【BARKS編集部レビュー】音茶楽Flat4-粋(SUI)は脳科学の夢を見るか?

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音茶楽が開発・発表したFlat4-粋(SUI)なるカナル型イヤホンが、あまりに凄すぎる。とてつもない空間表現とでもいうか、オーディオルームをそのままエミュレートしたかのような画期的音響とでもいうべきか。抜けまくる量感たっぷりの高域と芳醇な低域、引き締まりながら艶めかしい中域も、これまでのイヤホンでは決して表現できなかった天然の音世界だ。

◆音茶楽Flat4-粋(SUI)

▲音茶楽の新製品Flat4-粋(SUI)。ふたつのドライバーを背中合わせに搭載する対向エレメント構造を持ち、位相補正チューブで合流させる設計だ。

日本で10名のオーディエンスだけが、いち早くこの音響を体感しほくそ笑んでいることだろう。10名とは、開場となるや否やあっという間に完売してしまった<春のヘッドフォン祭2012>会場先行販売の限定10本を入手した、幸せ野郎たちのことである。

音茶楽のFlat4-粋(SUI)は、5月12日に青山で開催されたフジヤエービック主催<春のヘッドフォン祭2012>で初披露された新製品で、2012年6月2日(土)からフジヤエービック、音茶楽店舗にて正式販売が開始となる新機種だ。このモデルだけは、しっかりとチェックしたほうがいい。

何がエポックメイキングで、何故に凄すぎるのか。私の理解の範囲でお伝えしたいが、んなもんどうでもいいという方は、そこんところ、ぴよーんと読み飛ばしていただきたい。

<!--読み飛ばし、ここから-->

人間の耳は外耳道と呼ばれる25mm~30mm程度の細長い穴を経て鼓膜につながっているが、この形は片側だけが空いた筒状のため、気柱共鳴を起こす構造となっている。ビンを吹いて音を出すあれだが、気柱共鳴は固有周波数でピークとディップが発生する物理現象だ。問題は脳の働きで、当然のようにこの開管共振によるトーンの変化を察知し、意識下で補正をかけ周波数特性を最適化していると思われる。その分は差し引いて感知しているというべきか…日常生活においておおよそ3kHzや9kHzに大きなピークがあることを認知・意識している人など、そういるはずもなし。

そんな耳に対し、イヤホンを耳穴に突っ込むカナル型イヤホンは、空いていた外耳道の穴をふさぐことにより、開管共振から閉管共振へと物理特性を一変させてしまう問題を起こす。これによって、発生する共鳴の特定周波数がいきなりグワッとずれる現象が発生するのだ。知覚周波数上のいきなりの変化に戸惑うのはきっと脳みそで、これまで人知れず補正していた開管共振のピークとディップが突如なくなり、代わりに閉管共振による違う周波数帯域で大きなピークとディップに見舞われるという2重の変化を認知しているはずだ。

この物理的な共振特性こそが、密閉型イヤホン独特の音場を形成する基本原理であろうことは想像に難くない。結果我々は、開放型のヘッドホンやイヤホンとは聞こえ方の違うカナル型イヤホン特有の閉塞感のある音場を感じると同時に、6kHzあたりの強烈な歯擦音という共鳴発生と直面することになるというわけだ。

しかしだからこそ、(1)閉管共振を抑え込み、(2)日常生活で起こっている開管共振の気柱共鳴を疑似的に発生し再現すれば、我々の脳はあたかも外空間から耳に届いた音として知覚し、その周波数分布から、適切な音空間を再構築してくれることになると想像できる。つまりはイヤホンでも、スピーカーを鳴らして再生することを前提とした音楽が、そのまま脳で再構成できる可能性を意味する。元来の音空間/定位をイヤホン経由でも認知できると仮定できるわけだ。これこそが、遮音性の高いカナル型イヤホンでも、スピーカーからの音楽を聴いているような開放感あふれる自然な音響で楽しむことができる、唯一にして最も理に適った手法と考えられまいか。

