KOTOKO、3rdアルバム『UZU-MAKI』リリース・インタビュー

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──中からは、“負の感情”どっぷりな楽曲から“希望を切り開いてゆく歌”など、悲喜こもごもな人生模様が見えてきますからね。

KOTOKO:今までは、たとえ暗い楽曲でも、最後の一行には救いの言葉を残してたんですね。それは、“暗いままの気持ちで終わってしまっては、聴いてくれる人たちに嫌な印象を与えてしまうかも”という懸念からだったんですけど。でも今回は、そういうさじ加減は無しに、“落ちるときにはとことんまで落ちてしまえ”という心境で書いていきました。もちろん、その逆もしかり。それくらい落差のある表情がいくつも登場してくるのが、本作での新しい試みであり、同時に“それがKOTOKOらしさ”なんだなということも、完成した『UZU-MAKI』を聴いたときに、改めて実感することもできました。

──アルバムの最後を『雪華の神話-in X'mas mix-』で締めくくったことで、晴れやかな希望満ちあふれた想いを感じることもできましたしね。

KOTOKO:さっきも言ったよう『UZU-MAKI』の中へ私は、“アップダウンの激しい、人の人生の表裏浮き沈み”を描きあげたわけですが。でもやっぱり最後は、ハッピーな表情で物語を締めたかったんです。なので、最後に「雪華の神話-in X'mas mix-」を持ってきたというのもありました。

──今のKOTOKOさんを観てると、“負の感情など関係ないのかな…”とも思ってしまうんですよね。

KOTOKO:そんなことないですよ。私だってごくごく普通の人間ですし、ホント些細なことで…それこそ人が聴いたら、“そんなの別に悩むことでもないんじゃない?”ということでさえ、私は悩んだり、落ち込んだり、悲しがったりしちゃいますからね。それこそ、恵まれた環境を得たときに感じる不安だってあるし…。だからと言って、いつも負の感情ばかりではなく、廻りの方々から幸せな想いを戴けたときは、素直に“嬉しいなぁ”と思うよう。そこは、ホントみなさんと一緒です。最近ではみなさんも、自身のブログへ“今日はこんな楽しいことがあった”“今日はこんなつらいことがあってさぁ”“どうして私だけ、こんな大変な目にあってしまうの!?”と書いたりしてますよね。そうやって心の想いを文字を通して伝えたり、発散したり…。それが私にとっては、“歌詞を作り唄うということ”なんですよ。

──なるほどねぇ。その気持ちわかります。

KOTOKO:だからこのアルバムを聴いていただくときも、けっして特別な人の出来事ではない…何処にでもいる一人の女性が、日常の中で感じている心の浮き沈みを綴った作品として捉えていただければ嬉しいです。まして人間って、誰しもけっして完璧な存在じゃない。弱い部分や汚い感情を持ってしまうことだって絶対にある。そういう気持ちを私が歌にすることで、“こういう想いって自分だけじゃないんだ”と感じ、心がホッとしてくれたら嬉しいですし。少しでも聴いたの人の気持ちがプラスになるお手伝いができるのであれば、『UZU-MAKI』のようなアルバムを作った意義があると、私自身思えますからね。

──巻き起こった渦の先に、あなたはどんな答えを見つけ出すか…そこは、聴いた人それぞれに感じてもらえばいいことですしね。

KOTOKO:“つまいなん”“嫌だな”という渦巻きの先には、楽しいことが待ってるかも知れない。その反対に、“楽しい”気持ち渦巻く先から、信じられない悲しさが襲ってくるかも知れない。でも、どんな渦巻きだって、次へ向かうためのステップなんだと思うんです。そんな気持ちの変遷も感じてもらえたら嬉しいですね。

──最後に、「初回限定盤」にはPVが付いてくるそうですが。

KOTOKO:『月夜の舞踏会』のPVを作りました。大道芸人の方々が登場し、楽曲の派手やかさとは裏腹に、不思議かつ幻想的な世界観を描いています。それこそピエロの涙には多面性があるよう、明るい表情の中へ隠された裏腹な想いなど、そういう二面性や多面的な想いも、この楽曲や映像から感じてもらえたら嬉しいですね。さらに映像には2人のKOTOKOが登場。その彼女たちが、次々と表情を変えていくので、そこもぜひ観て、伝えようとしている想いを感じてください。

取材・文●長澤智典

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