覚悟を決めたROCK‘A’TRENCH、遂にデビュー

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ボブ・マーリーの名曲「Trench Town Rock」。この曲の“音楽があれば痛みは感じなくなる”というメッセージにいたく共感し、このバンド名となったというロッカトレンチ。

音楽があれば痛みは感じなくなるものの、音楽がない状態では、いかに生活や生き様そのものが痛かったのか…、彼らのバンドの生い立ちを見れば、容易に想像がつく。このバンド名に込められた想いは相当なものなのだろうな、と。

そもそも彼らの母体となったのは、伝説のバンド・SKA SKA CLUBだ。東大のサークルから派生し一世を風靡した伝説のビッグ・バンドで、総勢12人のメンバーにツイン・ボーカルという構成を持ち、当時のインディーズながらも15万枚のセールスを記録した。しかしながら、メンバーの就職や音楽の方向性を理由に惜しくも活動を休止。その後、ヴォーカル:山森大輔と、トロンボーン:畠山拓也を中心に2004年に結成したのが、このROCK‘A’TRENCHとなる。

数々のサポートメンバーを迎えて精力的にLIVE活動を行ない、自分達のスタイルを模索し続けた結果、昨年11月に現在のメンバーに至った。

ROCK‘A’TRENCHの平均年齢は27歳。みんな紆余曲折を経てこのバンドに行き着いた。ことバンドの中心人物であるヴォーカルの山森は、東京大学を卒業後、司法の道を志し、見事司法試験にも合格している。

「SKA SKA CLUBの流れもあって、バンドを続けたいとは思っていたんですけど、大学にも行って勉強しようと思って、ガツッと学問してたんです。その間、音楽はやってませんでしたが。2年たってひと段落ついたとき、就職しようかとも迷ったんですけど、若いうちしかできない、やっぱり音楽がやりたい!と思ったんでミュージシャンとしての道を選びました」と山森は話す。

もう1人の東大卒業生、畠山は、「僕は音楽をやりたいなあってずっと思ってたんです。だから1人で、スタジオミュージシャンをやっていこうと思ってました。ただ卒業してしばらくは何もしてなくて、家庭教師のバイトをやっていましたが、山森と意気投合して2人からバンドを結成しました。」と語る。受験数学を教える家庭教師だった畠山。教え子の合格率は100%だったという。

就職という安定した道を確固たる意思を持って自らハズれた2人。他の同年代の3人のメンバーもそれぞれ違うバンドで音楽活動を行っていたが、皆それぞれに悩みや挫折を抱えていた。

人間不信からバンド恐怖症になっていたというベースの川原真。ミュージシャンの道以外の道も考え始めていたギターの豊田ヒロユキ。マイペースながらも、音楽シーンの停滞感に苛立ちを覚えていたドラムのオータケ★ハヤト。皆ROCK‘A’TRENCHに出会い、楽器を交えることで一気に吹っ切れた。

「コアなものも好きなんですけど、『やっぱり音楽しかないな』と決めたときに、『残された人生をやるんだったら、より多くの人に届くことをやろう』って思ったんです」と山森は語る。

覚悟を決めた男達、その才能はスタート時から輝きを見せた。

2007年3月インディーズよりリリースした1stミニアルバム『ロッカトレンチ』は、収録曲から「砂の風に乗って」がABCテレビのドラマ「学問ノススメ」(4/28~6/16)のテーマ曲に、そして「ニューウェーブ」がこの秋に公開される予定の話題の映画『ヒート アイランド』(主演/城田優)のイメージソングに決定するといった、デビュー前から話題となった。

そして、7/4シングル「Higher」でメジャー・デビュー。注目すべき活躍は、まさしくこれからだ。
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