【スロー・アンダースロー/リーガルリリー海の短編連載】第12回「食卓」

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台所に「二十世紀」が落ちている。正確に言えば、「二十世紀」と書かれた紙袋が台所の足元に置かれていたのだ。中を覗くと、果物と小袋のお菓子がいくつか入っていた。

「これどうしたの?」そう羊子に聞くと「うちの患者さんで中山さんっていうおばあちゃんがいるんだけど、その人がわざわざ持たせてくれたのよ」と言った。


袋の中から煎餅を一つ手に取り口に運ぶと、少しだけ湿気ていて、それが昔ばあちゃん家の机にどっさり置かれていたお菓子みたいで妙に懐かしかった。



羊子は紙袋から一個ずつ、全部で五つの玉を取り出した。それらはどれも鮮やかな若草色をしていて、傷一つ無く、果物として完璧な姿で現れたのだ。そして「いくら美味しい梨とは言え、二人で食べるには随分かかりそうね」と笑いながら冷蔵庫に四つ、冷凍庫に一つ入れて、軽い足取りで風呂場へと向かった。僕はこの時初めて「二十世紀」が梨であると知った。



早々と風呂からあがった羊子の髪は生乾きだった。どおりでいつもよりドライヤーの音が短かったわけだ。そしてこちらに目を向けることもなく一目散に冷蔵庫へと向かい、まだほんのり赤い頬に梨を当てた。「ひゃっ」と一瞬肩を窄めてから、今度はゆっくりとその冷たさを感じている。風呂あがりのぽーっとした横顔が寝起きの子供みたいにみえた。



梨がじりじりと音を立てて剥かれていく。こうやってまな板と包丁を持ってきて、台所ではなく食卓で果物が切られる、そんな時間がどこか特別な気がして昔から好きだった。


優しい香りは刃を動かす度に小さな飛沫をあげて机に落ちる。点々とこちらに向かってくるその染みからは甘さだけでなく、僅かに瑞々しさも感じることができた。羊子はそんな果汁が包丁の柄を伝って手首に落ちると、舌を尖らせて器用に舐めた。こんな何気ない仕草のことを、僕はこれから先何度反芻するのだろう。




皿にいくつか出そろった梨を爪楊枝でしゃくりと刺す。持ち上げると、ずっしりとした重みが一点に集中しているのが分かる。爽やかな香りのそれを落とさないように大きな口で迎え入れると、歯と歯の間でパキっと気持ちよく割れた。それから、しゃくしゃく、じゃくじゃくと口を閉じていてもわかるくらい大きな咀嚼音を出させた。肝心の味はというと、まだ少し若すぎたのか中心の部分が爽やかだった。言葉を選ばずに言うとかなり酸っぱかったのだ。


けれど羊子は美味しそう(嬉しそう)に食べた。「旬のものを人から貰えるって、すごく幸せなことだと思うの。ああ、美味しいものを食べた時にこの人の中で私の顔が浮かんだんだなーって。」僕には味の良し悪しなんて分からなかったけれど、そんなことを言うもんだから手をのばすのをやめる気になれなかった。

そういえば前にも「フルーツは自分で買うものだけど、果物は人から貰うもの」なんてことを言っていた。その時は何を言っているのかさっぱりだったけれど、きっと今みたいなことを言うんだろうな。



「それにしても二十世紀なんて名前、SFみたいでかっこいいな。二十世紀を手に入れたとか、二十世紀を奪い合うとか」
「ほんとだ、何やっても全部SFだ。じゃあ、もしこの家で猫とか飼ったらさ、二十一世紀って名前つけようよ。」
「いいね、二十一世紀が怒った、とか」
「そうそう、二十一世紀の尻拭いとかね」
「尻拭いは色んな意味でSF過ぎない?」


リーガルリリー 海

スリーピースバンド、リーガルリリーのベーシスト。国内のみならず、カナダ、アメリカ、香港、中国といった、海外でのグローバルなライブ活動も行い、独創的な歌詞とバンドアレンジ、衝動的なライブパフォーマンスが特徴。ドラマParavi「隣の男はよく食べる」主題歌の新曲「ハイキ」を含む、5曲入りミニアルバム「where?」を5月24日にリリース、7月2日にはバンド初となる日比谷野外音楽堂公演を開催した。9月からは全国7箇所を巡るワンマンツアー、12月に対バン企画を実施する。

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