木村カエラ、かつてないほど現実世界に向き合った5thアルバム『HOCUS POCUS』特集

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木村カエラ 5th Album『HOCUS POCUS』特集 「リアルなものを描いていきたいと思いながらも、自分のリアルだけを描いていたら、今までやってきた意味もなくなる」

何を伝えたいのか、自分が何を考えているのかもわからないぐらい。

――今作『HOCUS POCUS』は、初めてコンセプトを決め込まないで作り始めたアルバムだそうですね。

カエラ:決められなかったっていうのがありますね。デビュー当時のように"人に伝える"っていうことを意識して、わかりやすい言葉で詞を書いたアルバムを作りたいとは前もって思っていたんですけど。コンセプトやテーマって、最初から決まっていることがほとんどで、決まっていなくてもアルバムを作ってるうちに見つかるんですけど。今回はまったく見つからなくて、探しながら作ってました。

――それはどうしてだと思います?

カエラ:「どこ」(作詞・作曲:渡邊忍)というシングルが、私にかなりの影響や刺激を与えたっぽくて。頭が真っ白になっちゃったんですね、アルバムを作るってなったときに。歌ってる本人と、聴いてる人たちの心を揺るがすような、すごく素直な言葉使いをしていて、曲自体もシンプルですごく良くて。そういう歌を、自分がシングルとして出したことが、すごく意味のあることだった。やれるのに、やろうとしなかったことというか。自分が今までやってきたことを、全部、一から始めなきゃいけないなって思うぐらい、そんな気持ちにさせられた曲でもあって。

――すごい曲との出会いだったんですね。で、またそういう心境になったのは、デビュー5周年の節目に来たことも関係しているんでしょうかね。

カエラ:だと思いますね、きっと。いろんなことが重なったんだと思うんですけど。5周年の節目で初心に戻るっていうのが目標になったっていうのも、ひとつだし。アルバムを作る前に自分の詞の書き方や歌い方を勉強させられた、「どこ」という歌にアルバムを作る前に出会ったり。『+1』(4thアルバム/08年4月発売)というアルバムを出して、プラスしていくことっていうのはできたから、次はマイナスしていくことを学ぼうと思って、次のアルバムに取り組もうっていう意識になってたことも、自分自身がだんだん大人になってきたっていうことも。妄想の世界ではなくて、現実の世界だけにこだわって詞を書くこととか。そういう部分も、全部が重なってこのアルバムができてる気がしました。

――なかなか見つからなかったコンセプトは、いつ見つかったんですか?

カエラ:最後です。「BANZAI」(作詞:木村カエラ/作曲:木幡太郎)のAメロの歌詞に書かれている<この先は 枝分かれさ 未来は 可能性だ>っていう、はじめの4行でいっていることは、このアルバムのほとんどの歌詞に含まれていることだと気づいて。それで"あ、これだったわ!"って、ようやく落ち着いて、自分自身が見えたっていう。そういうものを書いていた自分にも気付けない状態でずっと詞を書いていたので。結果的に、「HOCUS POCUS」(作詞:木村カエラ/作曲:ミト)と「BANZAI」がこのアルバムをまとめてる曲だなって。「HOCUS POCUS」はクラムボンのミトさんの曲なんですけど、"何かおまじないの言葉がほしい"っていうリクエストをもらっていて、それで"HOCUS POCUS"っていうタイトルだけ決めていたんですよね。その曲が結果的に、すごく自分に元気をくれた曲にもなり、アルバム・タイトルになりました。

――自分自身がだんだん大人になってきたという発言がありましたけど、歌詞の佇まいが"女の子"から"女性"になっている印象を受けました。この変化ったら何!?くらいな感じで。

カエラ:ほんと、自分でも困惑するぐらい。どうしたらいいのか、何を伝えたいのか、自分が何を考えているのかもわからないぐらい。こんなに現実味がある詞を書いてる意識もなかったし。こんなにポップになる意識もなかったんですよ。だから、出来上がったらすごい意外だったっていうのがまずあるんですけど。何よりも大きい変化っていうのは、自分の気持ちも含め、"私はこうしてるよ"じゃなくて、自分のことをとりあえず置いておいて、違う世界で詞を書いてるんですよね、今回は。

地べたに身体をベタ~ッてくっつけながら書いてる状態、一度もフワフワせず。だからもぅ、泥まみれな感じ(笑)。

――もう一人の自分、みたいな?

カエラ:そうそうそう。それがすごく自分の中で、出来上がった後にビックリした部分ですね。だから、私の想いだとか、たとえば不安とか心配とか…喜びだったらまだいいけれど、そういうちょっとした自分の中の気持ちを吐き出す場ではないっていう、自分にストップがかかって。それも何でだか分からないから、自分の中にあるものを書こうとすれば、すぐにきっと何がいいたいのかも、自分が何を伝えたいっていうことを明確に詞の中で吐き出すことはできるんだろうけど。なぜか、それをする機会ではないっていうふうに自分の中でストップしていて。リアルなものを描いていきたいと思いながらも、自分のリアルだけを描いていたら、私が今まで5年やってこれた意味もきっとなくなるだろうし。吐き出して、人に対して"どうだ"って押し付けるよりも、人の中での何か"好き"な変化が生まれるような音楽が今はやりたい。そんな気分でしたね。自分のモードをそのまま出すなら、綺麗な言葉も汚い言葉もいくらでも出てきたと思うけど、自分のモードをそのまま吐き出さずに、違う言葉でまとめる的確な言葉を見つけるのがすごく難しかったですね。偽りの言葉であるような気もするし、それは。吐き出すことが答えではないと思うし。

――もう一人の自分がいるような感覚で歌詞を作っているときの心境って、どういう感じだったんですか?

カエラ:妄想の世界に入って詞を書くことは、楽しくて仕方ないんですね。たとえば「きりんタン」(07年2月発売 3rdアルバム『Scratch』収録)っていう曲だったら、デモテープを聴いた時点で、アフリカでキリンが走ってっていう想像がバンッて浮かんだ瞬間にダーッて書けるんです。でも今回は妄想をストップしていたから、本当に、現実の世界だけに目を向けて。何がフと気付くことなのか、何が自然なことなのか、それすらを探しながら書いていたので。なんか、地べたに身体をベタ~ッてくっつけながら書いてる状態、一度もフワフワせず。だからもぅ、泥まみれな感じ(笑)。

――もがいてますねぇ。

カエラ:ほんとにそう。たとえば、妄想に近い「Super girl」(作詞:木村カエラ/作曲:蔦谷好位置)とかでも、妄想じゃないんですね。頭で考えた違う世界。だから、「マスタッシュ」は唯一、「どこ」を出す前のシングルなので、違う書き方をしてるし、妄想で書いてるし、感覚で言葉を選んでいるし、曲に対しての意識の仕方も違っていて。このアルバムの中では、異色な曲に感じるくらいだから、見てて面白いですね。

――かなり乙女なワードがたくさん出てくる「乙女echo」(作詞:木村カエラ/作曲:藤田勇)はどうですか?

カエラ:頭で書いてますね。ちょっと妄想に近いけど(笑)。「HOCUS POCUS」の次に「乙女echo」を書いたんですけど、流れ的にアルバム作りの最初の方で、ジタバタしてるんですね、自分の中で。いままでと違う書き方と、妄想に近づけようとしてる頭の狭間でまだ揺れ動いてる(笑)。

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