【ライブレポート】小林私が、小林私らしく

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小林私が、ワンマンライブ<分割・裁断・隔別する所作>の最終公演を8月27日、東京・有楽町の劇場I’M A SHOWにて行った。ギター弾き語りで歌われる楽曲の数々はもちろん、曲間のトークでも彼らしさを遺憾なく発揮し、他の何者でもない小林私というアーティストのありかたを誇示……いや、誇示ではないか、図らずもあらわにしてしまうようなショウは、何から何まで楽しかった。

◆ライブ写真

7月15日の大阪・GORILLA HALL OSAKA、そして8月5日に同じくI’M A SHOWで行われた公演に続いて、東京2公演目となったこの日。東京の2公演では「ワンマン」と銘打ちながらもそれぞれ歴史は踊る、そしてレトロリロンと、小林とゆかりのあるバンドがゲスト出演。その理由を小林はインタビューで「ひとりでやるのが嫌だから」と説明していた。筆者は東京の2公演ともに観ることができたのだが、実際、ゲストがいるということはライブのパッケージとしてとてもよい効果を生み出していたように思う。その「よい効果」というのは簡単にいえば「小林私がより小林私らしくいられる」ということで、その効果は後述するライブ中盤の「ラジオパート」において最大化されていた。


さて、その最終公演。まずはゲストのレトロリロンが登場して場を温める。「温める」どころではない。出てくるなり涼音(Vo, G)がお客さんを席から立たせ、手拍子をさせ……つまり、普段の小林私のライブではまずありえない光景を生み出して盛り上げてみせたのである(あとで出てきた小林も「みんな、動けるんだね」と驚いていた)。最初は面食らっていたようなオーディエンスも涼音のテンションと笑顔に引っ張られるように徐々にボルテージを上げていく。そこに袖で観ていた小林もちょろっと乱入したりして、一気に場内はひとつに。8月5日の歴史は踊るはそれとは対照的にじっとりと自分たちの世界に引き込んでいく感じだったが、いずれにしてものちの小林私の出番との落差がここで生まれて、ショウ全体にドラマティックな起伏が生み出されていたというのは見逃せない。もちろんそこまで計算していたわけではないだろうが。

そして何よりレトロリロンのパフォーマンスがすばらしかった。跳ねるリズムで突き進むポップチューン「カウントダウン・ラグ」に始まり、ソリッドなアンサンブルで聴かせる新曲「ヘッドライナー」へ。永山タイキ(Dr)の力感のあるプレイ、飯沼一暁(B)の生命力あふれるベースライン、そしてその上で踊るように旋律を描くmiri(Key)のキーボード。総立ちでお客さんが手を叩く光景はまさにライブハウスだ。シンセベースの音色がムードを塗り替えるR&B調の「Document」を終えると、「小林くん、ワンマンおめでとう。じっくり楽しんでいってください」と涼音が告げて早くも最後の曲「深夜6時」へ。繊細なギターのアルペジオをパワフルなドラムが後押しし、じわじわとエモーションを高めていく。もともとがシンガーソングライターである涼音の歌の力も全開のこの曲をスケール感たっぷりに届けると、ゲストアクトとしての役割をしっかり果たしてステージから去っていった。


そしていよいよ小林私の出番。Tシャツにジーンズ、そして裸足という出立ちでフラフラと現れ、水やピックケースなどが置かれた台を動かそうとして倒したりしつつ、ギターをのんびりとチューニングしたかと思うと、おもむろに『Vampire Survivors』というゲームの話を始める。「なんの武器が好き?」などと誰にともなく尋ねたり、かと思えばアニメ『範馬刃牙』の話をしたりしながら突如ギターをかき鳴らし1曲目「線・辺・点」を歌い出した。さっきまでの緩さは一体どこにいったのかという緊迫感がステージから放たれ、ドスの効いた小林の声が突き刺さるように響いてくる。よくお笑いは「緊張と緩和」だというが、小林私のライブはまさに「緩和からの緊張」。もちろん楽曲と歌の力あってのものだが、それをさらに強調するような展開は、何度目撃してもゾクゾクする。言葉を変えるならば、小林私のライブはあんこの代わりに激辛カレーが詰まったアンパンのようなものだ。外見はふんわりソフトなのに、かじってみると刺激的。それはアンパンなのか、それともカレーパンなのか。どっちでもあるし、もっといえばどっちでもいい。