Flat4-粋(SUI)は、(1)の解決を念頭に置かれて設計・開発されたという点でエポックであり、斬新なのだ。意匠上でも特徴となっているカバンの取っ手のようなパイプ状のパーツが肝で、AとBふたつのドライバーを別々に同時に鳴らし、Bの音をパイプを経由させたのちにAと合流させることで、閉管共振で発生すると思われる特定周波数帯域を打ち消しキャンセルさせる。位相補正チューブと名付けられたこの機構により、我々の脳は、見事にスピーカーサウンドのようなあるいは開放型のヘッドホンのような、閉塞感のない自然な音場を存分に味わうこととなったのだ。

閉管共振で起こるであろう6kHz・12kHzあたりの共振を抑えることが、不快なピークを未然に防ぐのみならず、開放感を感じさせる驚異の音響空間までも取り戻すことになるのは、想定外の副次的な効能だったかもしれない。が、加えて(2)の発生を人為的にコントロールできれば、さらなる自然なリスニング環境を獲得できるのではないか、と新たな期待さえも抱かせてくれる伸び代を見せてくれる。Flat4-粋(SUI)でみせたこのプロダクトは、世界広しと言えど、音茶楽にしか存在しないのではないか。

<!--読み飛ばし、ここまで-->

▲筐体中央に小さなポートが開いている。

▲ステムには角度が付けられ耳にフィットするように設計されている。イヤーチップは低反発タイプのコンプライ。

▲素材の質感を最大限生かすべく、塗装は一切行われていない。

▲付属品は金属製の丸ケース、サイズ違いのコンプライ・イヤーチップに取扱説明書兼保証書。

▲画期的なFlat4-粋(SUI)。これからの進化も楽しみ。このモデルは記念すべき第一号機として後年語り継がれるものかもしれない。

閑話休題、一般的にヘッドホン/イヤホンの音場特性を語る中で、ボーカルが近い/遠い、狭い/広いといった表現が使われることがある。これは良し悪しではなく好みの問題でもあり、音楽によってもどちらが心地よいかは適性があるものだけど、Flat4-粋(SUI)はボーカルの実像感が薄れず崩れることがない。広く非常に自然な距離感がありながらも、実像はくっきりクリアでとても近く感じる。圧迫感のない緻密さとでも表現すべきか、広大で余裕のある親密さを感じさせてくれる。

コンプライによる遮音性とフィット感は上々だが、ポートが空いているため、そこから外の音が入ってくるようで、残念ながら遮音性はカナル型としてはさほど高くない。もちろん屋外や電車などでの使用は十分に可能だが、Flat4-粋(SUI)の持つ繊細な高域表現などは、雑踏の騒音にマスキングされ、特筆すべきFlat4-粋(SUI)ならではのデリケートな音場形成をかき消してしまう。ごく普通のイヤホンとして楽しむだけであれば何の問題もないが、これまでに経験したことのないサウンドキャンパスをしかと堪能するには、じっくりと耳を傾けることのできる静かなリスニング環境を確保してみてほしい。正直言えば、<春のヘッドフォン祭2012>でも、あの雑然とした会場では、Flat4-粋(SUI)の真の実力は伝わっていなかったのではないかと懸念する。

閉管共振を根本から抑えたことで、歯擦音を抑えるための音響抵抗を使用する必要もなくなったのも大きな二次副産物だ。いやむしろ最初の目的はこちらだったのだと思うけれど、音響抵抗によってやむなく失っていた高域の音圧低下から脱却することができたことで、Flat4-粋(SUI)ではごく自然な伸び伸びとした高音域が表現されている。実際その表現力はハイエンドクラスのヘッドホン並みで、これほどまでに透き通ったのびやかな高域を聞かせるイヤホンはほかに存在しないだろう。サ行が刺さらない特性と言いながら、たっぷりと高域が出ている事実は多くの混乱を招きそうだが、きちんとそのサウンドを聞けば、意味するところがわかるだろう。

