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Colour Me BaddやJodeciや、MotownのレーベルメイトであるBoyz II Men同様、見目麗しきハーモニー・グループ。オハイオ州出身の98 Degreesは、Justin Jeffre、Jeff Timmons、そして、NickとDrewのLanchey兄弟の4人組。遊園地やショッピング・センターでのプロモーション活動を通じて、感受性の強い若い女性のハートを見事につかんだ。チア・リーダーの部室を狙い撃ちするような、実に的を得たマーケティングではないか。

トップ40に5ヶ月もとどまった“Invisible Man”や、泣かせる曲を書かせたら右に出る者のないDiane Warren(Toni Braxtonの“Unbreak My Heart”やCeline Dionの“Because You Loved Me”を書いた女性)による“Was It Something I Didn't Say”のような仰々しいバラードを、隣りのお兄さん的な好ましいルックスで歌う彼らは、ティーン・エイジャーに受ければ成功するという簡単明瞭な方程式の正しさを証明して見せたわけだが、ここで誤解しないでほしいのは、98 Degreesが“人工的に創られたスタジオの産物”ではないということ。

彼らのスタートは何年も前、Jeff Timmonsがシンシナティからロサンゼルスに出てきてヴォーカル・グループを組み、音楽の道を追求し始めた頃に遡る。シンシナティのSchool For Creative And Performing ArtsでJeffと同級生だったNickとJustinが、共通の友人の薦めで、間もなく荷物をまとめ、陽光降り注ぐカリフォルニアへとやって来た。やがてNickは自分の弟であるDrewをリクルート。ブルックリンの救急救命士という安定した仕事を衝動的に辞めた彼もまたL.A.に赴き、98 Degreesの4人目にして最後のメンバーとなった。

将来のスターを夢見ていた4人が大きなチャンスを手にしたのは、Boyz II Menのコンサートの楽屋に忍び込もうとした時のことだった。侵入は失敗に終ったが、そのコンサートを放送していた地元のラジオ局から、生放送で歌ってくれと頼まれたのだ。そんな即興生放送が、居合わせたMontell Jordanのマネージャー、Paris D'Jonのお気に召し、98 DegreesはMontell Jordanの全米ツアーの前座に抜擢された。ほどなく数社のメジャーレーベルから誘いがかかり、98 DegreesはMotownを選ぶ。彼らの滑らかなR&Bサウンドは、Motownの過去のアーティストたちから計り知れない影響を受けていたからだ。

LaFace RecordsのTrickyとSean、LL Cool JやSealのプロデューサーであるRashed Smith、Winans FamilyのメンバーのMario Winans、さらにはMontell Jordanなどなど、大物プロデューサーや作曲家がこぞって取り組んだデビュー作『98 Degrees』が、メイン・ストリームのポップス界での彼らの成功を、いっそう確かなものにしたことは言うまでもない。