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フロント・マン、クリス・ドートリー(本名:クリストファー・アダム・ドートリー)は、1979年12月26日にノースキャロライナで生まれた。

幼少時代よりミュージシャンを目指すものの、2000年に愛妻ディアナと結婚し、彼女の娘と養子を迎え、若くして妻と2人の子供を持つ身となったクリスは、自分の夢だけを優先するというわけにもいかず、ローカル・バンドを結成してバーリントンを拠点にライヴ活動を続けつつも、車の修理工として生計を立てるという生活を送っていた。

そんな中、<アメリカン・アイドル>シーズン4で準優勝に輝いたボー・バイスに刺激を受け、2005年秋に行なわれた「シーズン5」のオーディションに参加することを決意。コロラド州デンバーのオーディションに馳せ参じたクリスは見事に予選を突破、2006年のセミ・ファイナルへと駒を進めたが、惜しくもそこで敗退。その結果に、当のクリスはもちろん、審査員/会場の観客や全米中の視聴者も驚き、その日あきらかに調子が悪く、敗北を覚悟していた候補者の1人キャサリン・マクフィー(結果的に準優勝)までもが呆気に取られるほどのサプライズとなった。

しかし、クリスの躍進はそこからスタート。正式なレーベルとの契約やデビュー前にも関わらず、その準決勝で披露したボン・ジョヴィのカバー「Wanted Dead Or Alive」がデジタル・リリースされるや全米シングル・チャート43位(ダウンロード・チャート11位)まで急上昇する人気を誇った。遂にその実力と全米中の後押しによって19レコーズ/RCAとの正式な契約に至ったクリスは、ソロではなくドートリーというバンド形態でのデビューを選択し、2006年11月、デビュー・アルバム『ドートリー』を全米でリリース。

USロックの重鎮プロデューサー=ハワード・ベンソン(マイ・ケミカル・ロマンス、フーバスタンク、モーターヘッド、レス・ザン・ジェイク、P.O.D.、パパ・ローチ、オール・アメリカン・リジェクツ他)を迎え制作された1stは全米アルバム・チャート初登場2位を記録した後に、1位を2度記録。初登場は2位だった後に1位を達成したロック・バンドとしては88年のボン・ジョヴィ『ニュー・ジャージー』以来、リリース後6週間以上経った後に2度の全米1位を成し遂げたロック・バンドとしては2000年のサンタナ以来という記録でもある。この快挙により、USだけでも500万枚以上のセールスを記録することになる。公式に2007年全米で最も売れたアルバムとして公式に認定され、第50回グラミー賞4部門のノミネートを受け、数々のアワードに輝いた。

同時に、ボン・ジョヴィやニッケルバックのサポートも務めるなど、デビューにして一気に全米を代表するモンスター・バンドへと上り詰めたのである。

2009年7月、1stシングル「ノー・サプライズ」他数曲でニッケルバックのチャド・クルーガーが参加し、再びハワード・ベンソンをプロデューサーに迎えたセカンド・アルバム『リーヴ・ディス・タウン』を全米でリリースし、初週で約30万枚を売り上げて全米アルバム・チャート初登場1位を獲得。さらに輝きを増したその極上の声とメロディ、さらにスケール・アップした雄大なサウンドは、アメリカン・ロック新時代へと牽引する力に満ち溢れている。