実は低域の押し出しも強力だ。10mm口径のダイナミック・ドライバーが2発鳴っているわけだが、低域の周波数帯は2発のドライバーの位相差の影響をほとんど受けないので、タンデムで鳴らしている迫力がそのまま耳に届く。振動板面積でいえば14mm径相当に値するが、トーンはタイトで引き締まっており、十分なその量感に不足感を感じる人はいないだろう。

ケーブルのタッチノイズはごく標準的だ。ケーブル自体はしっかりとした太さながら柔らかく滑らかで癖のつきにくい上質なものとなっている。SONY MDR-EX1000やオーディオテクニカATH-CK100PRO、ゼンハイザーIE8、IE80などのケーブルと同等の質感と使いやすさをイメージしてもらえばいいだろう。

カナル型イヤホンばかりを長年愛用している人であれば、閉管共振を意識下で自動補正する最適化ロジックが既に脳で働いていることも考えられる。私が歯擦音に対し耐性が強いのも、すでに出来上がっている脳の補佐機能の効能なのかもしれないし。だからこそ、その修正プログラムを走らせなくてもいい音を外耳道に流し込めば、「これはカナル型イヤホンの音ではなく、外からやってきた空気振動だ」と知覚し、広大なリスニング空間を存分に感じることにつながるかもしれない。

遮音性を確保し、外耳内で鳴る小エネルギーの駆動力で、オーディオルームのような音響空間を鳴らす最新技術は、もはやレガシーなテクノロジー合戦から生まれるものではなさそうだ。聴覚における脳科学とオーディオ心理学こそが、オーディオ桃源郷へ誘う新たな扉をこじ開けていくのかもしれない。

カナル型イヤホンは脳科学の夢を見るか? 次代のキーワードはそこにあるような気がする。

text by BARKS編集長 烏丸

●音茶楽(おちゃらく) Flat4-粋(SUI)
6月2日(土)発売
販売価格:オープン価格
音茶楽販売予定価格:33,000円(税込)
フジヤエービック及び音茶楽店舗で販売予定
・Full-range 2-element 4-way effect カナル型ヘッドホン
・ツイン・イコライズド・エレメント方式(特許第4953490号)
1st effect:対向エレメント配置により振動系の反作用による機械振動をキャンセル、密閉型を超える深低音を実現
2nd effect:ツインエレメント並列駆動により低音~中音域の音圧感度を向上
3rd effect:位相補正チューブを用いた外耳道チューニング技術により中音域を劇的に改善
4th effect:音響抵抗の削除と小型エレメント採用で超高音域を劇的に改善、オープンエア型の音の拡がりを実現
・エレメント:Φ10mmダイナミック型×2(片ch当たり)
・出力音圧レベル:104dBSPL/mW
・周波数特性:3.5~35kHz
・最大入力:400mW
・インピーダンス:18Ω
・質量:約17g
・プラグ:Φ3.5mm 金メッキステレオミニプラグ
・コード長:1.2m(Y型)
・付属品:コンプライ フォーム イヤチップT-200 Lサイズ(Mサイズは本体に装着)音茶楽缶、取扱説明書兼保証書

◆音茶楽オフィシャルサイト
◆フジヤエービック購入ページ

BARKS編集長 烏丸レビュー(■イヤホン ●ヘッドホン ◆カスタムIEM ◇他)
●<春のヘッドフォン祭2012>、Fischer Audio FA-004(2012-05-13)
◇Hippo Cricri、Go Vibe Martini+、VestAmp+(2012-05-04)
■ファイナルオーディオデザインheaven IV(2012-04-28)
■フィッシャー・オーディオ Jazz (2012-04-22)
●SHURE SRH1840 & SRH1440(2012-04-16)

■FitEar TO GO! 334(2012-04-08)
◆Unique Melody Mage(2012-03-26)
●Takstar PRO 80、HI 2050、TS-671(2012-03-20)
●klipsch Mode M40(2012-03-15)
■Fischer Audio DBA-02 Mk2(2012-03-07)