曲が終わると再び「緩和」、またはパンの部分に戻る。「客電落としてください、(観客の)目がやかましいので」と客商売にあるまじきお願いをすると、『Vampire Survivors』の話を継続。果たしてこの日この場所に集まっている人の何%がこのちょっと通好みなゲームをプレイしているのかはわからないが、「みなさんもやってみてください」と無理やり締めると、ここでこの日のライブで映像収録が行われていることをお知らせ。「なんで俺、こんな感じでしかできないんだ……」と自虐しながら、おもむろに(基本曲に入るときはすべて「おもむろ」なので、以下省略します)「並列」に突入していく。シンプルなコードワークの上で哀愁あふれるメロディが迸る。どうしようもなく心がざわつくようなパフォーマンスの途中でふとさっきのトークを思い出してなんだか悔しいようなしてやられたような気分になる。仕事柄いろいろなライブを観てきているが、こんな気持ちにさせられるのは小林私ただひとりだ。それはとりも直さず彼の音楽が強烈な求心力をもっていることの証明であり、このある意味ぞんざいに曲を投げつけるようなパフォーマンスが、かえって彼の音楽的な力を証明するという屈折した構造こそが小林私の本質なんじゃないかと思えてくる。


そのまま続けて名曲「HEALTHY」をプレイして会場を圧倒すると、「今日、アルバムの曲いっぱいやると思うでしょ? やりませんから」とまさかの宣言。普通はこういう発言は「フリ」なのだが、彼の場合はおそらくガチである。確かに8月5日も『象形を裁つ』の曲は少なかった。「ということで新曲をやります」と誰も知らない未発表曲を歌い始める小林私。アップテンポの楽曲で、流れるようなメロディラインが印象的な曲だった。天邪鬼というのか、とにかくみんなの予想の逆へ逆へと全ベットしながら進むライブ。続けて「スープが冷めても」を冒頭で「歌詞を忘れた」とスマホで確認したりしながら披露すると、ステージから無言で去っていく小林。暗転した場内に、どこかで聞いたことがあるようなラジオCMが流れ始める。続けて嘘の交通情報、そしてまたCM。「守りたいものがある。宝石のように輝く日々。左手をかざして、右手には剣。『沈黙の森』」。小林私のファンであればわかるツボを的確に突きながら始まっていく、そう、これがこのライブのメインイベント「小林私のラジオ」である。


ステージの中央にテーブルと椅子が置かれ、「ON AIR」というランプに灯がともる。ジングルが流れ、小林が「自宅のインターネットが利用料滞納により強制解約になった」という話題から話し始める。そしてライブ開始前に観客から集めたアンケートをリスナーからのお便りに見立てて紹介し始める。そのアンケートには出演者へのメッセージや「『分割・裁断・格別する所作』みたいなことを言ってください」という大喜利の答えを書く欄があって、その中の秀逸な回答をつらつらと読み上げていく。それをひとつずつしっかりイジりながら進行していくラジオ。この番組、レギュラーでやってたら欠かさず聴くと思う。

そんな、小林の言葉によれば「意味のないターン」を経て、ゲストのレトロリロンが登場する。ここまでの流れを見て「出てきづらいよね〜」と涼音。ラジオっぽいプロフィール紹介をしたり、お互いの馴れ初めを話したり、知られざるエピソードを開陳したり……鬼のようにメモを取ったので全文書き起こしをしてもいいのだが、そうするとそれだけでライブレポートが終わってしまうので詳しい内容はぜひのちにリリースされるCD版『原作』(このライブの翌日に配信リリースされた弾き語りアルバム)に収録されるという映像で確認してほしい。そのリリース情報などをいやいやながら告知する小林。最後に自分が出るわけではないトリプルファイヤーとCRYAMYの対バンイベント(確かに熱い2マンだ)をお知らせするとトークパートは終了。再びCMと交通情報を挟んで、2組によるセッションパートへと進んでいく。


