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彼女のキャリアが始まったのはやっと10代を過ぎた頃からにもかかわらず、Toni Braxtonは同年代のWhitney HoustonやMariah Careyよりも、はるかに円熟したサウンドを聴かせていた。よりクオリティの高い楽曲を歌っていたのは確かだが、密のように甘いしっとりした声のため、ライバル達と比べて、Braxtonは実際の年齢よりも年が上で、かつ知的に聴こえるのだ。

おそらくMadonnaを除いては、最近の女性シンガーのほとんどが達成し得なかった、チャートにおける成功と評論家達の支持を同時に獲得することに、彼女は成功した。まだ2枚のアルバムしかリリースしていないが、Braxtonは今日のポップス/R&Bの女王として君臨しているのだ。

元々は家族でやっていたクインテット(Braxtons)の一員として、''90年にArista Recordsと契約。しかし、5人の中で最も年長だった22歳のToniは、プロデューサーのL.A.(Reid)とBabyfaceの目に止まり、彼らのLaFaceレーベルと契約することになる。

彼らの指導の元でデビューの準備を進め、''92年には映画『Boomerang』のサウンドトラックで、Babyfaceとのデュエット“Give U My Heart”を披露。翌年、アルバム『Toni Braxton』が発表された。

このアルバムには7人ものプロデューサーが参加しているにもかかわらず、彼らは全員、Braxtonの艶のある抑えの効いたヴォーカルを最大限に引き出すことに成功し、アルバムを通してまれに見る一貫性のあるサウンドの作品に仕上がっている。メロウなグルーヴの“Another Sad Love Song”は即座に全米チャートのNo.1になり、瑞々しいバラード“Breathe Again”や“You Mean The World To Me”も、ほとんど同様の離れ業を見せてくれた(しかも前者は''95年のグラミー賞にも輝いた)。

デビュー作が大成功をおさめたBraxtonは、次なる作品、''96年発表の『Secrets』のための準備期間として、2年間を費やすことが許された。Babyfaceと魅惑のバップ奏者R. Kellyのコラボレーションによって、このアルバムは、Braxtonのセクシーな側面を強調した胸にグッとくるバラードと共に、よりファンキーな“You''re Makin'' Me High”のようなサウンドも披露している。

Braxtonがグラミー賞の際に身に付けていた非常に薄地のドレスや、ほとんどヌードに近い格好で雑誌の表紙にフィーチャーされたことが話題を呼んで、大騒ぎになり、アルバムのリリースよりも、そちらの方がもっと注目を集めてしまった。しかし、どんなにネガティヴな話も、彼女の落ち付いた身のこなしと絶大なコマーシャルアピールの前には、即座に吸収されてしまうに違いない。