◆AURISONICS AS-1b(2012-02-27)
■UBIQUO UBQ-ES503、UBQ-ES505、UBQ-ES703(2012-02-21)
◆Heir Audio Heir 3.A(2012-02-15)
■moshi audio Clarus(2012-02-12)
◆Thousand Sound TS842(2012-02-08)

◆Heir Audio Heir 8.A(2012-02-01)
■CRESYN(2012-01-17)
◆Unique Melody Merlin(2012-01-08)
◆カナルワークスCW-L01P(2012-01-03)
■ファイナルオーディオデザイン Adagio(2011-12-31)

◆LEAR LCM-2B(2011-12-26)
●SOUL by Ludacris SL100、150、300(2011-12-23)
●AKG K550(2011-12-20)
■SENNHEISER IE80 & IE60(2011-12-16)
■DUNU(2011-12-14)

◆カナルワークスCW-L10(2011-12-12)
■オーディオテクニカ ATH-CK90PROMK2(2011-12-09)
◆Ultimate Ears UE 5 Pro(2011-12-06)
■REALM IEM856(2011-12-02)
■ファイナルオーディオデザインAdagio III(2011-11-26)

◇Ultimate Ears用交換ケーブルFiiO RC-UE1&オヤイデ電気HPC-UE(2011-11-25)
●Reloop RHP-20(2011-11-22)
■オーディオテクニカ ATH-CK100PRO(2011-11-14)
■SOUL by Ludacris SL99(2011-11-04)
■Fischer Audio Ceramique(2011-10-25)

■SHURE SE535 Special Edition(2011-10-21)
■JVCケンウッドHA-FX40(2011-10-16)
■BauXar EarPhone M(2011-10-10)
■SONOCORE COA-803(2011-10-02)
◆TripleFi 10 ROOTHリモールド(2011-09-25)

■AKG K3003(2011-09-18)
■Atomic Floyd SuperDarts+Remote(2011-09-11)
■Bowers & Wilkins C5(2011-09-06)
■Westone3(2011-09-02)
◆カナルワークスCW-L31(2011-08-26)

◇ORB JADE to go(2011-08-22)
■YAMAHA EPH-100(2011-08-14)
■NW-STUDIO(2011-08-09)
■NW-STUDIO PRO(2011-08-02)
◆FitEar MH334(2011-07-29)

◆ROOTH SE530×8(2011-07-26)
■Westone ES5(2011-07-21)
●SHURE SRH940(2011-07-17)
◆Ultimate Ears 18 Pro(2011-07-15)
■クリエイティブAurvana In-Ear3(2011-07-06)

◆カナルワークス CW-L01(2011-07-01)
■GRADO GR10&GR8(2011-06-25)
◇SAEC(サエク)SHURE SE用ケーブル(2011-06-21)
■フィアトンPS 20&PS 210(2011-06-17)
■ZERO AUDIO ZH-BX500&ZH-BX300(2011-06-11)

■フィリップスSHE8000&SHE9000(2011-06-03)
■アトミック フロイド(2011-05-26)
■モンスター・マイルス・デイビス・トリビュート(2011-05-20)
■SHURE SE215(2011-05-13)
■ファイナルオーディオデザインPiano Forte IX(2011-05-06)

■ラディウス・ドブルベ/ドブルベ・ヌメロドゥ(2011-05-01)
■ローランドRH-PM5(2011-04-23)
■フィリップスSHE9900(2011-04-15)
■JAYS q-JAYS(2011-04-08)
◇フォステクスHP-P1(2011-03-29)

■Klipsch Image X10/X5(2011-03-23)
■ファイナルオーディオデザインheaven(2011-03-11)
■Ultimate Ears TripleFi 10(2011-03-04)
■Westone4(2011-02-24)
■Etymotic Research ER-4S(2011-02-17)

■KOTORI 101(2011-02-04)
■ゼンハイザーIE8(2011-01-31)
■ソニーMDR-EX1000(2011-01-17)
■SHURE SE535(2011-01-13)
■ビクターHA-FXC51(2011-01-12)
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