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20世紀も4分の3がすぎた頃、Nicky Smith(eNo)はイングランド南部の都市ボーンマスで生まれる。その後、フランス最北部の小さな町コードリーに移りそこで育った。つまり距離的には近いが全く異なる2つの文化をバックグラウンドとして持つことになる。小さな田舎町での退屈な日々で彼は絵を描くことや、アニメーションやSF,ホラー映画を観ることに没頭するようになった。ユリシーズ、ターミネーターのイントロからその頃見たもの、したこと全てが彼の今後のアートに強く影響を与えることとなる。

10代後半に再びイギリスに戻った彼は、イギリス三大文化都市と言えなくもない(けど聞いたこともないが)リーズ、 スカボロー、 ボーンマスでグラフィック・アートを学ぶ。リーズではカレッジの傍ら、ある雑誌のイベント・フォトグラファーとして働く。その頃行ったイベントの一つが今やDaft Punkの伝説となるライブだったが、それが彼の人生を大きく変えることになった。彼らのライブ・ビジュアルに強く打たれたeNoは、その後の彼の活動へと続いていく「最高のライブ・ビジュアルを自分で創っていきたい」という強い欲望が目覚めるきっかけとなった。

ロンドンに移った彼は、コンピューターゲーム、マーケティング、TVや映画のポスト・プロダクション、DVDグラフィック・デザイン、Webデザイン等あらゆる分野で活躍の幅を広げる一方で、新たにNew Bleepと呼ばれるローファイ・マルチメディア・イベントのオーガナイズも始める。これは彼のスタイルの原点とも言えるのだが、コンピューターゲームを設置し、それを操作することで音楽に合わせ、そこに居る誰でもがビジュアルを操ることができる音楽とビジュアルの夜。

New Bleep にはSemiconductor films, Gescom, Russell Haswell, Luke Vibert, Beflix, Hrvatski, Hellfish 等や、ADAADAT,

Micromusic, Irritant, 19-t 等のレーベル・アーティストが多数参加した。
そうするうちに、イベントをオーガナイズするよりもライブ・ビジュアルそのものに専念するべく、他のオーガナイザーが主催するイベントでの活動を始める。最初の大舞台は、Aphex Twin, Bogdan Raczynski, Ovuca, Cylob やDJ Scudなどが所属するAnti-Clockwise全員が参加した2002年Rephlexヨーロッパ・ツアー、パリでの8時間に及ぶライブとなる。この頃彼のアイデアをより生かすためパソコンを始め、色々な装備に投資する。

同じ頃、才能あふれるmax-mspopenGLプログラマー“数字でできた頭脳を持つ男“Justin Randalと知り合い、彼とのパートナーシップによりWeirdcoreが誕生する。

その後、Joana Seguro (Lumin) や Ned Beckett (Littlebig)といった元warpのスタッフでもあるイベント・オーガナイザー、プロモーターと組み仕事を始める。彼らを通してWarp Recordの様々なパーティーに出演し、Chris Cunningham等とも競演する機会にも恵まれた。その活躍からWarp RecordのアーティストMira CalixのためにHayward Gallery にてインスタレーションすることになり、それが彼女のシングル"nunu"のミュージック・ビデオとなる。

Weirdcoreは後に Lightning Bolt , Squarepusher, Ceephax Acid Crew, Venetian Snares, mu-ziq, Solar-X, Hecker

& Russell Haswell, Global Goon, Richard Divine等の錚々たるアーティスト達とも共演を果たす。

この5年間でeNoは、Sonar(ES)をはじめ Glade (UK), Faster than sound (Alderborough festivalの一部), Name (FR), Moscow Electronic Art Festival (RU), Ether (UK) にOptronica (Weirdcoreはロンドン、ウォータルーの IMAX シネマで行われたイベントの最初のアーティストとなる)といった各国の様々な大型フェスティバルで活躍するようになる。また、ブライトンをベースとする Wrong Music とコラボレーションし、DJ Scotch Egg(ADAADAT)やShitmat(planet mu)等のアーティストと共に2005年ジャパン・ツアーを成功させた。

2007年、ラップトップでのイベント・プロジェクトから、パワフルなデスクトップを備えたスタジオベースのプロジェクトにより重点を置き、Smartslabのディスプレイ・ビジュアルや、Promo Onlyでのビジュアル・コンピレーションDVDを制作。これによって多くのクラブやバーでも彼のビジュアルが使われるようになる。