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'89年、前ヴォーカリストの脱退を機に吉井和哉がギターからヴォーカルへ転向。ドラムの菊地英二の紹介により、彼の実兄である菊地英昭がゲスト・ギタリストとしてライヴに参加するようになる。そして度重なる吉井の口説きに落ち、'89年12月28日渋谷La.mamaで行われたイヴェント以降、吉井和哉(Vo、G)、菊地英昭(G)、廣瀬洋一(B)、菊地英二(Dr)という現在の構成で本格的な活動が始まった。'90から'91年に発表された楽曲は、現在のライヴでも特別な位置づけで演奏されることが多い。

'91年7月21日、インディーズ・レーベル“ENGINE”よりアルバム『Bunched Birth』('96年12月に再発)を発表。バンドブームの余韻を引きずっていたこの時代にあって、彼らの“派手さと影”はコア層を唸らせるものだった。余談になるが、歌詞カードに誤植があった初回プレス分は後に数十万円の値がつくプレミアものとなっている。

'92年5月21日、シングル「Romantist Taste」でコロムビア・トライアドよりメジャーデビュー。翌月21日にアルバム『夜行性のかたつむり達とプラスチックのブギー』を発売。学園祭を含め、徐々に全国展開でライヴを行なうようになる。2ndアルバムを発売した'93年、初のホールワンマンを日本青年館で行なう。目隠しされた裸の女性が支柱に縛りつけられている、という過激な演出でオーディエンスのド肝を抜いた。その翌年、戦死した軍人が恋人を探すために甦る、というコンセプト・アルバム『JAGUAR HARD PAIN』を発売。吉井の坊主頭がド肝を抜く。またこの年には、THE YELLOW MONKEYのメンバーが敬愛する、前年に他界した ミック・ロンソンの追悼コンサートを行っている。このイヴェントは'96年まで毎年行われ、'97年にはミックの故郷であるイギリス、ハルで開催された追悼コンサートにも出演した。

'95年4月11日、初の日本武道館公演大成功。同年11月1日発売の5thアルバム『FOUR SEASONS』で初のオリコン・チャート1位を獲得。名実ともにロック・スターになりながら、'96年1月15日には阪神・淡路大震災の被災地である淡路島の小学校で、被災者たちと手作り感覚のライヴを実施している。

'96年11月25日、ファンハウス(現BMGファンハウス)への移籍第一弾シングル「楽園」発売。翌年1月に発売された6thアルバム『SICKS』は、同年8月にイギリスでも発売された。

'98年4月から'99年3月には、全国47都道府県113公演にも及ぶ怒濤のツアーを完走。この殺人的なスケジュールの中でも4枚のシングルをリリースしている。

'99年12月8日に発売された19枚目のシングル「バラ色の日々」では、外部プロデューサーとのコラボレイトを初体験。続く2枚のシングルでも異なるプロデューサーを立て、バンド内の変革をさらに推し進めた。新しいことに挑戦する勇気と、守るべき信念を貫く逞しさを併せ持つ“ロックバンド”である。

00/05/26

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