コラボでまず演奏されたのはレトロリロンの「Slow time lover」。メロウなサウンドの上で涼音と小林の歌声が絡み合う。そして永山のドラムから小林の楽曲「生活」へ。美しいハーモニーを響かせながら、一味違うパフォーマンスが繰り広げられていく。「生活」は8月5日にも歴史は踊るとのコラボで披露されていたが、当然ながら演奏するバンドが変われば質感も変わる。とてもグルーヴィーで濃厚なレトロリロンバージョンの「生活」、とても気持ちよかった。

そんな特別な時間を経て、再びステージ上には小林ひとり。9月1日に開催されるミュージシャン大喜利トーナメント 「M喜利-BANKA-」の告知動画をこの日のライブのどこかの曲中で撮影する、と予告しながら、ギターを爪弾いて「みんなは熱くなる瞬間ってある? 俺はあるよ」と「MCっぽいMC」をし始める。口調はそれっぽいが喋っている内容はテトリスのことだ。「俺だってライブは出たくない。でも出てる。無理してる。本当は家でテトリスとかしてたい」とかっこよく言い放つと、「そんな思いとは関係ない曲をやります」と「遊歩する男」を歌い始める。日常の退屈とどう向き合い、それを受け入れていくのかを歌った曲(だと個人的には思っている)。その中身は、決して先ほど小林が話していた内容と無関係ではないと思えるから不思議だ。


そして「飛日」を経て『象形を裁つ』からの「目下II」、さらに「biscuit」へ。先ほどは「アルバムの曲はやらない」と宣言していたが、ちゃんとやるじゃないか、と思った。おそらくこのライブが映像として商品化されることとも無関係ではないだろうし、事前にレコード会社から強くお願いされたのかもしれないが、いずれにしても新しい曲をこうしてライブで聴けるというのはとてもいいものだ。しっかりとアレンジが施された音源のバージョンとは違う弾き語りだからこそ、『象形に裁つ』に刻まれた小林私の進化がはっきりと伝わってくる。とくに過去曲に比べて言葉がはっきりと届いてくる感じがするのがとても新鮮だった。


最後まで『Vampire Survivors』の話を引っ張ったり、ライブで言うことは特にない、ということをお母さんヒス構文で話したりしながら、ライブは最終盤に。「花も咲かない束の間に」を高らかに歌い上げると、「キングレコードに入ってから、落ち着きつつ『仕事ってこうか』という感じになってきている」とふと実感を口にして「怪我なく無事に、みなさんが家に帰れることを祈っております」とメッセージしながら最後の曲「サラダとタコメーター」。グッとギアを入れたギターのストロークと捲し立てられるボーカル。途中何度か歌詞を飛ばして随時スマホで確認しながら都度何事もなかったかのように再開し、最後まで駆け抜けると、「小林私でした!」と彼はいそいそとステージから降りていった。予測不能のハプニングも、確信犯的なイレギュラーも散りばめられた、小林私らしいエンターテインメント。決してめちゃくちゃ長い時間やっていたというわけではないのにお腹いっぱい、凄まじい満足度だった。

取材・文◎小川智宏
写真◎ハタサトシ


セットリスト

【Guest.レトロリロン】
1.カウントダウン・ラグ
2.ヘッドライナー
3.Document
4.深夜6時

【小林私】
1.線・辺・点
2.並列
3.HEALTHY
4.落日(新曲)
5.スープが冷めても

-ラジオパート「小林私のラジオ」-

6.Slow time lover (レトロリロンとのコラボパフォーマンス)
7.生活 (レトロリロンとのコラボパフォーマンス)

8.遊歩する男
9.飛日
10.目下Ⅱ
11.biscuit
12.花も咲かない束の間に
13.サラダとタコメーター

セットリストプレイリスト:https://kobawatashi.lnk.to/827_setlist

DIGITAL ALBUM『原作』

2023年8月28日(月)配信開始
https://kobawatashi.lnk.to/GENSAKU
収録曲:
1. 四角
2. 可塑
3. HEALTHY
4. リブレス
5. biscuit
6. 地獄ばっかり
7. スープが冷めても
8. 香日
9. 笑って透明人間
10. 光を投げれば
11. 冬、頬の綻び、浮遊する祈り
12. 飛日
13. 並列
14. 花も咲かない束の間に
15. サラダとタコメーター

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