ニュース・最新情報

プロフィール・バイオグラフィ・リンク

シカゴ出身1977年6月生まれ。シカゴの美大に通うが一年で退学、トラック・メイキングに専念するようになる。2000年、ジェイ・Zの楽曲のプロデュースで一躍脚光を浴びる。

2002年、MCとしてロッカフェラと契約、2004年「ザ・カレッジ・ドロップアウト」で満を持してのアルバム・デビュー、全米初登場2位を記録、「スルー・ザ・ワイアー」等数々のシングル・クラシックスを生み出し、全世界約450万枚を突破するモンスター・アルバムとなる。この年に初来日を果たす。第47回グラミー賞ではアーティスト、ソングライター、プロデューサーとして合計10の最多ノミネーションを得るという快挙を成し、3部門を受賞。2005年全米タイム誌にて「今日の世界に生きる最も影響力の強い100人」の一人に選定された。

2005年8月にセカンド・アルバム「レイト・レジストレーション」をリリース、全米初登場1位。「ダイアモンドは永遠に」「ゴールド・ディガー」などのシングルが、世界各地で大ヒット。ファースト・アルバムを上回る約500万枚の特大ヒットをまたしても生み出し、翌2006年初頭の第48回グラミー賞主要部門に2年連続で最多8部門ノミネート、ベスト・ラップ・アルバム、ベスト・ラップ・ソング他計3部門を受賞。この後2度目の来日を果たす。2007年3月末には"スプリング・グルーヴ"出演の為、再度来日を果たした。

2007年には3枚目となるアルバム「グラデュエーション」をリリース。ジャケットは村上隆が担当。ダフト・パンクが参加した「ストロンガー」が全米NO.1を獲得した。

2008年にリリースした『808s&ハートブレイク』では全編を通して「歌っている」ことや、それまでの作品とは異なったサウンドのため、賛否両論を巻き起こすこととなるものの、全米では初登場1位を記録。

2010年「オレは誰もが手の届くアート作品を届けたい。このアルバムがまさにそうだ」と語ったアルバム「マイ・ビューティフル・ダーク・ツイステッド・ファンタジー」をリリース。米PITCHFORKでも10点満点中10点など、ジャンルを超えて各方面から大絶賛を得ることとなった。2011年グラミー賞ベスト・ラップ・アルバムを受賞した。

2013年にはリック・ルービンをプロデューサーに迎えた6枚目のアルバム「イーザス」をリリース。アルバム・ジャケットもブックレットもないというパッケージとしては極限まですべてを削ぎ落としたフォーマットにてリリース。全米・英共にチャート初登場1位を記録したアルバムはアグレッシヴでインダストリアル色の強いロックを感じさせるアルバムとなった。世界主要都市の建物の壁に映した映像を拡散させるというプロモーションも大きな話題となった。

2016年2月には、7枚目となるアルバム「The Life of Pablo」をTidal限定でリリースし、4月1日に他のストリーミングサービスでも公開された。

ライブ・コンサート・チケット