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Tupac Shakurは、その評判に違わぬ無謀な人生を送ったラッパーとして、歴史に名を残す人物だ。銃撃戦や乱暴なセックス、ギャング抗争に“荒くれ人生”。そんなネタをラップしては、自らも逮捕、投獄、狙撃を経験し、やがてラップのネタどおり殺されてしまう…。

才能あるラッパーであり、優れたリリシスト(詩人)としても知られたTupacは、ヒップホップ版Marvin Gayeと称えられることもしばしば。才能に溢れながらも、根っこの部分では一筋縄ではいかぬ“問題児”というわけだ。

音楽での成功を元手に、映画界でも成功を収めた彼は、わずか5年の間に次々と産み落としたアルバムが5枚、映画が5本、ゲスト参加にいたっては数知れないという、ショー・ビジネス界有数の働き者でもあった。''96年に殺害されるまでの間に、Tupacは目一杯生きて、多くのことを成し遂げた。

牢獄で生まれ、カリフォルニア州オークランドでブラックパンサーの元メンバーの手で育てられた。Tupacのキャリアは、P-Funkをヒントにしたセックス・ソングで有名な北カリフォルニア出身のラップグループ、Digital Undergroundのバック・ダンサーからスタート。カリスマ性のあるTupacは、ほどなく同グループでラップをやるようになり、やがてソロに進むべく脱退。“Brenda''s Having A Baby”をフィーチャーした''91年の傑作デビューアルバム『2Pacalypse Now』は、リリースと同時にPTAからは怒涛のごとく反発を食らい、検閲官からは脅しをかけられ、論争の絶えることがなかった。

彼の歌のとおりにテキサスの警官が狙撃された一件や、ダン・クエール副大統領が公式に警告を発したことなどから、Tupacはあっという間にヒップホップ界最大のお騒がせ人物となっていく。このアルバムではすでに、来たるべきプラチナム・アルバム製造の秘策がうかがわれる。つまりは、拳銃所持、女性蔑視、荒くれ人生等々、ハードコアなテーマの曲がある一方で、優しさや思いやりのある、悩みを抱えた人間的な側面も見せることによって、彼の“ダークなイメージ”に“柔らかさ”を添えるという手法だ。

映画『Juice』で俳優としての輝かしいキャリアをスタートさせながら、デビュー・アルバムに続き、西海岸の2大お騒がせラッパー、Ice-TとIce-Cubeの参加を得て、『Strictly 4 My N.I.G.G.A.Z.』なる強力なハードコアの傑作を送りだし、自らをめぐる論争に応じた。収録曲の“Keep Ya Head Up”と“I Get Around”は、彼にとっての出世シングル。映画では、Janet Jacksonの『Poetic Justice』に出演して傷つきやすい一面を見せ、また、元N.W.A.のラッパーで、現在第一線のラップ・プロデューサーであるDr.Dreがサントラを手掛けたバスケットボール映画『Above The Rim』にも出演。しかし、婦女暴行をはじめ様々な嫌疑での逮捕を繰り返したり、スタジオでレコーディング中に撃たれて負傷したり、再び物議は激しくなって、次作のアルバム『Me Against The World』をDreのDeath Row Recordsで制作はしたものの、リリース時には彼は刑務所の中。

ヒット・シングル“Dear Mama”をフィーチュアした『Me Against The World』は、いつになく暗い、内省的なアルバムで、Tupacの姿にしても音にしても、荒くれ者というよりは、本人が主張していたとおりの繊細な男を思わせる。釈放されるや、やる気も新たに数ヶ月スタジオにこもってレコーディングしたのが、ヒップホップ初の2枚組の大作『All Eyez On Me』で、“California Love”というDr.Dreとのデュエット曲や、Snoop Doggy Dog、George Clinton、Roger Troutman、Method Manといったゲストがフィーチャーされている。

以後、''96年にラスベガスで銃弾に倒れるまでの間に、さらに2本の映画(『Gridlock''d』と『Gang Related』)の撮影をこなし、ラッパー仲間のレコードにも数多くゲスト参加し、次作となるはずだった『The Don Killuminati: The 7 Day Theory』も録音している。

彼の死はラップ・コミュニティにただならぬ衝撃を与え、それでなくても火が着いていた東vs西の対立に油を注ぐ形となった。彼の死はライバルのレーベル、Bad Boyと、その主役であるSean“Puffy”Combs、そして後にロサンゼルスで同じく銃弾に倒れたラッパーのNotorious B.I.G.が仕組んだものと考える向きが大方だったが、早くも伝説と化したTupac Shakurの型破りな人生をめぐっては、様々な説が今でも噂となって語り継がれている。

今や物言わぬ、多産なアーティスト。Tupacは、そのキャリアを通じて論争の荒波を泳ぎ続けながらも、数多くの成果と実績を上げてきた。英雄とみなす人も、殉教者とみなす人もいる。が、すべての人にとって、彼は伝説となったのだ。