾を翻し、「哀歌」「HEAVEN!」などを披露する。そして彼の真骨頂とでもいうべき透き通る歌声が堪能できる「Melodia」を歌い上げたあとのMCで、このライブのコンセプトやセットに花がない理由が明かされた。冒頭で、彼自身が花であるのだと感じたが、実はオーディエンスひとりひとりも花だったのだ。たしかにそう言われると、会場一面に広がるペンライトの光は、満開の花のようにも見えてくる。



そして再び衣装チェンジ。フリルが印象的なオールブラックのスーツに着替え披露されたのは、「ポプテピピック TVアニメーション作品第二シリーズ」のオープニングテーマ「PSYCHO:LOGY」だ。かなりトリッキーな楽曲なのでライブでどう再現されるのか未知数であったが、オペラ調のヴォーカルなどを織り込んで、歌い上げていく。さらにはスペシャルゲストとして、「ポプテピピック」のポプ子とピピ美が登場してライブを盛り上げる。


計算され尽くされたパフォーマンスや、煌びやかなビジュアルはやはり彼の強力な武器だ。ボーカリストとしてのズバ抜けたスキルや表現力にブーストをかけ、アーティスト・蒼井翔太を余すことなく伝えられるのは、やはり視覚的にも楽しめるライブだからなのだろう。そしてそんな彼だからこそ、曲の途中でふと見せるラフな笑顔から伺える“素”の表情に、かえってドキッとしてしまうのかもしれない。

本編が終わり、アンコールでは「Baby Steady Go!!」などのアップテンポな曲を披露する。そして、ライブのラストを彩る楽曲は「君のとなりで」。歌の途中、涙を堪えて声を詰まらせているようにも見え、思わずもらい泣きをしてしまいそうになった。


個人的な話で恐縮だが、彼を知ったのは乙女ゲームのキャラクターからで、さらには透明感のある歌声もあいまって、どれだけビートの強い曲を歌っていてもどことなく儚げな印象があった。しかし、アーティスト・蒼井翔太のパフォーマンスはそんなイメージなどどこ吹く風で、ひたすらパワフルかつソリッドで、エネルギーに満ちていた。

このBlu-rayは、ずっと追い続けている人はもちろんだが、私のように知った気になっていながら、その実、彼の魅力のほんの一部にしか触れてなかった人にぜひ見てほしい。特典映像のメイキングドキュメンタリーと合わせて見ることで、より一層、彼の底知れぬポテンシャルを感じることになるだろう。もしかしたら、この「庭」の入り口が、「沼」に続いているのかも知れないけれども。　

文◎加賀谷優子